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地を這う獣の困惑

 気づいたら魔界に落ちてました。

 目の前には、超絶素敵な銀狼様がいました。

 散々触り(セクハラし)まくって(ここ重要)恰好いい恰好いいと騒いでいた相手がそちらになります。

 それが今、目隠しの向こうで人型を取っています。


 あなたなら見ますか?見ませんか?


 鼻までかかっているマントの裾が、ヴィストが歩く揺れによってたまにずり落ちそうになる。

 少しだけ増える視界で揺れる、白に近い銀髪と彼の首筋を確認して、その近さに恥ずかしくなって自分の顔を覆うマントを手繰り寄せ、視界を閉ざしてを繰り返した。

 そんな事をしているうちに、何度かすれ違う人たちがラテとジュレの支持を受けて、バタバタと走り去っていく足音はなんとなく耳に残ってはいたけど、会話は全く聞いてる余裕がなかった。


 いやだってもう本当どうしよう。正直、見たい。

 見たくてしょうがない。

 でも、この距離感に耐えられるかどうか…!


 悶々と、どうしようどうしようの問いかけを頭の中で繰り返した。

 どれくらい揺られていたのか、むしろどれくらい考えに没頭していたのか、はっと我に返ったのは長椅子の上に、腰を落とされた時だった。

 そっとじゃなく、本当どんっという勢いで落とされたのである。


 女性の扱いがいまいちなってないんじゃないの!?


 って怒れるままに、顔をあげたけれど、視界は相変わらずマントに覆われたままで、私を落とした張本人であろうヴィストを睨み上げる事は叶わなかった。

 思い起こせば、最初はいきなり肩に担ぎあげられたし、魔族?動物?に女性のなんたるかを説き伏せたところで、意味なんてあるわけないかと諦める事にした。


「臣下を扉の外に置きますので、所用があれば申し付けを。後ほど、改めて参ります」


 ラテの固い声が終わると、彼らが部屋を出て行ったらしい、扉の閉る音が聞こえた。

 途端に、ずずっと頭から被されていたマントが引き下げられる。

 うわわって思って、見上げた先には人狼に戻っているヴィストの姿があった。あら、律儀。


「ありがとう」


 狼の目が二度瞬く。

 何で礼を言われたのかわからないっていう、不思議そうな気配を感じた。

 なんだかそれが可笑しくて、くすりと笑うとふいっと顔を反らされた。

 人でいう羞恥を隠す仕草なのに、全身の毛がさざ波を打つから、隠せてないぞと更に可笑しくなった。

 その大きな体躯を見詰め、にやにやと堪能した所で、ふと自分の連れて来られた室内を見回した。

 先ほどの、講堂の広さが頭に残っているせいで、最初は狭く感じてしまったけれど、部屋として見ると十分な広さだ。というか、私の部屋の2~3倍はあると思う。

 豪華絢爛とまではいかないけれど、品の良い調度品で整えられ、大きな扉や初めて本物を見る暖炉の造形が凝っているせいなのか、高級感がそこかしこに溢れている。天井も高い。


 今度は貴族様の部屋ってところ?


 人生初で最大の愕然とした気持ちを乗り越え、ある意味開き直ってしまっているけれど、現実世界の今朝から数えて、普段の生活からかけ離れた4度目の場所移動に、気持ち的にも身体的にも本当に疲れを感じて、重い溜息を落とした。

 ぐてっと長椅子に背中を預けようとして、ふと部屋ならベッドがあるんじゃないかと気付く。

 どうせならベッドにダイブして全身の力を抜いて休みたいという希望のままに、部屋を見回し、少し離れた背後の壁に扉の無い続き部屋の存在に気付いた。

 立ち上がり、いそいそとそちらへ歩を進める。


 やっぱり!


