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 そして。花火大会の日。

 俺が拓海を迎えに行くと。

「悪いねハルくん。先に行っといて」

 おばさん――拓海のお母さんにそんなことを言われた。どういうことだ? そんなことを聞くが、おばさんにはぐらかされてしまう。

「それじゃあ、駅で待ってます」

「ごめんねハルくん」

 俺はそう言って、家を出た。


 俺の家から駅を二つ行ったところが花火大会の会場だ。駅までの道のりを歩いていると、同じ方向に進む人が多い。その中でもやはり浴衣姿の女性が目立った。

 ――拓海も浴衣着てくれないかな。

 それを横目に俺はそんなことを思う。だが、期待はしない。オシャレに興味ない拓海はジーパンとかだろうなぁ。

 少し残念。

 俺は駅のコンコースでスマホをいじりながら拓海の来るのを待った。


 しばらくスマホに目をやっていると、カランコロンと下駄の音が聞こえた。それは俺の前で止まる。不思議に思って顔を上げると。

「ごめん。お待たせ」

「た、くみ……?」

 俺は彼女の姿に目を奪われた。まじまじと見つめていると、拓海は恥ずかしそうに袖を振る。

「そんなに見ないでくれ……」

 拓海は浴衣姿だった。

 藍色の地で百合と秋草模様が涼しげな浴衣。暗色だけど拓海にはそれが似合っていて、大人びた雰囲気だった。

「……なんで?」

 思わず口にしてしまった。拓海は顔をうつむかせて消えそうな声で言う。

「母さんが……無理やり……」

 なるほど。遅れるって意味はこういうことだったのか。

 だけど俺には好都合。浴衣姿の拓海を見られた。

「そうか」

 拓海の姿を直視できない俺は目を逸らして頷いた。眼鏡のフレームを触って拓海に言った。

「とりあえず行こうか」

「うん」

 後ろでカランコロンと下駄が鳴る。俺の心臓もトクトクと鳴っていた。

 ――落ち着けよ、俺。

 人の流れに従い、改札を抜けて階段を上がる。俺の足は少しずつ早くなった。

「ハルちゃん」

「ん?」

 声に振り返ると、拓海は疲れたような顔をしていた。

「どうした?」

「下駄って歩きにくいから……」

「あ……」

 そう言えば拓海は下駄だ。履き慣れていないと歩きにくいのは当たり前で。俺はそれを忘れていた。

「わ、悪い、俺……」

「いやいいんだ。私は大丈夫だから」

「本当に大丈夫か?」

「なんとか」

 笑う拓海。

「ハルちゃんは悪くないから」

「……浴衣もいいな」

「え?」

「あ、今のは……」

 思わず心の声が漏れた。どう言い訳しようかと考えていると、拓海がぼそっと呟いた。

「……似合ってる?」

 恥ずかしそうに顔を逸らす拓海。

「うん。似合ってるよ、すごく綺麗」

 答えたとき、ホームに電車が入ってきた。アナウンスとブレーキ音のせいで最後のほうは拓海に聞こえたかどうかわからない。まあ、感想はあとでいくらでも言えるから構わない。

「とりあえず行こう? 足大丈夫か?」

「大丈夫って言ってるだろ」

 拓海は少し頬を膨らませて、電車に乗った。

 花火大会のおかげか車内はそれなりに混んでいる。どうせ二つ先の駅だ、俺たちはドア際に並んで立った。

「さっき最後のほうが聞こえなかったけど、なんて言ったんだ?」

 拓海が単刀直入に聞いてきた。もちろんはぐらかす。この混雑したところで、言えるほど俺のメンタルは強くない。

「似合ってるって言ったの」

「それだけ?」

「それだけ」

 ふいっと窓に目を向ける。

 まだ五時半。空はまだ青かった。

「花火っていつからなんだ?」

「たぶん七時から」

「そうか」

 会話が途切れた。

 俺も拓海も沈黙が気にならないタイプだ。だから俺は窓の外を眺めていた。すると目の端で、拓海が身じろぐ。なんだかそわそわしているみたい。

「どうかしたか?」

 トイレ? なんて聞いたら投げ飛ばされるかな?

