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訪れたのはショッピングモール。
学校の最寄り駅の二つ前。駅ビルや百貨店など大きな建造物がたくさんある。
「久しぶりに来たな」
「私も久しぶりだ」
拓海は相変わらず上機嫌だ。そして俺を振り返る。
「さあどこに行きたい? 映画でも買い物でも付き合うぞ」
「え。いきなり言われてもな……」
俺は考えた。別に買うものはないし、映画か……。
「これはデートなのか?」
「そ、そうだが……?」
聞くと拓海は少し詰まった。俺は気にせず続けた。
「それじゃあ、拓海はどこ行きたい?」
「え? それじゃあお礼になんないぞ」
「デートなんだろ? 拓海の行きたいところも行こう」
俺も恋愛経験は豊富じゃない。だけどエスコートぐらいさせてほしい。そう思うから、拓海の意見も聞きたいのだ。
すると拓海は驚いたように目を瞬き、若干頬を赤く染めた。
「そ、そうだな……これはデートなんだな……」
そんな反応されたらこっちまで恥ずかしい。
拓海は早口でまくし立てた。
「映画を観よう。うんそうしよう。それがいい」
「……」
慌てた様子で映画館のあるビルへ向かう拓海。
素直に拓海が可愛いと思った。
「何やってるんだ! 早く来い」
「わかってるよ」
俺は考え事を振り払い、拓海を追いかけた。
「中々のものだったな」
特に観たい映画はなかったものの、無難なアクション映画を観た。
「ハルちゃんはどうだった?」
「ん? よかったよ」
そう答えると、拓海は肩をすくめた。
「淡白だな。もう少し何かないのか?」
「え、あー……」
感想がないわけじゃないけど、うまく表現できない。昔から読書感想文はあらすじだったからな。
「ハルちゃんは感想下手だから……まあいいか」
「着地点がそこなの? まあ間違ってないけどさ……」
肩を落とすと拓海はくすくすと笑う。
「次はどこ行こうか?」
「拓海の好きなところでいいよ」
「そう言われると少し困るな……」
拓海はふむと顎に手を当て、ショッピングモール内を見渡す。その視線がふと止まった。
「あ、そこに入ろう」
「え?」
拓海が指差したのは女性ものの服屋。
俺は一瞬硬直した。いや拓海は女だから別に不思議じゃないが、一つ思ってしまった。
――服とか興味あるのか。
「ダメ……かな?」
驚いているこちらを、拓海は上目遣いで聞いた。
「い、いいよ、行こう」
今のは反則だ。たまに見せる女の子らしい仕草にときめいてしまう。
しかし、頷いてみたはいいものの、男の俺が女性ものの服屋でうろうろするのはどうだろうか。
「早く行こう。ハルちゃん」
迷っていると拓海が不機嫌そうにこちらを見やる。そして俺の手を握った。びっくりしていると、引っ張られた。
「……っ」
こうやって引っ張っていくところは男っぽいよな、ほんと。
「…………」
非情に気まずい。
店に入って、そう思った。そりゃあレディースの店だ。男が入るものじゃない。店員さんもお客さんも怪訝そうに俺を眺める。
だけど、前にいる女子――つまり拓海を目に入れると、みなさんは同時に微笑ましく俺たちを眺めた。
「……」
これも気まずい。つまりカップルって思われるんだろ。いや俺にとっちゃあ嬉しいけど、まだ何も伝えてないし。
拓海はどう思っているんだ?
