◆序奏◆優しい罠の気配
☆☆☆
「今日こそ告白をするわ。」
「そう。」
「頑張って!涼子さま!」
司書室で、いつもの様にお茶を飲み乍ら、涼子は拳を握り、恵美は声援を送った。
弥也子はおっとりと、二人を見守る様に微笑んでいた。
「せっかくの機会ですもの。有効に使って見せますわ。」
「二人きりになる機会は有るんですか?」
「ええ。一定以上の作業は私達にしか出来ませんから。」
「カッコいいです。涼子さま。」
二人が盛り上がるのを、弥也子は時折相槌をうつくらいで、殆ど笑顔で眺めるだけだった。
しかし涼子が出掛けた後、最初に動いたのは弥也子だった。
ヶ峰の男子部とも呼ばれる、兄弟校の春ヶ峰に向かったのはどうでも良い話だ。
一本の通話を終えた弥也子に、恵美は問い掛けた。
親しみを込めた口調と笑顔に、少し嫉妬したのだ。
「弥也子さま……その人が好きなの?」
「ええ。けれど友人としてなら、もっと好きな人は居るわ。」
「誰?」
「そうねえ。朝丘さまとか。」
「…………。」
自分の名前を云って欲しかった恵美は少し落ち込んだ。
「何さ。あんな親父。」
「そんな年では無いでしう?それに岬さんの親友でしてよ?」
弥也子は呆れた。
10才も離れてはいない。
岬は涼子が告白を決意した相手であり、朝丘とは高校生時代からの親友で、同期生だ。
恵美は弥也子の窘める眼差しから視線を逸らし、先程涼子が出て行った司書室の扉を見つめた。
そうするとある種の感慨が湧く。
「可哀想な涼子さま。」
恵美はため息をついた。
弥也子は首を傾げた。
「涼子さまとも有ろう人が、何故落とせない殿方などに構いつけるのかしらねぇ。」
二人から見れば、涼子の失恋は確定事項だった。
「でも、涼子さまも今度は自棄になどならないかも知れないよね。」
「それならそれで構いませんわ。別に確約も致しませんでしたし。」
二人は涼子の失恋後の自暴自棄を心配していた。
「でも、やっぱり自棄になわよね。きっと同じ事をするよね。」
「そうね。同じ事をなさるでしょうね。」
それも。
もちろん織り込み済みの二人だった。
「倖せになってくれるかしら。」
「私の人選に間違いが有るとお思い?」
弥也子はニッコリと天使の様に微笑った。
「丁度良い機会でしたわね。」
恵美はうっとりと自信に満ちた天使を見つめて頷いた。
――弥也子さまに任せれば間違いないものね。
恵美はそう思ったが、恐らく涼子はそうは考えないだろう事くらいは気付いていた。
だから、今の事は二人の秘密だった。
恵美は弥也子との秘密が増えて、ちょっぴり倖せだった。
☆☆☆