「なんでもない……」

 なんでもないように見えないが、まあ俺だって内心そわそわしている。拓海が可愛すぎるから。

 そのとき、電車が減速した。

「わっ」

 短い悲鳴とともに、ふわりと甘い香りが鼻につく。肩にぎゅっと柔らかい重みを感じる。

 履き慣れていない下駄もあるだろう。バランスを崩した拓海が俺のほうへ倒れ込んできた。とっさに受け止める。

「……」

「……」

 無言で交わす視線。やがて拓海はかぁーっと赤く頬を染めていった。なにそれ可愛い。

「ご、ごめん」

「謝ることないぞ」

 俺も平静を保ち、首を振る。

 電車が駅に止まり、ドア際は乗り降りする人で混雑する。俺は自然と拓海を寄せて、くっついた状態になった。

「……」

 息がかかる距離に、拓海の綺麗な横顔がある。

これはヤバい。非常にヤバい。花火見る前に何かがぶっ飛びそうだ。

 ドアが閉まり、電車がまた走り出す。俺は安堵の息を吐き、拓海から少し離れた。

 こんなことになるんだったら、現地集合にすればよかった。

 不覚にも、俺はそんなことを思ってしまった。



 花火大会の会場には、まだ開始には一時間ぐらいあるが人はたくさんいた。

 道々にはたこ焼きや焼きそばといった出店が立ち並んでいる。客寄せの声などのたくさんの喧騒が耳に入る。祭りという独特の雰囲気だ。

 俺もこの雰囲気に飲まれて、気分が高揚した。

「花火まで一時間ぐらいあるけど、いろいろ回ってみるか?」

「そうだな」

 相変わらず淡々として言う拓海。ぜんぜん楽しそうに見えないのは俺だけか? 一応、確認を入れておく。

「あー、拓海?」

「なんだ?」

「楽しい?」

「ん? まだ何もしてないから一言で言えないけど……」

 ごもっともです。俺が失敗した、と落胆した。

 すると拓海が笑う。

「ハルちゃんと一緒なら別にいい」

「…………」

 そういうことをそんな笑顔で、しかも当たり前のように言うな! 俺の理性が吹き飛ぶだろうが。

「あ、そう言えば……」

「と、とにかく! 何したい? 何食べる?」

 拓海は何か言いたげだったが、俺は恥ずかしさを隠すため無視して言った。

「ハルちゃん?」

 俺の様子に拓海は首を傾げる。出店を見ながら続けた。

「ほら、おごるから」

「いやいいよ。悪い……」

 首を振る拓海に、慌ててた俺は思わず口走った。

「この前のデートのお返しだっ」

「でっ……!」

 拓海の文句が止まった。「デート」という言葉に過敏に反応する拓海。そんなにワンピース姿が恥ずかしかったのだろうか。

 ちょっと意地悪してみたくなった。

「そっ。この前のデート。今日はそのお返し」

「……そんなお返しいらないぞ」

 消え入りそうな声の拓海。拓海がぐっと顔を上げた。少し目が潤んでいる。

「花火はそのため?」

「あ、ああ。そんな感じ」

 頷くと、拓海は唸るようにきゅっと唇を結んだ。

 俺は拓海の手を摑まえた。ビクリと肩を震わす拓海。

「だからほら。楽しもうよ、拓海?」

「わ、わかったから。手……」

「迷子になったら困る」

「誰が迷子になんかなるかっ」

 拓海が文句を言ってくるが知ったことじゃない。

 俺は拓海を引っぱりながら、笑った。



「それじゃあ、りんご飴食べたい」

「え?」

 しばらく、拓海を引っぱっていると、そんなことが後ろから聞こえた。振り返ると拓海はムッとした顔で俺を眺める。

「おごってくれるんだろ? りんご飴がいい」

 なんとも可愛い注文に俺のテンションは上がった。

「おう。さっき、売ってる店通ったな?」

「四軒前だ」

 拓海が言う。

 なんで覚えてるの? さては狙ってたな?

「べ、別においしそうだななんて思ってないからな」

「はいはい」

「なんだその言い方は!」

「拓海は面白いな」

「むぅ……」

 拓海は拗ねたようにそっぽを向く。それが可愛いくてたまらない。

 ――やっぱり、好きだなぁ。

 俺は足を止めて来た道を戻る。拓海が隣に並んだ。

 幼稚園から一緒だ。小学生のときに拓海は剣道を始めた。俺も誘われたけどやめた。だって運動は嫌いだから。

 剣道の試合を見たときは感動した。

 近所の女の子が大声を出して、相手に打ち込んでいく。見事に相手を打ち据える拓海は輝いていて、すごく恰好良かった。剣術小町とは拓海のこというのではないか。

 俺には到底できないことだ。だから感動した。

 俺も拓海も育っていく。

 中学、今は高校生。同じ高校に受かったときは非常に嬉しかった。まあ勉強させたのは俺だけど。

 段々と自分の気持ちに気づいていく。

 だから俺は、拓海が好きだ。

「ほら。りんご飴」

 買ってやると拓海は丸くて赤いりんご飴をまじまじと見つめている。

「ありがとう、ハルちゃん」

 そして嬉しそうに微笑む。

「どういたしまして」

「ハルちゃんは食べないのか?」

「りんご飴って甘くない?」

「そうか?」

 拓海はりんご飴をかじって首を傾げる。

「俺は晩御飯がわりに焼きそばかな」

「私も食べる。あ、たこ焼きもいいかも」

 さりげなく催促する拓海。目がたこ焼き屋にいっていた。

「わかりましたよ。デートだもんな」

「そうだなっ」

 上機嫌な拓海。いつの間にか「デート」になっているが、拓海が了承したからいいことにしよう。

 いや、俺はデートだって思っているから。





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