俺は拓海に目を向けた。するとばっちりと視線が合った。
「なあ、ハルちゃん。私にこういう服は似合うのだろうか?」
「は?」
拓海がそんなことを聞いてきた。
きょとんとする俺は、拓海の指す服を見た。一言で言うと、ふんわりとしたワンピースだった。
「これがどうかしたか?」
聞き返すと、拓海は目を逸らして恥ずかしそうに呟く。
「この前後輩に言われたんだが、こういう服も着てみたらどうだ、と」
「そうなのか……」
「でも、私にこんなひらひらな服は似合いそうにないし……。制服もあまり好きじゃないんだ」
拓海はスカートをきゅっと握る。
拓海の性格上、どうしてもためらってしまうのだろう。しかし制服まで似合わないというのは理解できない。
「いや俺は拓海の制服姿も似合うと思うよ」
「ハルちゃん?」
いきなりそんなこと言う俺に拓海が顔を上げる。心底驚いているみたいだ。
「拓海は可愛いし、俺は見てみたいな」
「……」
「…………」
沈黙。
そして後悔。
我ながらすげぇこと口走った。ものすごく恥ずかしい。穴があったら入りたい。これはベッドの中で数日は悶えることになる。
俺は震える手で眼鏡の位置を直す。
「と、とにかく。き、着てみるのも、い、いいんじゃないか……?」
声まで震えていた。この場から逃げ出したい。
「……そうか」
しばらくして拓海が呟く。それは満足げでどこか安心している様子だった。
「試着してくる」
「えっ……」
思わず漏れる息。すでに拓海は試着室に入って行ってしまった。
「……」
こんな所で男一人は勘弁してくれよ! 周囲の暖かい目が突き刺さるんだ! あぁ、拓海とデート――だと信じる――なのは嬉しいけど、これは晒し者みたいで困る。もう少し落ち着いたデートがしたかった。
俺が悶々していると試着室のカーテンが開け放たれた。
「ハルちゃん」
声にビクッと肩を震わす。俺はぎこちなく首を向けると、拓海が腰に手を当てて立っていた。何か間違っている気がするが、まあいいか。
「どう、かな?」
普段ある拓海の雰囲気は無くなっていた。
ふんわりとした清楚系のワンピースは胸よりやや下あたりでリボンが絞られ、落ち着いた雰囲気。
「…………」
今思えば、俺は拓海の私服をあまり見たことがない。基本制服。もしくは体操服か胴着姿だった。
そんな拓海の姿に目を奪われた。
「そ、そんなに見ないでほしい……」
見つめていると、拓海がカーテンに体を隠した。顔は赤く、ちらちらと俺を見る。……こういうところは女の子らしい。
「それで、どうなのだ? 似合わないか?」
不安げに揺れる瞳。ヤベ、可愛すぎる。
俺は平静を保ち、笑った。
「ううん。似合ってる。そういう拓海もアリだなって……。すごく可愛いよ」
そう伝えると、拓海はみるみるうちに真っ赤にさせて、試着室に引っ込んだ。
おそらく、拓海のあんな表情が見られるのは俺だけだ。
少しぐらい優越感に浸っても、誰にも文句言われないはずだ。
「帰ろう」
「え、服いいのか?」
「いいんだ」
試着室から出てきた拓海はいつも通りの拓海がいた。
「せっかく似合ってたのに」
「うるさいな」
俺がぼやくと拓海はばつが悪そうにそっぽを向く。
「……」
照れてるのか?
横目で拓海の表情を見るが、ふくれっ面だった。これはどう対応すればいいのだ。悩んでいると拓海が口を開く。
「他に行きたい場所はあるか?」
「うーん、別にないな。拓海は?」
「ハルちゃんに任せる」
そう言われると困る。俺はしばらく考えたが別段寄りたい場所もなく。
「そんじゃあ、帰るか」
「そうだな」
ショッピングモールを出て、駅ビルへと向かう。
「今日は楽しかった?」
少し前を行く拓海が尋ねる。
「そりゃあ楽しかったよ」
拓海と一緒にすごせた。拓海はいつもの調子だったからデートと称していいのかわからないけれど。
「それは何より」
拓海は満足そうに頷き、俺に振り返った。
「これからも勉強は助けてくれるよな?」
「……おう」
やはり拓海はなんとも思っていないわけで。今回もいつも通り、拓海は変わらなかった。
「よし」
了承を得た拓海は上機嫌に歩いて行った。
「……」
――告白、か。
拓海の後ろ姿を見つめて思った。
正直怖いというものもある。突然の幼馴染から告白を、彼女はどう受け取るのだろうか?それを想像するだけで怖い。
でも、言わないと伝わらない。思っているだけじゃあ駄目なのだ。
不意に拓海が振り返る。
「ハルちゃん、どこか寄りたい場所でもあるのか?」
こちらの表情に何を感じたのか、拓海はそんなことを聞いてきた。
「いやいいよ。帰ろっか」
俺が首を振った。
――今年はぜったい。
俺は、そう誓った。