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彩也子と紡のすれ違い

 彩也子の母の彩由子は彩也子が3歳の時に亡くなった。そのせいか、彩由子のことはあまり覚えていない。ただ、自分の見た目は母とそっくりなのは周りにいつも言われた。だからこそ父は自分を厭うのだろう。








「失礼します。お嬢様。お客様です。紡様が客間でお待ちです。」

「今行きます。」


 彩也子は急に紡が来たことを不思議に思いながらも客間に向かった。客間では紡がいて、彩也子を見ると微笑んだ。


「彩也子さん。急におしかけてすまない。」

「いえ、構いません。でも、急にどうされたのですか?」


 彩也子が聞くと、紡は微笑んだ。そして、机の上に紙袋を置く。


「これから当分家にいると聞いたから、もしかしたら暇かもしれないと思って本を持ってきたんだ。」


 紡が紙袋を彩也子の方に渡す。


「わざわざありがとうございます。読まさせていただきますね。」


 彩也子は目を輝かせながら言う。彩也子は本を読むのが好きだ。昔から父によって屋敷に閉じ込められていたので、その暇つぶしは読書だった。


「喜んでもらえて何よりだよ。その本、入ってる順に読んでほしいんだ。その方がきっと楽しめると思うよ。」

「紡様がそうおっしゃるならそうしますね。ありがとうございます。」


 喜んでいる彩也子を見ていた紡は真剣な様子で彩也子の手を取る。彩也子はいつになく真剣な紡にどきりとした。


「君は真実を知りたいと思う?例え、それが君にとって望まないものであっても。知る必要のないものでも。」


 紡の言葉に彩也子は少し考える。それから彩也子は真っ直ぐに紡を見つめる。


「知らなければならないと思います。真実を知らなければ、私は次に進めないと思うんです。だから、知らなければならない。」

「知りたいではなく、知らなければならない。か。君らしいね。君はいつだって望まれる存在であろうとするんだ。」


 紡は一瞬微笑むがすぐに苦しそうな表情を浮かべる。そして、彩也子を引き寄せて抱きしめる。


「え、紡様?離してください。」


 彩也子は驚いたように困惑しながら言う。紡はこんな風になったことはなかった。どうやらいつもの戯れではない。紡は顔を近づけて、彩也子の唇に口づけを落とす。つもりだったのが。それは叶わなかった。何故なら彩也子に突き飛ばされたからだ。彩也子は紡の行為にぞっとしていた。


「やめてっ!他の人にしたように簡単に口づけなんかしないでっ。」


 彩也子は気づいたら、そう言っていた。大きな声ではないが、はっきりしている声。


「彩也子さん。すまない。今の私はどうかしていたみたいだ。いつもこうなんだ。本当にすまない。」

「いつも?いつもこんな風に口づけをしてるんですか。...すみませんが、私は今冷静になれません。帰っていただけますか。」


 彩也子は俯いて言う。


 もうたくさんだ。父だけでなく婚約者までにも、こんなにも蔑ろにされるのは。父もそんなに母と結婚したくなかったのなら、結婚しなければよかったのだ。そうしたら、誰も苦しまなかった。普段の彩也子だったらこんな風には考えなかっただろう。だが、先程の紡の行為で動転したのか普通の考えをしていなかった。なので、こう考えてしまったのだ。このままでは母のようになってしまう。


「わかった。今日は帰る。ただ、本だけは読んでくれ。それは君をきっと救ってくれる。」


 紡はそう言い残して去って行った。





 紡は屋敷に帰って、自室で悩んでいた。なぜ自分はあんなことをしたのだろう。ただ、あのまっすぐな子を見ていたくなかった。あの真っ直ぐさが自分の何かに触れたのだ。きっと彼女を傷つけただろう。誰にもあんなことをするなんて誤解までされた。紡はため息をついた。誰にでもああするわけではない。ただ、仕事の時は少し気が高ぶってしまうのだ。だからといって彩也子を傷つけていいわけではないのだが。


「ため息をつくとせっかくの幸せが逃げるぞ。我が息子よ。」


 紡はそう言われて、目を見開く。いつのまにか父の枢木(あつる)がいた。


「父上。なんでもありません。」

「おや、そうか。お前も恋をしたのかと思ったのになあ、残念。」


 圧はにやにやしながら言う。紡は圧を睨む。


「ありえません。私が恋?そんな主観的な感情許されない。」

「ふむ。まあ、一理ある。しかし、お前は本当に「圧さんそっくりねえ。紡さんは。」


 圧の言葉にかぶさって聞こえたのは母の言葉だ。いつのまにか母である枢木静子(しずこ)まで来ていた。静子は呆れたように紡を見ている。


「本当にいらいらしてきた。なんで、こんなにもそっくりなのかしら。紡さん。では貴方は枢木家当主は恋をしてはいけない?人を愛してはいけない?その貴方の論理でいくとこの母は、圧さんに愛されていない可哀想な妻ではありませんか。」


 静子は軽く紡を睨みながら言う。紡は少したじろぐ。


「はい。私はそう考えています。」

「ばっかみたい!本当に貴方は圧さんそっくりなんだから。この堅物。殴ってもいい?」


 静子は握り拳を作って言う。圧は妻を慌てて止める。


「静子。まあまあ。...紡。私は妻を愛してる。彼女に関しては主観的にしか見れない。」


 圧の衝撃的発言に紡は思考回路を一回止めた。


「は?いや、ちょっと待ってください。そんなの、駄目でしょう。」

「ああ、駄目だな。...私たちは全てを客観的に記録しなければならない。しかしな、私的な部分だってある。だから私は自分の妻だけは記録に残さないことにしてるんだ。」

「はあっ!?ありですか?」

「ありだ。だから、お前もそうしなさい。主観的に見るものがあってもいい。それを記録に残さなければいいだけだ。わかったか?我が息子よ。」


 圧はにこにこと言う。紡はため息をつく。なんだか、悩んでいた自分が馬鹿らしい。しかし、もう無理だ。彩也子はもう自分には心を開いてくれないだろう。せめてもっと早く教えてくれっと紡は心で叫んだのだ。


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