 たたっと駆け寄り、ベッドに正面から突っ込んだ。


「あああ、本当疲れたぁ…!」


 予想通り隣の部屋には、真ん中に、どんっ!と大きなベッドが置いてあった。

 さっきの部屋の半分くらい、ある意味自分の部屋に似てる大きさに安心感が募る。

 膝のあたりまでベッドの上に乗りあげ、腕を伸ばして、今日あった事をごろごろしながら思い返したいところだけど、まずは着替えないと。お風呂も入りたい。

 ああ、それよりもお腹空いたな。

 なんて素直な欲求が次々と出てきた時だった。

 ふっと小さく笑い声が聞こえて、顔だけ動かして声の持ち主を視界に入れる。

 入口の壁に肩を預けて腕を組む、人狼の姿があった。


「ヴィスト」


 小さく呟いたのに、狼の耳が音を拾ったみたいにぴくっと動く。

 大股でそばに歩み寄ってきたヴィストは、ベッドの脇に屈みこみ、片腕をベッドについて、迫力のある狼の顔を寄せてきた。

 普通の人だったら恐怖を感じるのかもしれない。

 でも、近付いてきた顔に、もう条件反射のように手が伸びる犬好きの私をなめちゃいかん。

 顎をくすぐり頬の柔らかな毛を揉むように堪能する。


 ああ、癒される…!


 片手で触るだけじゃ物足りなくなって、上体を捻って両手で狼の顔を包み込んだ。

 頬が緩み、だらしない顔をしてるかもしれない。

 わしゃわしゃと顔を撫でまわし、短めの繊細な毛で覆われている柔らかな耳を包んだところで、腕を取られた。

 ヴィストが片目を眇めて、とんっと私の頬を鼻先でつつく。


 じゃれてきた!


