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アルビオン~白き結晶の物語~  作者: 天宮 悠
第1章 学園編
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5話「黒の予兆」

 朱里の詳細不明な悪巧みに頭を抱えた日の翌日。

 

 ベッドから起き上がった総一は、有耶無耶にされた昨日の笑みに隠された真意を探るべく、足早にリビングへと向かう。

 

「朱里!」

「うわひゃあ!?」

 

 ばん、と勢いよくドアを開け放ったせいで、ちょうど食事を取ろうとテーブルについていた朱里が驚き、ハンバーガーを取りこぼしそうになる。それに朱里は慌てて喰らいつき、口でキャッチする形で何とか耐えた。

 

「びっきゅりしゅたよ~」

 そのままもごもごと、ハンバーガーを咥えたまま口を動かす。

 

「なんて言ってるかわからん。それよりも、だ。昨日のあれ、説明してもらうぞ。何を企んでる」

 

「みゅ~……」

 

 変なうめき声を上げながら、両手を使い、リスがクルミをかじっているかのように朱里はハンバーガーを咀嚼する。それは可愛らしいと思ったが、今はそれよりも重要なことがある。

 

「まさか、無理矢理ついてくる気じゃないだろうな?」

「げほぐはっ!? そ、そそそそんなわけないよ~」

 なら何故むせた、と心の中でつっこみながら、総一は懐疑の視線を向ける。

 

「……ダメ?」

 上目遣いで、愛でたくなるくりくりっとした赤い大きな瞳を潤ませつつ、妙に子供っぽい声で朱里が言った。

 

「昨日言ったろう。駄目だ」

 もちろん、そんなことをされようが、総一の答えは変わらないが。

 

「むー、分かった。ならハンバーガーの大食い対決だよ! 私が勝ったら一緒について行くもんね!」

「子供か、お前は」

 

 しかも、完全に出来レース。朱里はハンバーガー百個を一食分として扱えるだけの胃袋を持ち合わせているため、総一が勝てる要素など微塵もない。

 

「なんの、人生なんにでもトライだよ。大丈夫、ハンバーガーの神様はソーイチ君を見捨てない」

 

 そんなのはいらないから、普通に勝利の女神が来てほしかった。

 しかし、総一の目の前では大量のハンバーガーが朱里の手によって積み重ねられる。

 どうやら強制らしい。

 

 ――総一は、静かに覚悟を決めた。

 

 

 

 

「うおお!? どうした総一!」

「頼むから今は話しかけないでくれるか」

 

 教室に入るなり、カークが総一を見て叫び声を上げた。

 

 それもそのはずだ。今、総一は最高に気分が悪い。

 自分では見えなくとも、凄まじい顔になっているのだろう。少なくともカークが絶叫するほどには。

 

 原因はただ一つ。あのハンバーガー大食いだ。

 一つの大きさが中皿サイズで、一個でも十分に満たされるようなものを十五個も胃袋に詰め込めたのは、我ながら誇っていいと思う。

 どう見ても人間の食事量を越えている。しかし、それをけしかけた本人は総一の四倍以上を平然と平らげているのだから、それはそれで恐ろしいものがあるが。

 

「ソーイチ君はハンバーガーの魅力に打ちのめされているのさ」

 

「そ、総一、とうとうお前もハンバーガー教に……」

 

 もう、反論する気も起きない。胃を刺激しないよう、静かに自分の席に座ると、総一はそのまま机に突っ伏す。

 傍では朱里とカークが何やら話しかけてきたが、それを無視して消化に体の全機能を集中させる。

 

 そうして、数十分くらい経った頃、ガラガラと教室のドアが開く音がした。

 総一が顔をあげて確認すると、眼鏡をかけた、気弱そうな男性が教卓の前に立っていた。

 

 総一のクラスの担任である。彼は喧騒にざわめく教室を見渡すと、一度咳払い。それでクラスの皆が担任の存在に気付いたのか、各々の机に腰かける。

 担任はもう一度教室中を見渡し、出席簿を書きながら全員の着席を確認すると同時に口を開く。

 

「皆さんおはようございます。それと、昨日はすみませんでした」

 昨日の、とは一日自習の事を言っているのだろう。担任はぺこり、と軽く頭を下げる。

 

「せんせー、何かあったんですかー?」

 そんな時、クラスの誰かが、皆の疑問を代弁してくれる。

「ええ、実は卒業式前のイベントということで、高等部全クラス対抗による戦技トーナメントが行われることとなりました」

 担任が言いきると同時、教室が再びざわめきを取り戻す。

 

 突然なのもそうだが、まさか全クラスによるトーナメントなど、これをやる意図が分からない。全クラスということは、1年生も含まれるのだ。3年が圧倒的に有利なのは見て明らかだというのに。

 

 と、不意に誰かが総一の肩を叩いた。後方右側からということは、たぶんカークだろう。

「なんだ」

「トーナメントってどういうことだ? なんで今更」

「俺に聞くな」

「はい、皆さん静かに」

 

 ぱんぱんと手を鳴らして、担任が静粛を促す。

 

