彩也子と隠された真実2
「私が知らない真実?」
彩也子は聞き返した。紡は頷く。
「そうだよ。その前に確認したいんだが。彩也子嬢。君はご両親の仲が悪いと思っているね?それから、父上は君を、君の母君を愛していないと思っている。最後に君の兄君は血がまるきり同じだ。そう考えているね。」
紡の言ったことはどれも彩也子にとってずっと真実だと信じていたことだ。
「ええ。私の両親は仲が悪かったです。だって、お父様は一度だって私達と一緒にお母様の命日に墓参りに行かないですもの。そして、だからこそあんなにも早く再婚なさったのだわ。お母様が亡くなってすぐに再婚なさったもの。」
彩也子は自分が真実だと思っていることを口にした。それから、紡の言ったことをもう一度思い返す。兄と血がまるきり同じだとはどういうことだろう。
「簡潔に述べようか。君の両親は君を愛しているよ。そして君の実のご両親は愛し合っていた。それを証明しろと言われても困るけど、君の実のご両親は政略結婚ではないよ。メリットがあまりないだろう。」
「メリットって。お母様は皇族だった。皇族との繋がりが欲しかったからこの結婚はなされたはずです。」
彩也子は紡の言ったことを否定した。それが本当なら父親の態度や再婚の話はどうなるのだ。
「花小路伯爵家は君のお祖母様の時代に皇族の血が、繋がりを得ていたよ。まあ、そのせいでまた別の問題が出たんだけどね。あと、花小路伯爵は先代の花小路伯爵が年をとってから授かった子どもだそうだね。中々子どもが授からない先代の花小路伯爵は年の離れた異母弟を、花小路伯爵にとっては叔父君を養子として引き取り跡継ぎにした。これ知っていたかな?」
彩也子はこくんと頷く。その話は以前兄から聞いたことがある。しかし、その後父が生まれ、遠慮した叔父が家を出たと聞いている。叔父は分家の子爵家を継いだそうだ。
「そう。花小路伯爵とその叔父上はとても仲が良かったそうだよ。花小路伯爵は叔父上をとても敬愛していたようだ。その妻子の世話を見るくらいにね。君の母君が亡くなった1年後にその叔父上は亡くなったそうだよ。身重の内縁の妻を置いてね。その妻というのが今の花小路伯爵夫人だ。身重の叔父の妻を面倒を見るために再婚したんだ。」
彩也子は初めて聞く父親の再婚話の理由にぽかんと口を開ける。まあ、ない話ではない。内縁ということだから、叔父の遺産を相続はできない。身重の女性一人では路頭にまとう可能性が高い。
「再婚したのにはもう一つ理由があった。花小路伯爵は君の母親以外を妻にしたくなかったんだ。内縁の妻は亡くなった叔父上を深く愛していた。だから、仮面夫婦となることを二人は決めたわけだ。お互いの利益のためにね。だから、あの人は花小路伯爵の愛人でもなんでもないよ。」
紡はそこまで言うと、一旦話を止めた。彩也子は眉間にシワを寄せる。まるで理解できないというように。
「...なら、それならどうしてお父様はあんな態度を取るのですか?幼い頃から私は父に構われた記憶はありませんわ。いつも命令されるだけです。」
「それは君のためだよ。ここからは憶測だから後でちゃんと花小路伯爵に聞いて欲しいんだけど、花小路伯爵はひどく不器用な人だね。この方法が君のために一番いいと思ってしまった。そして自分のためにもね。...君は祖母君と母君から皇族の血を継いでしまっている。六花でもない家からそんなにも皇族の血が入るのは珍しいことなんだよ。だからこそ君は東宮様の後宮に入ることが望まれている。実際誘いがあったろう?」
彩也子はこないだの事を思い出した。確かに東宮からはそんな事を言われた。そういう話があるというのも事実なのだろう。
「確かに名案だよ。六花の姫君ばかり娶っては六花以外の家から非難が出る。それを防ぐためにも六花以外の家の姫君を娶るのは慣例となっている。東宮様の代で白羽の矢が立ったのが君というわけだ。しかし、花小路伯爵はそんなことはごめんだった。後宮はあまり住みやすい所ではない。正妃にだってなれないだろう。愛する人との娘にそんな苦労させたくなかったんだ。君を家から出さないようにしたのはそのせいだよ。宮廷に君を寄せ付けたくなかったからだ。君が宮廷に近づけば近づくほど、東宮様の後宮に入るの可能性が高くなるってことだからね。ただ、主上からのお誘いだけは断れなかったみたいだけどね。主上にとって君の母君は姉代わりで母代わりだったようだから。あと、君に素っ気ないのは花小路伯爵の気性だろう。花小路伯爵はほら言い方が悪いけど愛想のある方ではないから。...だから言ったんだよ。不器用って。あと、君のお兄さんに気を遣ったんだろうね。」
彩也子は呆れを通り越して怒りがふつふつと込み上げた。それならそうと父も言ってくれれば良かったのだ。紡はそんな正直な彩也子を見て一瞬だけふ、と微笑み、それから真顔に戻る。
「先程から兄の話をなさっていますが、それは兄の様子がおかしかったことと関係があるのですか?」
彩也子が尋ねると、紡は神妙に頷く。
「じゃあ次は君の兄君の一也のことについて聞いてもらおうか。だけど、これは友人として言わせてもらうよ。一也は君の事を本当に大事に思っているんだ。それだけは本当だよ。」
紡は穏やかに笑みを浮かべながら言う。彩也子はそんな当たり前の事言われる前からわかっていたが、紡がここまで言うということは兄にも何か隠されているのだと流石に気づいた。