 のけ反りそうになったところで、仕返しだと自分も狼にぐりぐりと顔を押し付ける。

 狼も負けじと、こちらに顔を擦り付け、その力に負けないからねとやり返していたのだけど、とうとうごろんっと上体が転がった。

 ぺきっと頼りない音と同時に、腰に違和感。

 ん?と見下ろせば、残っていた右側の羽がぽっきり根本で折れていた。


「あ」


 こっちも折れちゃったかと、左側が吹き飛んだ時に騒いだせいか、今は、あーあと思ったくらいで、特に何の感慨も浮かんでこなかったんだけど……


「………」


 ヴィストにとっては違ったらしい。

 彼の後ろに、がーんと大きな文字が浮かび上がってる幻が見えちゃうほどに、落ち込んでいる。


「すまない……っ」


 わかりやすく耳が垂れている。

 長い毛で覆われた尻尾まで、力なく落ちている。


「別にヴィストが落ち込まなくても」

「だが、お前は最初、それに触れる事すら拒んでいただろう」

「あー、まあ、ね」


 だってヴィストの大きい腕に触られたら、絶対壊れると思ったし。

 でももう、壊れちゃったものはしょうがないし、今はこんな物無い方がいい。

 ここではサキュバスの私として認識されているけれど、実際はただの人間だし、変身なんて出来るわけないから、これは捨てるしかないのだ。

 シーツの上に転がる羽を手に取りながら、身を起こした。


「今の私には必要ないものだから」


 言うなり、壁に向かって羽を投げつけた。

 石膏の羽が大きな音をたてて砕け散る。

 ずっと面倒だと文句を言いながらも、それでも職人魂なのか、私がこれくらいでいいんじゃない?と言っても、駄目だ、あと少しあと少しだからと作ってくれた。

 お前が凝る分だけ、しっかり私のお金も飛ぶんだよ!なんて、言い合いしながらご飯を食べたりしたなぁって、友達の事を思い出すと、少しだけ切ない。


「あ、ヴィストが戻してくれるって言ったのに、ごめんね、壊しちゃった」


 気持ちを切り替えようと、笑って言ったのに、何で更に陰鬱とした空気を放ってるのかなぁ。

 本当ヴィストが気にする事じゃないんだからと、項垂れる狼の頭を撫でようとした時だった。


 ドンドンッ


 と、ちょっと大きなノックの音。

 隣の部屋の扉を誰かが叩いているようだ。

 慌てて立ち上がり、元いた部屋の中を横切り、音のする扉に向かって「はーい」と返事しながら、そっと扉を開けた。

 開いた扉の隙間から、少しだけ顔を覗かせる。


「ごめんなさい、ベッドの方にいたから気付かなくて」


 そこには、紺を基調とした騎士服をまとった背の高い男の人がいた。

 コスプレみたいに安い生地ではなく、服に着られているという違和感もない。

 毎日着こなしているんだろうしっくりとした感がある。

 詰襟の下、背に流れているだろうマントは胸元までの大きな襟があり、片側が斜めに留め具で留められているのが、また恰好いい。

 もっとじっくり見て、堪能したい。


「……大きな音が聞こえたもので、大丈夫ですか?」

「え、ああ、ちょっと物を壊してしまって……あ、この部屋の物じゃないですよ。私の私物です。もういらないって、んー、気持ちを切り替えるために?」

「そうですか。片づけに人を呼びましょう」

「大丈夫です。自分でやりますから……あ、でも一つ、違う二つ?お願いしてもいいですか?」

「ラテイシェル様から、お二人の事は頼まれていますから、何なりとどうぞ」

「その、実は朝からろくに食べてなくて、いきなりここに連れて来られたので、何か食事を頂けたら。あと、服も着替えたいので……」


 見知らぬ人にこんな事を頼むのは、気が引けるが、今はそうも言ってられない。

 自分を見下ろすと、開いた胸元を黒の革ひもを交互に絡めて最後は肩紐の下でリボン結びといった、たぶんここではあまりよろしくない服装なんじゃないかなって思う。

 短いフリルスカートに、太ももには赤と黒のレースの飾り。

 うん、この騎士様の前にいると、なんだか申し訳ない気持ちしか出てこない。

 ふと視線を感じて顔をあげると、その男性と目があった。

 一瞬、その目が私の胸元を見ていた事は、見られることに慣れてしまった私は見逃さない。

 口元に笑みを作って、微笑む。


「お願い、ね?」


 レイヤー魂で、サービスサービス!って気持ちでしなを作って扉に寄り掛かったところで、後ろから頭をむんずと掴まれて引き寄せられると同時に、目の前の扉が音を立てて閉められた。

 今、足で扉蹴ってしめたよね!?


「ヴィスト、痛い痛いっ」

「お前たちの種は全く、何故そうも簡単に媚びを売る」

「こびっ!?いやいやそんな事してない!」


 サービス精神がうずいてしまったのは、置いておく。

 むっとしてふり仰ぐと、眉間と鼻筋にくっきりと皺をよせ、不機嫌さを隠そうとしない狼の顔があった。

 大柄な体躯だし、縦に長いから見下ろされると本当怖い。

 ひえっ!


「な、何よ。そんな怖い顔したって、別に怖くないんだからね」


 ふんっと気勢を張って、顔をそむけたのは、完全恐怖からです。

 腕を組んで偉そうにしてるのは、震えそうになる自分の身体を抑えるためです。

 我ながら、言動や行動と心中が一緒じゃない、見栄っ張りな性格をしているとつくづく思う。

 でもほら、びびったら負けって言うじゃない?

 女は見栄と嘘と度胸でしょ。


「全くお前は、こうもオレを掻き乱す。酔狂な様であるとわかっているのに、止められない自分が腹立たしい」


 何言ってるの?

 っていうか、自分に怒ってる?私じゃなくて?


 きょとんとして顔を向けると、片手を目元にあてて、はあっと大きく溜息をつく姿。

 そういう姿も様になってるなぁなんて思っていたら、抱き上げられた。

 そのまま大股でベッドルームに連れていかれて、ぼんっと投げ捨てられた。

 だから、女の扱い方…!


「お前はそこで大人しくしていろ」


 言うなり、彼は隣の部屋のベランダから飛び出していった。


 ちょ、自由過ぎる!








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