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アルビオン~白き結晶の物語~  作者: 天宮 悠
第1章 学園編
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8話「帝国の聖剣」

「すいません……もう一度言ってもらっても?」


 担任の口から出た言葉が信じられず、つい聞き返してしまう。

 ですから、と担任は、ずれた眼鏡を直しつつ、


「この方は、帝国の聖剣の一人。フェル――」


「二十三代目帝国の聖剣インペリアルシュヴェールトのフェルミナ・ドールよ。よろしくね、少年」

 担任の言葉を遮り、満面の笑みを総一に向けながらフェルミナと名乗った女が手を差し出す。


 刀を握っているため、総一は左手を差し出すとフェルミナもすぐに出す手を切り替え、握手を交わした。まあ礼儀的には左はまずいかもしれないが、フェルミナはそこまで気にした様子もない。


「あんた、そんなに偉い人だったのか」

「そりゃあもう、帝国の聖剣といえば、帝国最強ってことでしょ? めちゃめちゃ偉いよ~」


 皇帝直属の親衛隊にして、帝国最強の兵達。それが帝国の聖剣。だが、鉄の戦争当時の二十二代目と違い、今の二十三代目はそれほど強くない、と総一は授業で聞いたのを思い出した。


「学生に負ける帝国の聖剣……か」


 冷やかな視線を総一が向けてやると、両手をぶんぶん振り回しながら、まるで駄々をこねる子供のようにフェルミナが頬を膨らませる。


「違うし! 私弱くないし! もっと他に弱い子も…………」

 そこまで言って、フェルミナはぐぬぬ、と顔をしかめる。


「居ないんだな」

「……うん」

 しょんぼり、と肩をすくめるフェルミナは、なんだか誰かに似ているような気がした。


 そう、この若干情緒不安定な態度は、朱里に似ている。


「ていうか、君も意外と失礼だな~。正体分かったんだから敬いなさいよ」

「権力振るえて楽しいか?」

「なっ!? まったく……これだから東の民は嫌いだよ」


 東の民とは、帝国東部の住人の事を指す。

 彼らは、一般的な帝国人が持つ黒髪と同色の瞳を持つ。加え、名前も他とは一風変わったものなので、比較的特定するのは容易な人種だろう。

 むろん、総一もそこの出身である。ゆえに、フェルミナにも外見的な特徴ですぐに生まれが知れたのだろう。

 ちなみに、朱里も名前のせいで東の民と思われがちだが、あの深紅の双眸がそれを否定している。ハーフか何かだろうが、総一が聞いてもはぐらかされるばかりで、詳細は分からない。


「悪かったな。だが東の民は礼節を重んじるんだぞ」

「……今までの君にそれがあった?」

 ふむ、と総一は少し考えるように顎に手を当てる。そしてきっぱりと、


「ないな」

 言いきった総一にフェルミナはジト目を向ける。が、そもそも、ただ一人を除いてこの世で総一が敬うべき存在などいはしない。


「そうだ。まだ私、君の名前聞いてない。あー……東の民の名前って覚えにくいし、名前だけでいいよ」

 聞いといてそれか、と総一は眉をひそめながらも、

「……総一だ」

「ほう、ソーイチ君ね……そう。おっけい、覚えたよ」


 よりによって、イントネーションまで朱里そっくりに総一の名を呼んでくれる。だが、それよりも、フェルミナは総一の名前を聞いた時に数秒だが何か考え込むように目を細めた。総一はそれが少しだけ気になった。


