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アルビオン~白き結晶の物語~  作者: 天宮 悠
第1章 学園編
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3話「集合」

 ソルダート学園。


 帝国が誇る大陸最大の規模を持つ学園であり、総一達が通う学び舎である。

 その高等部3年に、総一のクラスはあった。


「おう、総一君は一体何で朱里さんと一緒に遅刻してるんですかねぇ? ああ、一つ屋根の下で暮らしているからって、夜遅くまでぬっぽりしちゃって二人仲よく寝坊ですかそうですか」


 総一が教室のドアを開けた途端、吐き捨てるように誰かが言った。そこへ総一は視線を移すと――

 羨望の眼差しを向けつつ、呆れと僅かな怒りが滲んだ形容し難い顔をしながら何かを言いたげに総一を見るのは、朱里と並び総一の親友であるカーク・アーレント。


「うるさい」

「酷い!? 総一さん酷いよ!」


 ちなみに彼は、今のご時世見ることすら珍しい魔物……とは微妙に違う、いわゆる亜人と呼ばれる人の形をした人ならざる者だ。 

 ぱっと見は人間と変わらないが、頭に二つ犬耳が付いている。


 本人がいうには、犬ではなく狼らしいが。


「総一はいいよな、朱里ちゃんと一緒に暮らせて。……童貞の俺に、そこは理想郷だぜ」

「じゃあ来ればいい。一日三食ハンバーガーが付いてくるだろうがな」

「すいません、俺が悪かったです。でも朱里ちゃんと一緒なんだぜ? ちくしょー! やっぱ羨ましい!」

「どっちなんだ……」


 確かに、女の子と一緒に暮らしていると言えば聞こえはいいかもしれないが、その相手が朱里である。

 ちょっとロリ顔だが、それに反して胸は大きめで、足も細くすらっとした美脚。そんな体躯を持っていても、ハンバーガー中毒者である。


 その要素一つで、結構な割合の男が退いてしまうのではないだろうか。

 聞いただけではなんだその程度か、と思うかもしれないが、総一のように毎朝ハンバーガーコースに少しでも触れてみれば、きっとその片鱗が味わえるだろう。


「うるせー! しかも朱里ちゃんめっちゃお前に気があるみたいだし。そんな奴を羨んで何が悪い!」

「いや、だが朱里だぞ? お前が考えているような事は……そうか、一度朝起きた時に朱里が……いや、何でもない」


ぴくん、と今のセリフを聞き逃さんと言わんばかりにカークの犬耳が動いた。


「お、おい……何があったんだよ。朝、朱里ちゃんがどうしたんだよ……俺達、卒業するまで童貞貫くって決めたよな?」

「そんな約束をした覚えはないが……」

「そ、それは遠まわしにもうお済みになったと…………ちくしょー! 俺か! 俺だけか童貞なのは!」


 血の涙を流さんばかりにカークは叫ぶが、ここは教室である。カークが童貞なのがクラスに知れるのは構わないが、朱里の事で変な噂を立てられても困る。と、総一は静かに右手を上げ、カークの脳天に振り下ろした。


「げふっ!?」

「あんまりソーイチ君に迷惑かけると……もぎ取るよ?」


 ひょこっと総一の背後から顔を出した朱里が、止めを刺す。何故か、満面の笑みで何かを握り潰すように右手の指を動かしている。

 しかも、セリフも校門で言っていたのよりおっかない内容になっていた。


「ぎゃあああ!? やめてください! 動物虐待です朱里さん!」

 カークは教室の入り口から反対の窓際まで一瞬で移動し、頭の上についた耳を垂れさせながら両手を合わせて拝むように謝っている。


 朝から騒がしい光景を見せられ、総一はため息をつきながら自分の席に着く。

 と、ここで一つの疑問。まだ一時間目の授業の途中のはずだ。それなのに、教室には喧騒が響き渡り、教卓にも教員がいない。


「む? カーク、先生はどうした?」

カークに問うてみると、不貞腐れたような態度で口を開いた。


「黒板見ろリア充が」

 そんな暴言を無視して、総一は黒板へ視線を移した。一日自習と書かれている。


「ほえ? 今日は全部自習なの?」

 総一につられるように黒板に顔を向けた朱里が、疑問を言う。

「うん。今日はそうらしいね。なんでも、卒業式前にでかいイベントをするみたいだよ。そのための準備で、先生方は忙しいんだって」

 急にぴし、と姿勢を正しくしたカークが、詳しく理由を朱里に説明している。

 態度が総一の時と変りすぎである。


 しかし、こうして卒業式という名を聞くと、総一はここに三年もいたということを実感する。

 恩師の元から離れ、一人行くあてもなく彷徨い空腹に倒れているところを朱里に見つかったのが三年前。

 そこで帝都にある飲食店で奢ってもらったのはいいが、その時から朱里につきっきりだったカークに不審者と誤解を受けてしまい、襲われたところを撃退し、それをたまたま学園の教員に見つかったのが最後。

