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アルビオン~白き結晶の物語~  作者: 天宮 悠
第1章 学園編
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1話「いつもの日常」

 早朝。


 赤羽総一(あかばねそういち)は目を覚ました。

 目覚めのきっかけは、窓から射し込む朝日でなければ、小鳥のさえずりでもない。

 今も部屋に立ち込める肉の焼ける匂いだ。


 肉と言っても、食用に作られたものの方であって、総一が知るもう一つの肉の臭いではないのだが。

 しかし、もはや恒例となってしまったとはいえ、この匂いを嗅ぐたびに、誰が考えたのだろうかあのパンに肉を挟むという食べ物を朝食に取らねばならないと思い出させられるのは憂鬱だ。


「……ふぅ」

 総一は、欠伸をこぼしながらベッドから身を起こす。

 それから洗面台で顔を洗い、匂いの発生源たるリビングへ。


 ドアを開けた瞬間、部屋にこもっていたのか、白色の煙が退路を見つけ廊下へと逃げ出してきた。

「……なんだ?」


 家の排煙機能を凌駕するほどの煙。さすがに尋常ではないだろう、と総一は今だ煙で視界が不鮮明な部屋の中、この惨状を起こした犯人を探す。探すといっても、現状から推理すればキッチンにいることは明白だろうから、そこへ目を凝らす。


 そこで総一の目に映ったのは、こんな状況だというのに、知ったことかと鼻歌交じりに肉を焼き続ける黒い制服を着た少女の後ろ姿。

 総一は嘆息しながら肩を落とし、口を開いた。


「おい、朱里。……聞いてるのか?」

「んー? おお!!」


 少女は総一が呼びかけたことに気づくと、太股まで伸びた黒髪を翻しつつ、その丸っこい赤色の瞳でこちらを捉えた。そしてにっこりと笑うと、

「おはよー、ソーイチ君!」


 彼女――氷室朱里(ひむろあかり)は無邪気な笑顔を見せてくれる。

 幼さを残した容貌ながらも、豊満に育った胸や腰のくびれなど、ちゃんと女性らしいところは出たり引っ込んだりしている。外見だけで評価すれば、美人の部類に入るだろう。


 しかし、その中身はハンバーガージャンキーである。

 それも、一日三食全てをハンバーガーで済ませるほどの。それでちゃんと生きていられるのはすごいが、それに総一が付き合わされているのは迷惑な話である。

 しかし、一応朱里なりに気を使ってくれているのか、ハンバーガーも魚介類を入れたり野菜たっぷりだったりと、飽きないようバリエーションに富む作品を披露してくれている。それでも三食はきついので、朝食だけにさせてもらっているが。


 そして今も、テーブルに置かれた皿の上には、今日の朝食(ハンバーガー)が乗せられていた。


 が、それよりもまず、この煙を何とかしなければ。

「おはよう、じゃない。この煙をどうにかしてくれ」

 総一が頭を抱えながら言うと、朱里はぽかん、とした表情を作り、

「……ふえ? わきゃあああ!?」


 どうやら、本気で気がついていなかったらしい。しきりに首を動かし、煙に侵略されたこの部屋の状況が把握できると、ぱたぱたと慌ただしく駆け回りながら部屋中の窓を開放している。

 その結果、何とか煙は全て排出できたのだが、大分放置され、しかも窓から侵入した風のせいで朝食が冷めてしまった。


「えへへ、ごめんね~。新しいレシピを考えてたら夢中になっちゃって」

「好きなのは構わないが、家を燃やさないでくれよ」

「うぅ……気を付けますぅ」


 そこでふと、総一が壁に掛けられた時計を見ると、もうあまり残された時間がないことに気づいた。

 総一の通う学園はここからそんなに遠いわけではないが、今からだとギリギリ始業のベルに間に合うかどうかというところだ。しかも何の準備もしていないこの状況、今すぐ出発など到底無理だろう。


 現状では、昨日寝てそのままのTシャツ姿である総一の方が朱里より遅れをとっている。彼女はすでに制服を着ているし、鞄もちゃっかり準備してソファーの上に置いてあるようだ。


 ならば尚更急がねばならない、と総一は冷えたハンバーガーを咀嚼する。まあこれはこれでいけなくはない味だった。

 後は制服に着替えれば総一の準備は終わる。と、そんなタイミングで、

「他に何か食べる~?」

「いや、いらん。お前のことだ、どうせ別のハンバーガーとかだろう」

「ひ、ひどい……」 


 朱里は料理の腕にかけてはお世辞抜きでプロ並みだが。その技量のほとんどがハンバーガーにしか生かされていないせいか、どの料理でもハンバーガーの派生形になってしまう。

 今はそれを食べている時間はない。準備が先だ。


 時間も残り少ないので、総一は再び自分の部屋に戻り、着替えることにする。

 昨日のうちに机の上に畳んで置いておいたので、探す手間はかからない。

 総一はTシャツを脱ぎ捨てると、学園の制服を手に取る。

 黒を基調とした色の制服で、胸には銀の楯を背景に金色の獅子が描かれた――この国の国章がついている。


「……と、忘れるわけにはいかないよな」

 制服を着た総一が次に視線を移したのは、壁に立てかけられた一振りの刀。

 反りのない真っ直ぐな刀身と、何の素材で作られているのか、混じりけのない白色の刃を持つ――あの人から譲り受けた、何よりも大切なもの。


「おーい、準備できたよー!」

 不意に、朱里の声が聞こえた。総一は刀を腰のベルトに差すと、再びリビングへと入る。


「行こうぜベイべー」

「……さて、行くか」

「あーん、もうちょっとノリよくいこうよぉ~」

「お前のノリには付き合ってられん。それよりも時間が――」

 と、総一が壁掛けの時計に視線を移す。


 魔力駆動の時計は、寸分の狂いなく時を刻むはず。その針が指していたのは、始業の時間。

「遅刻……か」

「あう……」

 若干、朱里のテンションが下がった。大方さっきの煙云々が原因で遅刻したとでも思っているのだろうか。


 だが、不幸中の幸い、今日最初の授業は歴史だった気がする。それは、総一にとって何の利もないものだ。受けなくても困ることはない。

「ふむ……安心しろ、最初は歴史だったはずだ。なら気にすることもない」

「……一応確認、これが戦技の授業なら、ソーイチ君怒ってたよね?」

「ああ」


 即答してやると、朱里は戦慄した表情を作る。感情の起伏が激しく、いろんな顔を作ってくれるので、こうやって朱里をからかうのは意外と面白いのだが。

 まあ、いくら総一でも戦技の授業一つすっぽかしたところで怒るわけがない。


「うー……よかった、今日でよかった。神様ありがとう」

 何かをぶつぶつと呟きながら、両手を組んで神に祈るポーズをする朱里。

 このまま朱里を眺めていては、二時限目まで遅刻してしまう。

 仕方なしに、総一はまだ天を仰ぐようにして言葉を紡ぐ朱里の額を、ぺちん、と音を立てて叩いた。


「へう!?」

「行くぞ。二時間目まで遅刻したくない」

 不意打ち気味にソファーに置いてあった鞄を朱里の頭上めがけて放り投げてやると、器用にジャンプしてキャッチしてくる。

「おっとと。うん、じゃあ行こっか!」

「あ、おい……」


 しかも、総一を無視して朱里は長すぎるほどの黒髪を揺らしながら、さっさと玄関から外に出てしまう。

 彼女の後を追いつつ、総一も、

「さて、遅刻の理由は……どうするか」

 そんな事を呟きながら、外へと繰り出すのであった。

 

 目指すは先は――国立ソルダート学園。


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