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補習も終わって、拓海は部活に専念するようになった。その集中力を少しでも勉強に使ってもらいたいところだ。
もちろん、俺は家でゴロゴロしている。
宿題もすでに終わらせてしまったし、別段やることもない。
「暇ですな」
誰とにともなく呟く。
一ヶ月ちょっとの休みはありがたいが、非リア充な俺にとっては暇なものだ。それに……。
「……拓海がいないな」
いつもやかましい拓海は部活で忙しいらしく、顔を合わせていない。どちらにしろ、休みの終わりには「助けて! 宿題ができない!」とか言って来るんだろうけど。
「どこか行きてぇ……」
ベッドで転がる。
誰と? などと聞かないでほしい。
この前の補習終わりのデート――俺はそう思っている――はすごく新鮮だった。二人っきりで歩くなんて久しぶりだった。
もう一度でいいから、夏休み中に二人でどこか行きたい。
だけど拓海は部活だし、電話してもメールしても返事返って来ないし……。どんな女子だよ、ほんと。
俺はため息をついて、スマホの着信を見る。しかし拓海の返事はなかった。
いっそのこと拓海が帰ってくるまで、家の前を見張っておくか? いやそんな変質者じみたことしたくない。
「あー、拓海ぃー」
「呼んだか?」
「うわっ!!」
声に驚いて飛び起きると、部屋の扉の前に制服姿の拓海がいた。
「おまえっ、いつからそこに! つか勝手に入ってくんなよ!!」
「今入った。それと何度も呼んだが?」
拓海は淡々として答える。
プライバシーも何もない。俺も健全な男子なんですけど。
「今日は早いな、部活は終わり?」
「明日から盆休み。カレンダーぐらい見たら?」
「うるせぇ」
俺は悪態を吐きながらも嬉しかった。久しぶりに拓海の顔を見たから。拓海が部屋の真ん中にある小さな机に鞄を置く。まあ拓海がやって来た理由はなんとなくわかる。俺はベッドに腰掛けて、聞いた。
「宿題でも見てほしいのか?」
「う……、まあそうかな……」
少し口を尖らせて、ちょこんと座る。
「なあ拓海」
「な、なんだ?」
別に宿題の件を言うわけではないが、拓海は身構えていた。俺はスマホを手にして言う。
「メールぐらい返してよ」
「返さないといけないか?」
「強制じゃないけど……。どうせメールも見てないだろ?」
「うん」
拓海はすんなりと頷いて、鞄の中をごそごそと探した。出てきたのは二つ折りの携帯。少し型が古い。
「あ、ハルちゃんから着信」
「それ昨日かけたヤツだ、きっと」
「……私に何か話したいことでもあるのか?」
「え……」
きっぱりとものを言う拓海に俺は固まった。まあ話したいことは山ほどある。俺はチラッとカレンダーを見ながら口を開いた。
「……明日から盆なんだよな? 部活も休みで」
「そうだ」
「市内の花火大会って明後日だよな?」
「そうなのか? 私は知らない」
「……そうなんだよ、明後日なの」
「知ってるなら聞かなくていいじゃないか」
「……とにかく」
俺は拓海に視線を戻した。彼女は不思議そうにこちらを見上げている。ちょっとドキドキしている自分に驚いた。俺からこういうこと言うなんて初めてだからかな?
「い、一緒に、花火見に行こ」
真っ直ぐと拓海を見つめて、ゆっくりとそう口にした。
すると、拓海はくすりと笑った。
「なんだそんな話か」
そんな話で終わらされるのは釈然としないが、俺は続けた。
「いいのか?」
「うん、ハルちゃんからお願いなんて初めてだから」
「あ、うん」
「花火か……。楽しみだな」
拓海は心底楽しみのご様子で笑顔だった。
――よし。
俺は心の中でガッツポーズを取った。第一関門クリアだ。
「時間になったら迎えに行くからさ」
「寝てたらごめん」
「いやそこは起きといて」
俺が慌てると、拓海は鞄からプリント類を取り出した。
「とにかく。宿題見せて」
「いや自分でやれよ、教えてやるから」
とにもかくにも、拓海と約束できたのは幸いだ。
あとは……。
――がんばれよ、俺。