 学園へ入学という進路を強要されてしまい、しかも第一発見者の責任とやらで朱里の家に住まわせてもらうこととなった。


 それからもう、三年が経つのだ。


「卒業式……か」

 気づけば、総一は無意識に呟いてしまっていた。総一はあまり他人に興味を湧かない方であるが、三年の付き合いはさすがに情を抱いてしまう。


「うー……ソーイチ君とお別れ?」

 朱里が、悲しそうに眉をひそめてこちらの顔を覗き込んでいた。

 前から、二人にはこの学園を卒業したら、また旅に出ると言ってある。きっとそれを懸念しているのだろう。


 技術向上のためと三年をここで過ごしたが、これ以上いても学ぶものは少ない。それに、いつまでも学生相手では……奴らには届かない。

 だからこそ、もう総一がここに居続ける理由はないのだ。


「ああ、悪いな。三年も世話になって。だが俺にはやることがある」

「うん……そだね」

 そう言って握手のつもりで手を差し伸ばしてやるも、朱里の不安げな表情は消えず、ただしぶしぶと彼女は総一の手を取ると、ぬくもりを感じているのか、両手で包み込むように握ってくれた。


「あーごほん。なんだ、その……俺達は離れても親友だよな! 大丈夫、お前がいつ帰ってきてもいいように、俺はずっと待ってるから」

 場の空気を和まそうとしたのか、カークが大げさに笑みを作りながら口を開いた。

 こうやってカークはいつも仲間を気にかける。本来なら……いや、もしかしたら今まででも、亜人種ということで疎まれてきたかもしれないのに、カークは人間と他種族の壁を気にせずに話してくれる。総一も彼のそういったところは気に入っていた。


「ああ、やることを全部済ませたら、その時はこっちに戻ってくるつもりだ」

「本当に!」


 すぐさま反応したのは朱里。ぱぁ、と表情を明るくさせて、嘘じゃないよね、と訴えるようにまるっとした赤い瞳をきらきらと輝かせながら総一を見つめる。

 横を見れば、カークも笑みを浮かべていた。総一が思っている以上に、この二人からは多大な信頼を得ていたようだ。


 そして、嬉しそうに総一の周りではしゃぐ朱里を眺めつつ、カークが眼一杯に溜めた涙を零し、

「はは、本当に朱里ちゃんは総一一筋だな。別に羨ましくはないが。羨ましくは」

「涙ふけよ、カーク」


 カークをなだめつつ、教室の時計に目をやると、もう2時限目も終わりというところまできていた。全て自習なら時間はあまり問題ではないが、ここで一日中話すだけというのも、それはそれで時間が勿体ない。


 総一は静かに腰に差した刀の存在を確かめつつ、席を立ちあがってある場所へと歩を進める。


「ん? どこか行くの? ソーイチ君」

「ああ、ここにいても暇だしな。ちょっと演習場で体を動かしてくる」

「あ! じゃあ私も付き合うよ~」

 ちょこちょこと総一の後ろにつく朱里を見るとカークは自分も一緒に、と手をあげ、

「じゃあ俺も――」

「ううん、カー君はここでお留守番ね」

「ぬああああ!」


 朱里が笑顔で宣告すると、カークは地面に手をついてそのまま動かなくなった。よほど朱里に拒絶されたのがショックだったらしい。


 しかし、総一もカークにフォローを入れることはない。

 いつも朱里とカークには刀の練習相手になってもらっているのだが、朱里がわざわざカークを残したということは、恐らく何か二人きりで話したいことでもあるのだろう。だとすれば、ここでカークへの助け船は野暮だ。


「ちくしょう、俺だって、俺だってなぁ……」

 悲痛な声を背中で受け止めながら、総一と朱里は校庭の一角にある魔術や剣術の練習を行う演習場へと向かう。


 ふと、廊下を歩いていると朱里がどんな話をするのか気になり、自然と隣を歩く彼女を横目で見てしまう。

「ふふっ」

 むこうも総一の視線に気づいたのか、くすくすと笑いながら無邪気な笑顔を見せてくれた。


 そこには、もう別れがどうこうと言っていた時の曇りはどこにも見られなかった。

 案外、総一が想像しているような話とは全く別で、今日のハンバーガーの出来が意外と良かったとか、そんな他愛もない話なのかもしれない。

 少しだけ安堵しながら、総一は演習場へと続く鋼鉄の門を開いた。

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