◆6話◆恋愛相談室3
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この学園では同輩以上の相手は、下の名前に「さま」付けで呼ぶのが慣わしである。同様に下級生は「さん」付けで呼ぶ。
涼子の友人である弥也子の様に、上級生からも「さま」付けされる女性も存在するが、あれは例外と呼ぶべき人だろう。
下位に落とすのは無礼だが、敬意を込めるのは問題が無い。
彼女はその天使の様な微笑みと人柄で、総ての人を魅了している。
――何でも出来る人だから。
親友面は気恥ずかしいし、自分がその立場に相応しいとは云えないが、彼女に恥ずかしくない女性になりたいものだと涼子は思う。
基本が自分に甘い怠け者なので、そんな事はたまにしか考えないが。
ご機嫌よう、と挨拶を交わすのが当たり前で、家の為に行動する事を自然とする弥也子は、涼子の感慨など理解はしないだろう。
――弥也子さまの場合はまた特殊だけれど。
大人に囲まれて育った上に、聡明が過ぎて子供向けの知識こそが半端になった女性だった。
周囲の期待を重荷とすら感じず、当たり前の様に総てを完璧こなすのだ。
外見は正に清楚なお嬢様だが、中身は化け物みたいなものだと涼子は思っている。
勿論、涼子としては弥也子を褒め称える言葉として「化け物」と思うのだが、恐らく弥也子は快くは思わないだろう。
涼子の感性は、平凡の斜め右に反れている。
大部分の生徒は概ね世間の女子高生と、大きな隔たりなど無い。
この資料館は、現代に即した女子高生言語主体の、少女小説も網羅している。漫画もある。皆読んでいる。
中には本気で、おっとりとお嬢様してる人も存在するが、この学園はちゃんとした教育をしているから、莫迦を莫迦だと知っていて、皆やっているのだ。
グレさせずに悟らせる。それが美晴ヶ峰女学園である。
そして家も確かに「お嬢様」をするに充分な家格を有しているので、この学園の卒業生は嫁として引っ張り蛸なのである。
もちろん高等部を卒業すると同時に結婚が望ましい。高等部までは丁寧に「守られ」ているから、処女の証明書付きとさえ云われている。
監視の目は至る所に有るのだ。
在学中に目を付けられるのは当然としても、中には幼稚園児で婚約者がいる強者も存在する。当然の様に政略結婚だ。
涼子の家の様に、娘に選ばせる親ばかりでは無い。そして、涼子の親でさえ、出来たらこの中から選択する様に……とばかりに「婿候補」を用意して、送り込んで来る。
例えば学園の送迎などは「婿候補」の役目と化して久しい。
「出来たら紅茶を戴けるかしら。ブランデーを落として。」
涼子の目前でニッコリ笑う高飛車なお嬢様も、婚約者がいる。
機械は怖い。いや使う人間が怖いと云うべきか。
彼女が涼子の年齢には婚約をしていた事も、婚約が整った当日にお床入りを済ませた、等と云う情報までデータとして記載されていた。
こんな時、涼子は戦慄する。
――私はそんな開けっ広げな生活は嫌だ。
管理されるより管理する側の方がマシだった。
――弥也子さまのデータが無いのは……そういう事でしょう?
あんなデータを見ると、涼子はやりたくもない恋愛相談室の役目でも、真面目に取り組もうと考えるのだった。
実際、涼子はどれ程の秘密を自分が抱えているかと考えると、空恐ろしい気持ちになる。
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