「あ、あのー……よろしいでしょうか?」

 ほぼ放置気味だった担任が、さすがに総一達の漫才に耐えかねたのか割って入る。

「おお、すみません。それで、あれは?」

「はい……ここに。どうぞ」


 担任は手に持っていた一枚の紙切れ、手紙か何かだろうか、それをフェルミナに手渡す。

 彼女はそれを受け取ると、ろくに確認もせず懐にしまい込んだ。

 フェルミナの待ち人とは、担任の事だったらしい。


「さてさて、みっしょんこんぷりーとな上に、面白い収穫もあったし、やっぱこの学園(ここ)は面白いね」

 フェルミナは再び総一に体を向かせると、ジャケットの内ポケットを弄り出し、小さな箱型の物体を取り出したかと思うと、総一に放り投げる。


 反射的にそれを受け取りつつ、総一は怪訝な表情をフェルミナに向けた。

 箱形の何かは、細部に見える金属からして、何かの装置なのだろう。しかし、これを渡す理由が分からない。総一は疑問を口にした。

「これは?」

「んふ、携帯電話だよ。そうだね……いつでもどこでも通話できて、持ち運び自由な電話って言えば分かるかな?」


 一応理解はしたが、近年の技術発展が凄まじいことに総一は内心で少し驚く。

 確か、いわゆる機械は全て、大本の動力源である魔力結晶が詰まった動力タンクに有線で繋いでいないと使えないはずだ。しかも、タンクは結構な大きさがある。

 つまりこれは、小型のそれを内蔵しているとでもいうのか。


「なんでこんなものを?」

「探してるんでしょ? あいつらを。何か分かったら、お姉さんがこっそり教えてあげる」


 口元で人差し指を立てながら妖しく笑うフェルミナは、どことなく絵本などで、聖人を魔へと(いざな)う魔女を彷彿させた。


 とはいえ、奴らの情報を得られるというのならば、総一が断る理由はない。

 だが、ここで疑問。こっそりとはどういう意味だろうか。


「なんでこっそりなんだよ」

「そりゃあさ、あいつらはちょ~ヤバイ連中だから、本来なら関係者以外立ち入り禁止な案件なのですよ。もちろん、ほんとは情報を洩らしちゃあいけない」

 でもね、とフェルミナは付け加え、

「君はソーイチ君でしょ? だったら……私個人としては、国の守秘義務なんかより、君を応援してあげたい」


 それはまるで、総一の生い立ちを知っているかのような――いや、違う。知っている、この女は。先ほど総一の名を聞いた時の間。あれは何を考えていた? あの、過去にあった事象を思い出すような仕草は。


「お前……俺の事を知ってるな? どこで聞いた? やはり――」

 再び、総一の握る剣に力が込められる。今度は峰ではなく刃の側をフェルミナに向けて。


「あいつらと繋がっている……とでも? 見くびるなよ」


 総一から滲む殺意に呼応するように、フェルミナはその態度を急変させる。今の彼女は、真の軍人ように厳かで――


「端的に言おう。私はその剣の(まこと)の持ち主を知っている。師、なのだろう? お前の事は奴から聞いたよ」

「師匠を……知っているのか」

「既に折れた剣だと思っていたが、あれでなかなかしぶといのは、さすがと言ったところか。しかし、だ……お前は奴から礼儀は学ばなかったのか?」


 瞬間、周りの空気が焼けた。

 先ほどの戦闘でのものが真夏の暑さなら、これは火山の中。

 秒単位でじりじりと皮膚の細胞を焼け焦がすそれを伴い、灼熱の魔女は目の前の愚かしい少年を笑う。


「復讐、復讐……勇ましいな。だが、それだけに囚われているから、視野が狭い。っは! まだまだ餓鬼だな」

「な、何を……」

「私も帝国の聖剣だ。心根全て、とは言わんが、皇帝陛下に忠義がないわけではない。それがどうして、あのような下賤な連中と一緒にされねばならん」


 吐き捨てるようにフェルミナが言うと、彼女は片手を上げ、構える。

「お前が望むなら、第二戦……交えてやっても構わんぞ。ただし、殺意を向けるからには、相応の覚悟はしておけよ。先のような児戯に同じと考えるなら、お前が後生大事に抱えた刀、欠片も残らず溶かしつくしてやろう」


 ああ、と総一は理解した。フェルミナはただ、お遊びで出せる全力をもって総一の相手をしていただけだと。かろうじて、それは総一が勝る結果となったが……今度は違う。ただの女ではなく、正真正銘の帝国の聖剣が相手となるのだ。


 実力を見誤っていた。既に廃れた魔法使い。しかし、彼女はそれで帝国の聖剣(あそこ)まで上り詰めた。

 つまりは、魔法使いの完成形。


「悪い……どうにも奴らが絡むと、な。このままだと俺の担任がやばいから、止めてくれると助かる」

 総一は、横で座り込み、汗びっしょりな上、息を荒げる担任を見つつ、振り上げかけていた刀を下げる。

 それを見るや、フェルミナはまたあの笑顔を取り戻し、

「うんうん、賢明な判断だよ。それとごめんね~先生。巻き込んじゃった」


 両手を顔の前で合わせて、謝っている。今回は、多少本意からそうしているようだ。

「そ、それでは私はこれで! 失礼いたします!」

 だが、それに反応することなく、担任は脱兎の如く演習場から逃げ出して行った。気持ちは分からないでもない。そう何度も、死ぬほど暑いサウナには入りたくないだろう。


 こうして、また二人きりになってしまった。

「痛っ……」

 鈍くだが、突然右手の平が痛みを訴えた。熱された刀が大分皮膚を焼いてしまったようだ。しかも、柄の鉄が手にくっついてる。無理に離すと、皮膚ごと剥がれてしまうかもしれない。


「へ? どうしたの……って! そうだよ! あわわ、ソーイチ君大丈夫? ほらぁ、あんな無茶するから」

 さっき、遠まわしにぶっ殺すぞみたいなことを言った奴が何を言う、と呆れつつ、さてどうしたものかと総一は思案する。

「まあ、このくらいならあいつで何とかなるか」

 言って、左手で刀を掴み、

「え? え? ソーイチ君? ~~~~~っ!?」


 べり、と皮膚を巻き込んで刀を引き剥がす。それを予測したフェルミナは、直前で顔を両手で覆い、直視することを避けた。

 しかし、終わったと思うと、指に隙間を開けてチラリと総一を確認する。


「だいじょう……ぶ?」

「じゃない、かな。血が止まらない」

「それ冷静に言うことじゃないよね!? どどど、どーしよ」


 あわわ、と同じところを行ったり来たりしながらフェルミナは慌てふためき、何かを閃いたのか急に立ち止ると、ぽんと手の平に拳を乗せ、

「焼く?」


 きり、と真顔で言ってのけた。


 ふざけるな馬鹿野郎、と言いかけたのを飲み込み、総一は嘆息する。


「あんたのじゃ火力が強すぎて、手が溶ける」

「ですよねー、医務室行こっか」


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