「これにより、トーナメントに出場するクラス代表3名を選抜することになりました。選ぶのは、皆さんにお任せしますね。放課後にはトーナメント表が掲示される予定ですので、お昼までに私に報告してください。それでは」

 そこまで言うと、担任は一礼して教室を出て行く。

 

 と同時に、四方八方から総一を見つめる視線を感じた。

 それに気づいていないふりをしながら、総一は周囲に聞き耳を立てる。

 

「めんどくさくね?」

「でもさ、どうせなら勝ちにいきたいよね?」

「じゃあ、あいつだろ。赤羽」

「あー、だよね。つか、ちょうどあのメンツで3人じゃん」

 

 すごく嫌な予感がした。というか、この会話の流れはもう決定したも同然だろう。

 総一はこの学園に入るまでは、ずっと剣の修業をしていた。そのせいでほかの学生よりも幾らか上の実力を有しているのだが、今回はそれが仇となってしまったようだ。

 

「ねぇ、赤羽君」

 さっそく、クラス委員長が期待の眼差しを向け、話しかけてくる。

 

「ちょっとお願いがあるんだけど」

 もったいぶるように言わずとも、何が言いたいかなどこの流れから容易に予測できるというのに。と、息を吐きながら総一は机に頬杖をついて、

 

「何だ?」

「さっきの話聞いてたよね? できれば赤羽君が出てくれると嬉しいな~なんて」

 たぶん、ここで拒否したところで結局最後は多数決とかで総一に決定するのは明白だ。ならば、余計な手間をかけるより、素直に受け入れた方がこちらも気が楽でいい。

 

「ああ、分かった。ただし、残りの2人はカークと朱里で。それでいいなら」

「うん、元々そのつもり! ありがとうね」

 

 それだけ言って去っていく委員長の後ろ姿を見つつ、総一は嘆息する。

 もう卒業式を待つだけだと思っていたのに、これである。こういった催しに興味のない総一からすれば、ただ面倒なだけだ。

 そう思っているのは総一だけらしいが。その証拠に背後では、

 

「いよっしゃあ! やってやろうぜ総一!」

「頑張ろうね、ソーイチ君」

「あ、俺には言ってくれないんですね。朱里さん」

 

 2人の期待を裏切るようで悪いが、あまり目立ちたくはない。だが、クラスの皆から文句を言われるのも勘弁だ。一応2、3回戦くらいまでは行ってから、奮戦したが敗北、の図を描いてみようか。

 

 面倒なことになったな、と総一は頬杖をついたまま肩を落とし、深いため息をついた。

 

 

 

 

 放課後になり、総一達は張り出されたトーナメント表を見に、中庭に来ていた。

 

 すでに結構な人だかりができていて、見るだけでも億劫なのだが、一応相手の事くらいは知っておきたい。

 何とか人込みをかき分け、表まで辿り着くと、総一は自分の名前を探して視線を這わせる。

 

 そして、発見するもその対戦相手に総一は頭を抱えることになった。

 

「なになに……げ、周りみんな1年じゃねーか」

 ひょこっと人垣から顔だけ出したカークが、総一の言いたいことを口にしてくれた。

 そう、ほとんどの3年はすべて反対側で固まっていて、むしろ操作でもされたかのように総一達だけが下級生の多い枠に入れられていた。

 

 この調子だと、準決勝の辺りまでいかないと3年とは戦えない。しかも、下級生相手なら総一が負けるのは不自然極まりないだろう。わざと負けるのも難しくなった。

「おい、これは絶対に操作――」

 

 総一は言いかけ、だがトーナメント表の向こう側、演習場へと続く通路に佇む、ある人影を発見しその口を噤む。

 そして驚愕し見開いたままの瞳をいったん閉じ、深く息を吐き出しつつ、見間違いでないことを確認するために今度はその場所を睨むように見据えた。

 やはり幻などではない。

 

 あの肩に触れるくらいまで伸ばした黒髪は、帝国人特有の髪色なので問題はない。だが、それが纏っている服。一見すると軍服のようにも見えるが、その色は光を拒絶するかのような黒。

 

 ――黒衣(・・)の女だ。

 

 髪の色と相まって、黒いシルエットを彷彿とさせる人物。

 それは、総一が生涯忘れないと誓った記憶の中で、登場する者達に酷似していた。

 

 自然と手に力がこもり、爪が手の平に突き刺さって血が滲みそうなほどに握り締める。

 

「お、おい……どうした総一? って、待てよ! どこに――」

「ここで待ってろ」

 

 制止を呼び掛けるカークを無視し、人垣を強引に押しのけつつ黒衣を纏った女のもとへ向かう。

 すでに向こうも気づいているのだろう、こちらを向いて嘲笑するような笑みを口元で浮かべている。

 

 総一は女の数メートル手前で歩みを止めると、射殺すような視線を向けた。

 だが、それすら子供の戯れに等しいとでもいうかのように、女は鼻で笑う。

 

 そして、切れ長の目が一層細まり、総一を捉える。と、女はゆっくりと口を開いた。

 

「――何か、用かな?」

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