◆1話◆共通する立場
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美晴ヶ峰女学園。
兄妹校に春ヶ峰学園と云う男子校が有る。
3つの山を学園が占有している所も、幼等部から大学部までの一貫教育を誇る所も、自由と自立を掲げた校風まで、まるで二卵性のよく似た双子の様な学園である。
もうひとつ風ヶ泉学院と云う姉妹校が有るが、こちらは共学で、双子たちとは偏差値が高い以外に相似性は見出だせない。
とは云え、ここでは関係無い話だ。
ヶ峰の双子にはもうひとつの共通項が有る。いや、共通する名物と呼ばれるに足る人物が居る。
居た。と云うのが正確かも知れない。
男子校でのその人は、既に大学部まで卒業した社会人である。
しかし、大きな古書店の後を継ぐ彼は、未だに学園の資料館に度々通う。
司書のバイトも兼ねて居るから、下手をしたら自由登校が認められた、成績優秀だが余り登校をしない生徒より通っている。
彼は在学中から穏和な人柄で知られ、様々な相談を寄せられる人格者だ。
その言葉を聞き傍に居るだけで、人は癒される気持ちになる。
そんな優しい雰囲気を常に纏う彼は、皆に慕われた。いや、現在進行形で、今の生徒達にも慕われている。
どんな悩みだろうと、彼に相談して心が晴れない人間は居ない。
等と、有り得ない噂まで真しやかに囁かれる始末である。
そしてそれは、ある意味では事実でしかない。
所詮は坊っちゃん校に通う年若い少年達の悩みなど、高が知れている。
年頃である事も手伝って、その殆どは恋愛相談だった。
そして、稀にある本当に深刻な悩みを抱える者さえ、確かに彼の傍に立てば解決はしないまでも癒されるのだ。
彼は押し付けはしないが、惑い悩む人が居れば、常に手を差し延べる。
誰が呼び初めたか、在学時から彼は呼ばれた。
その手に掛かれば魔法の様に癒される。故に「マジシャン」と、敬意をもって呼ばれるのだ。
穏やかに優しく微笑む彼に、人は総てを打ち明けられる聖者を連想する。
聖人の如く崇め、悩みを打ち明け懺悔する。
司書よりも聖職者が似合う人物だった。
そして、彼は周囲の期待に敢えて背く気も無く、優しい魔法使い《マジシャン》の役を熟した。
彼が多少なりとも我を見せるのは、恋人か親友の前くらいだろう。
女子校でのその人は、一見大人しやかな令嬢だが、淡々とした物云いや冷めた眼差しが他人との間に一線を引いて踏み込ませない。
だが終始穏やかな笑みを浮かべる彼女は、それを悟らせもしなかった。
ほんの少し近寄り難い印象に、だから相談者達は誤解する。
彼女は自分たちを救ってくれる人で、救われる立場の人間では無いから踏み込む事も出来ない相手だと認識する。
彼女は自ら招く真似はしない。
しかし訪れる者を撥ね付ける事も無く、ただ内心を窺わせない淡い笑みを浮かべて人の悩みを聞いた。
美晴ヶ峰は良妻養成学校とさえ揶揄される、お嬢さん学校だ。
特に比較的自由になり、一人でも学園外に出られる様になる大学部に進む前に、結婚する生徒が大多数だった。
そんな女子校の生徒の悩みは、結婚への恐れ、結婚生活の悩みが大部分を占めた。
いや。それしか無いと云っても過言では無かった。
彼女には婚約者も居ないのに、恋人の一人さえ居たことも無いのに、恋愛相談と呼ぶにはディープ過ぎる相談ばかりが舞い込んだ。
彼女が何を否定しても、周囲は信じたい事しか信じない。
じきに彼女は諦めて、口元に微かな笑みを浮かべたまま内心を晒さなくなった。
不思議なアルカイック・スマイルは、時に相談者を熱狂的な信者にさえした。
彼女がポーカーフェイスを崩して本音を語るのは、親友である少女二人の前のみである。
勿論、二人共聖人でも聖職者でも無い。そんな者と比べるなら俗物でしか無い。
だから、彼等は互いに親近感を抱いた。自分が聖人では無い故に、相手の苦労も理解した。
ただ。
二人の立場が似て非なるモノだとは、二人共に理解しては居なかった。
ヶ峰の名物。その共通項は、資料館の主と呼ばれる二人が、共にもうひとつ、同じ呼び名を冠する事だった。
いつしか資料館の主は「恋愛相談室」の別名になっていた。
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