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◆2話◆共通する立場2

☆☆☆


 高等部に上がってから利用できる丘の上の資料館を、中等部から出入りする事を黙認された生徒は少ない。

 たまたま二人の周囲に集中してはいるから、かなりの例外だと云う実感は薄い。

 そして資料館の主とまで呼ばれる程、二人共にそこに篭りきりだった。


 訪ねて来るのは、一部の親しい友人と、不特定多数の悩める子羊達だ。

 司書室は「お悩み相談」の窓口と化していた。

 通称「恋愛相談室」。看板を出している訳でも無いのに、いつしか「資料館の主」の別名が決まっていた。


 今日も訪ね来た悩める子羊が、晴れやかな笑顔を取り戻して帰って行った。


彼方アチラは知らないけれど。」


 と彼女は思う。

 いつも、思ってしまう。

 彼が恋愛相談室をするから、同じ資料館の主である涼子も恋愛相談室になった。

 その諸悪を、涼子はしかし憎む事も出来ない。



☆☆☆


 アチラとは町二つ離れた男子部の資料館の責任者である。

 未だ大学部の頃から、彼は卒業したら司書と成る事が決まっていた。

 丁度、涼子が初めての失恋をしたその頃、二人は親しく会話を交わす様になっていた。


 将来が資料館の司書だなどと、坊っちゃん学校に通っている癖に家の事は良いのだろうかと疑問に思った。

 当然、同じ疑問を抱く者は多い。しかし彼を目の前にしてその笑顔を視界に映せば、そんな事はどうでも良くなってしまう者が多数を占める。

 涼子はそう云う意味では少数派だった。


 その笑みは、白い魔法使いだのマジシャンだのと呼ばれるに至った理由を、納得させるに充分なものだった。

 穏やかで綺麗で優しい男性だと思った。

 失恋したてのヤサグレタ心を癒されもした。


 しかし、それはそれ。これはこれ。

 涼子は疑問を疑問のまま置いておくには堪え性が不足していた。

 13才の無邪気さを前面に押し出して訊ねた。


「お家は継がなくて宜しいの?」


 涼子の修復の腕は悪くない。それどころか、どちらのヶ峰にも岬以外に涼子より丁寧な修復がこなせる者は居ない。

 ヶ峰の良いところは、学びたい事柄ならば差別なく機会が与えられる事だ。

 一般のテストで上位に有りさえすれば、大概の我が儘はきく。

 涼子は資料館に篭る為に、そして好きなだけ本を触る為に、きちんと好きでもない科目も勉強した。

 天才肌だと思われているのは知っているが、完璧な誤解だった。


 専門的な修復の技術を学びたいと云う希望は、寧ろ学園の有るべき姿だと歓迎された。いや推奨していた。

 成績上位者に与えられる過ぎた自由は、よりよく学ぶ為のものだった。

 本来の目的で利用し、教師を求めた涼子は教師達の覚えが大変に良い。


 それは岬も同様で、涼子は自分が修復しかねるものが有れば、岬を訪ねて依頼する。

 この日もそうして、訪ねたついでに質問したのだ。


 岬は虚を衝かれた様で眸を瞬いた。

 岬は幼い頃から「特別」扱いされてきたから、そんな風にズバリと踏み込まれる事は珍しかった。

 それこそ親友からの遠慮の無い扱いが「特殊」に感じる程だった。

 だが、岬自身がそれを望む訳でも無く、寧ろ聖人扱いには苦笑するばかりだったから、涼子の態度や言葉を不快に感じる事も無かった。

 故に驚いた様に瞬いたのも須臾の間に過ぎず、すぐにフワリと柔らかく微笑んだ。


 その微笑みの前では全てが赦される気がする、何でも打ち明け懺悔したくなる。

 その評判通りの微笑と優しい眼差しに、当時の涼子は肩を竦めた。


 天使も聖人も居る訳が無い。だからその手の笑みは、何かしらの誤魔化しの様に感じてしまったのだ。


「答えたく無い事でしたら、何も仰有る必要はございませんわ。」


 先手を取ったつもりが、さらりと躱された。


「いや。特に秘密でも無いですよ。誰にも聞かれなかっただけで。」

「そうでしょうね。」


 この綺麗な顔を見ていたら、何もかもがどうでも良くなりそうではあった。

 子供相手でも、女性に対する丁寧な言葉を遣い、紳士的な態度を崩さない。

 普通の人達は……特にそれが女性ならば、何かしら疑問を抱いても、その笑みがそこに在るだけで忘れてしまえるのだろう。

 涼子はそう思ったが、涼子自身は決してそんな風にはならなかった。


 だから珍しく岬の家庭事情を知る、親しい友人の一人に成った。


 岬には弟が居て、家業はその弟が継ぐ事。両親は幼い頃に亡くなった事。

 後見役の叔母夫婦が、兄弟を引き取った事。

 弟は叔父に懐き、家業に興味を覚えたが、自分は叔母が道楽で経営している古書店に魅せられたのだと。


 そんな話を聞いて、涼子はウンウンと頷いた。

 涼子は岬を友人として好きで、それは岬も同様だった。


 まだ中学生の歳の離れた少女は、その年齢にしては驚く程に読書の幅が広かった。

 最初は本の話をして親しくなり、小さな読書友達が、やはり驚く程に大人びていると知った。


 この年頃の子供は、ちゃんと会話が出来ない事も多い。それ以前に、岬を「特別」扱いせずマトモな会話が出来るのが、それこそ特別だったのだ。


 だから、岬にとってこそ、涼子は貴重な友人の一人だったのだ。



 その関係は、中学生と大学生が、高校生と社会人に成った現在も、ずっと変わらないまま続いている。


 少なくとも、岬はそう考えている筈だった。


 いつの間にか、涼子は岬に恋をしていた。


☆☆☆



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