元勇者の力
(ずいぶん面倒くせえことになってやがる・・・)
目の前、今まさに連れて行かれそうになっている少女を目の前にして、ライルが思ったのはそれだけだった。
昔ならば、彼女を助けようという独りよがりな正義感で男たちを蹴散らしたかもしれないが、今ではそんな気も起きない。だから
「一応聞いとくぜ。この状況、悪いのはてめえらでいいんだよな?」
そう言って、男たちに確認をとった。
それに対して、高価そうな甲冑を身にまとった男が答えた。
「ふむ、まさかこの状況を目撃されるとは・・・。仕方あるまい、君には死んでいただかないと・・・」
「おいおい、冗談じゃねえぞ、こんな所で殺されるとか真っ平御免だ」
一瞬の挙動。こちらが剣を抜くと同時に、鎧の男たちも一糸乱れぬ動きで散開した。ざっと見る限り剣士が5人。
(この動き、並みの練度じゃねえ・・・恐らくは貴族の私兵。それも相当な高位貴族か・・・!)
「ふんっ」
そう考えた後ところで目の前の男が身体強化を発動したのを感じる。そして、腰を沈めた次の瞬間には踏み込んできていた。
「ちっ、ほんとついてねえ」
こちらも身体強化を発動し、とりあえず剣で攻撃を受ける。
身体強化のレベルはほぼ一緒。全盛期であれば、相手の剣ごと叩き切るくらいの力を発揮出来ただろうが、魔王の呪いを受けた今の魔力量では、この辺が限界だろう。
「隊長!」
気づいた時にはさらに2人、抜刀した男たちがこちらの背後に回り込むようにして接近してきていた。
「しょうがねえなっ」
仕方なく目の前の男の剣を横に流す。
「なっ!!」
体勢を崩したところを蹴りつけ、自分は回り込まれる前に後退する。
相手方が陣形を立て直す間にこちらも状況を観察する。
他の剣士4人も全員それなりの腕前だが、最初に切りあった隊長と呼ばれる男が一番強いようだった。
恐らくは、全員が身体強化を使用しており、パワー勝負になれば五対一と圧倒的にこちらが不利だろう。
そもそもただの剣術で相手にできるのは同時に三人程度が限界である。それは相手も同じ。5人で一斉に切り掛かることは物理的に不可能なので、ライルが相手にするのは、せいぜい3人程度だろう。
パワーで勝てない相手であってもそこは勇者時代から培ってきた経験と技術がある。
「おらっ!」
待っていればジリ貧、そう判断したライルは先制攻撃を仕掛ける。
全力で切り掛かる・・・
「「「なに!!」」」
そう見せかけて放ったのは風魔術。
狙うのは足元。巻き上がった粉塵で一時的に視界が遮られる。
それと同時に闇魔術で気配を遮断。こちらを見失った二人を即座に切り伏せる。もちろん手加減はしない。一撃で命を奪う。
「クソがっ!」
慌てて距離をとる残り3人。
しかし、それこそが悪手。
ばらけた内の一人に接近すると、咄嗟に振るわれた一撃を受け流し、返す刀で切り殺す。
残り二人。
「貴様!」
2人がかりで繰り出される連撃をライルは冷静に捌いて見せる。あくまでも反撃はせず、余裕で剣を受け続けるライルの姿に、男たちが焦りを見せたその刹那――――
急激に加速したライルが1人をすれ違いざまに切り殺す。
最後に残ったのは息を荒げる隊長1人。
「さてと・・・やっと一対一だな・・・」
「はあはあ・・・貴様いったい何者だ」
「答える必要はねえな・・・じゃあな!」
二人の交錯は一瞬。血しぶきをあげて倒れ伏したのは隊長と呼ばれた男。
五対一という状況はライルの前には無意味。
別段、この作業自体に感慨はない。
自分が行ったのは、かつてのアリシアが願った勇者としての姿を全うするためなのだから・・・
「さてと・・・で、嬢ちゃんは何者だ?」
死体を背に、ライルはただ茫然と状況を見ていた少女に尋ねた。
どちらかと言えば勝気そうな瞳に朱色の髪を背中で一つにまとめている。着ている服自体は質素なものだが、にじみ出る雰囲気からかなり高い身分にあることが想像できた。
少女が状況を整理できて、話せるようになるまでを待つ間、そんな少女の境遇を想像し、確実に厄介事に巻き込まれたであろうこの事態に、ライルは人知れずため息をついた。