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彩也子と隠された真実1

 彩也子は本を読むのが早い。そもそも家に閉じこもりがちだし、読書はそんな彩也子の娯楽の一つだからだ。彩也子は紡が持ってきた本を全部読み終えた。その内容は恋物語だ。紡はよくおすすめといって本を持ってきてくれるが恋物語を持ってくることは珍しい。

 一冊目は恋物語。夢を抱く二人が恋に落ちて結婚するという話だ。

 二冊目も恋物語。相思相愛で結婚した二人がすれ違って妻が亡くなる直前に分かり合えたという悲恋ものだ。

 三冊目は家族愛。引き取られた愛人の子が血の繋がらない母に愛されて妹にも愛されて幸せになったという話だ。

 四冊目はとある男の一生の話で、男は妻と子どもが大事なのに生来の不器用さで正直になれずにいるという鬱々した話だ。

 どれも読みやすい文章だったが、どうにも彩也子には縁遠い話ばかりで感情移入がしにくかった。ただ、理想の話だとは思う。自分にもこれくらい愛に溢れた人生だったらと羨ましく思う。まあ言っても詮無いことだが。紡と喧嘩してといっても彩也子が一方的に怒っていただけだが。少しは冷静になった。多分父との事もあって普通の精神状態ではなかったのだ。しかし、それは紡には関係のない事だし、謝らなくてはいけない。もう一度会ってもらえるならだが。彩也子は憂鬱そうにため息をついた。

 彩也子が本を重ねていると、部屋に一也が入ってきた。一也はなんだか暗い表情を浮かべている。


「お兄様?どうなさったの。」


 彩也子が心配したように聞くと、一也は不安そうな、それでいて泣きそうに笑った。


「お前が真っ直ぐに育ってくれて本当によかった。きっと、天国の彩由子様も喜んでいるよ。」


 一也の言葉を聞くと、彩也子は目を丸くする。そして、彩也子は嫌な予感がして兄に向かって微笑んだ。


「嫌だわ。お兄様。どうして急にそんなこと。それにお母様のことをどうして名前で呼んでらっしゃるの。」


 彩也子が予感を打ち消して欲しくて疑問を発すると、一也は彩也子を抱きしめた。


「俺はお前の兄で良かった。本当にそう思ってるんだ。あの人には感謝してもしつくせない。...紡が来ている。部屋に通すぞ。」


 一也は珍しく自分のことを俺と言った。そうして、彩也子から離れると、部屋を出て行った。彩也子が引き止める間もなくだ。そして入れ替わるように紡が入ってきた。紡は一也とは違い穏やかな笑みを浮かべている。彩也子はその違和感に眉間にシワを寄せた。


 ◆◆◆◆◆


 彩也子と紡は彩也子の私室でテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。紡が口を開く前に彩也子は頭を下げた。


「紡様。こないだは申し訳ありません。非礼をお許しください。」


 彩也子がそう言って詫びると紡は気遣うように彩也子を見つめる。


「彩也子さん。君が詫びる必要はないよ。...君と僕の間には大きな誤解が生じているようだけど、それはとりあえず後で解くとして。僕も君に詫びなければならないな。...君の気持ちも考えずに無神経なことをしてしまったすまない。」


 紡は真摯に謝罪を述べる。彩也子は紡がそれほど怒っていないと知って安堵したような表情を浮かべた。


「いいえ。それこそお気になさらず。」


 彩也子が言うと、紡はさらに真面目な表情を浮かべる。その表情は彩也子が見たことのないもので、彩也子は再び違和感を感じた。


「彩也子さん。この本読んだ?」


 紡は机の上に重ねてある、自分が彩也子に貸した本に手を置きながら聞く。彩也子は疑問を感じながらも頷いた。


「え。はい。読みましたわ。」

「そっか。じゃあこれを読んでどう思った?」


 紡は続けざまに質問を投げかける。彩也子はそれに少しだけ考え込む。それから、少しだけ悲しそうに取り繕うように微笑んだ。


「理想の物語です。物語とは人々の理想であるべきですね。」

「理想、か。君には起こり得ない事ばかり書いてあった?」


 紡の質問の意図がわからなかったが、彩也子は頷いた。


「ええ。私の家はこうではありませんでしたから。むしろ正反対です。だからといって私は不幸ではありませんけど。」


 彩也子は今度は優しく微笑みながら言う。これらの物語のような家に憧れはするが、彩也子は自分の事を不幸だと思った事はなかった。確かに彩也子の両親は幸せな結婚ではなかっただろう、父親は彩也子に冷たいし、再婚した母親とも異母妹ともうまくいっていない。でも、彩也子には兄がいた。とても優しくて時には厳しく彩也子と一緒にいてくれた兄の一也が。だから彩也子は不幸ではないのだ。


「花小路彩也子嬢。君は真実を求める?それが例え君にとって優しいものでなかったとしても。」


 紡はいつかと同じような質問を投げかける。彩也子は微笑んだ。


「ええ。それが私には必要なんです。真実は人は知らなければならない。」


 彩也子がそう言う。彩也子にはその真実が何なのか知らない。今の彩也子は真実があることすら気づいていないのだ。しかし、彩也子は真実というものは人にとっては必要なことだと考えていた。この答えはそれに対する答えである。紡は一瞬だけ満足そうに微笑んだが、すぐに顔を真顔に戻す。


「ならば、君に伝えよう。君の知らない真実を。君の家族の話をしようか。」


 紡は真面目に言った。彩也子は目を見開く。そんなことがあるなんて思ってもみなかったからだ。

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