◆5話◆恋愛相談室2
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司書室への入り口は一階のそこからだけ。故に2階は一般の生徒には未知の領域だ。様々な噂は有るが、噂だけなら問題は無い。
司書室の奥の部屋には持ち出し禁止の書籍類が仕舞われ、その為に施錠義務が有る。と云う事になっている。
そこに涼子が下りて、階段を天井に収納すれば、その室内からさえ見抜くのは容易では無かった。
更に司書室内に戻り施錠すれば、二重の意味で隠蔽される。
そして、司書室扉の前方を映すカメラの映像と、マイクも設置された周到さだ。
単なる学園内部の隠し部屋にしては、手が込んでいた。
まあ、ある意味犯罪的だとも思うんだけど。
飽くまでも犯罪的、であって犯罪では無い。それは入学時に交わした書類にも記載された条項である。
生徒の心身の健康安全を守る為に、学園内にはカメラが設置されています。また上記事由にて必要の際は、個人情報の閲覧許可も閲覧資格者の裁量内に於かれます事をご了承下さい。
勿論、更衣室ならずとも、女性以外が画像を観る事は無く、外部に情報が流れる事も無い事も同時に説明されている。
但し、一生徒がその閲覧資格を取得する事がないとは記載してはいない。当たり前だが。
生徒の親は特に疑問も覚えずに署名捺印する。
「契約書類を見るときに大切なのは、寧ろ記載されていない部分である事も多いわ。」
弥也子の言葉を思い出して、涼子は全くだと頷いた。
勿論、涼子はこの事実を弥也子に告げた事は無い。
しかし、弥也子がその台詞を口にした時の状況を考えると、知っているのかも知れないと思う。
確かめる訳にもいかないから、ずっと謎のまま放置されている。
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応接セットは、司書室に有るのが不思議だと首を捻る上等なものだ。後は上階と同じ様に小型のパソコンと修繕中の本が積まれた作業机。室内を囲む壁は書棚。一部は奥の部屋程貴重では無いが持ち出し禁止だったり、入れ替え中だったり、ケアが必要だったりする書物が並ぶ。
慣れない者は、そこに多少の圧迫感を感じ、動じない微笑を浮かべた涼子の姿に安堵する。
最初から縋る眼差しは、相談事を持ち込む立場としてはおかしなモノでも無く、涼子はこの場所と己の笑みが彼等の依存心を高める作用を為すとは気付いていない。
相談者の姿を視界に映す時、涼子は思う事がある。
――何で私、此処のヌシやってるんだろう?
理事長の趣味もあり、本は沢山揃っている。涼子は本を愛している。本を読む為に生きている。
本来の司書は理事長の部下で、此処以外にも仕事があり、しかし理事長は此処を愛しているから手を抜きたくない。
そして、春ヶ峰には中等部の時分から司書の手伝いをする人物が居て、その先達を真似て涼子はスカウトされたのだ。
――誘惑されたと云うべきか。
それはバイト料だったろうか?しかし、そんなものは小遣いが有るし、ヶ峰に通うからには、親に知られない時間も取得出来ないから意味は無い。そもそも親に秘密で買い物をする事にも興味は無かった。本は自由に購入して良いし、本以外で欲しい特別なものも浮かばない涼子だった。
――資料館に好きな本を購入出来る事?
それは大きな魅力だが、涼子が自身で購入出来ない本が先ず珍奇であろう。
最大の魅力はやはり、これだろう。
この資料館に篭り、本の整理や修繕をしつつ、読書し放題で単位まで取得出来る。
――ああ。私はそれに負けたのかも。
スカウトされたとはいえ、いきなり任された訳では無い。最初の2年間は岬とは違い、司書の勉強もさせられた。
何より自主学習が許される成績を維持出来ないなら、このバイトも首である。
中等部2学年の夏休みを迎える頃である。
涼子はめでたく一人立ちを許された。前任の司書――正式にはまだ彼女が司書だが――に肩を叩かれ、後任を任されたのである。
――辞めたければ辞められる。でも辞められない。
何故なら此処は天国だからだ。
そう。
――これさえなければ。
内心嘆息しつつ、涼子の笑みは崩れない。
ゆったりと、目の前の迷える子羊に話し掛けた。
「珈琲で宜しいですか?美由紀さま。」
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