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地を這う獣の咆哮

 開け放たれた扉から、建物を揺るがさんばかりに上がった歓声に、驚いてびくりと肩を震わせた。


 なっ何!?何が起こったの?


 目を丸くして扉の先を見つめる私のすぐ隣で、同じくいきなりの歓声に驚いたラテが扉の向こうへと一瞬、厳しい視線を走らせたあと、すぐに私を振り返った。


「ユーア、今しかありません。帰還の術を展開します」


 言いながら自身の襟ぐりをつかむと、一気に服を裂いて胸元をあらわにする。

 鳴り響く歓声にも驚いたけれど、それ以上にびっくりして私は思わず彼の裸の胸板を凝視してしまった。

 所々擦ったような赤い傷跡がある引き締まった胸元に、彼が右手をかざすと同時に言葉を紡ぐ。

 その言葉は日本語でも、少しは聞き取れる英語でもなくて、何かのゲームの呪文ですか? と素の自分は目をぱちくりと瞬かせた。


「……ユーア」


 ラテに気を取られていたせいで、いつの間に来ていたのか隣に立つジーヴィストに名を呼ばれ、はっとして顔を上げた。

 狼の鼻筋に不機嫌そうな皺が寄っている。

 彼から伸ばされた腕が、私の腕を引き寄せた。

 急な行動にたたらを踏むように彼のそばに寄った私の耳元に、狼の顔が寄せられる。


「それを逃がすのか?」

「……だめ?」


 この会場で突如行われている芝居が、どういったシナリオであるかわからなくて、私は首をかしげて彼を見上げた。

 それとなく行動していれば良いと思っていたけれど、流石に捕まった騎士役の二人を、シナリオを読んでいない私が逃がすというのは流石に良くないのかもしれない。

 なんだかんだとこの人狼は運営側っぽい人たちと顔見知りのようだし。


「…っ、いや問題無い」


 彼のふさふさの銀の毛が波打つように動いたかと思うと、彼は私の顔の近くまで寄せていた顔を上げてそう何かを耐えるように呟いた。

 すぐそばから、なんだかそわそわしたような気配を感じるけれど、とりあえずは彼が問題無いというのなら、大丈夫なのだろう。

 思って、視線をラテに戻し、私は三度目の驚きに目を見開いた。


「!?」


 私がジーヴィストと話してるほんの少しの間に、ラテの胸に青く光る魔方陣が描かれていたからだ。

 私の好きなファンタジーゲーム系で見かけるようなその細かな陣を、今の短時間の間に描いたのかと思うと、すごすぎて言葉が出てこない。


 ……いや、ちょっと待って。

 もしかしたらシールか!


 タトゥーシールだと思えば納得出来る。

 ある意味、それがズレないように必死に貼る姿を見なくてすんだのだから、良かったのかもしれない。

 このよくわからない劇中にそんな姿を見ていたなら、一気に現実が戻ってきてしまうからだ。

 いや確実に、ぶふっと吹きだしてしまう。

 わかってしまうと、ラテの額に浮かぶ汗は、今のうちだと慌てた証拠のように見えた。

 ジュレがラテのそばに立ち、扉の方を警戒している。

 睨まれるのは御免だけれど、こうやって二人を見ているのはなかなかにコスプレ好きの私からすると、絵になる二人というやつで見ていて飽きない。

 スマホがあったら、確実に一枚撮らせてもらっているレベルだ。


「……ラテイシェル、早くしろ」


 ジュレの言葉に、ラテの眉間にしわがよる。

 詠唱を紡いでいた口が一瞬、きつく結ばれた。


「……結界が」

「そう簡単に手に入れた餌を逃すへまは致しません」


 その言葉と同時に、にこやかな笑みを顔に張り付けた青色の肌の男が姿を現した。


「蜥蜴っ……!」


 ちっと舌うちして、ジュレがツェーザレを睨む。

 ラテを庇うように後ろに下がらせ、その前に立つ姿はまさしく騎士そのものでなかなか見ものだ。


 そんな緊張感が走る室内で、私はというと、運営さんもあっちこっち見ないといけないから大変よね、なんて思っているなんて、勿論秘密だ。

 このまま見ているだけでも十分楽しめるけれど、一応二人をこの部屋に連れてきたのは自分だし、二人でさっさと逃げたらいいじゃないと提案したのも私だ。

 話の流れ的に、私が何かした方が良いように思えるのだけれど、いったいどうしたものかと唇に指をあてながら、んーっと考える。

 そんな私の仕草に、隣に立つジーヴィストがまた顔を覗き込むように寄せてきた。


「どうした?」

「え? ……ああ、この場面を切り抜けるにはどうしたらいいのかしらって」

「そういえば、あれを逃がしたいと言っていたか」

「そうなんだよね。できれば私も疲れてきちゃったし、一緒に行っちゃおうかなって思ってみたりしてるんだけど……」


 いい加減、この会場のどこかにいる友達の事も気になるし。

 まあ、友達は闇系コスプレではなかったから、違う場所にいるかもしれないが。

 それならそうで、離れた違う会場へ行かなければならない。

 年に二回なだけあって、別の会場へ行くのにも、なかなかの距離がある場所なのだ。


「オレは置いていくのか?」

「ん? ヴィストも来てくれるの?」


 私としては、この人とお近づきにならなければならないという使命があるので、是非一緒に来てほしい。

 そして、そろそろ腹を割って話そうじゃないですか。

 そう思いながら、彼を見上げると彼は狼の目をぱちぱちと瞬かせていた。


「…ヴィスト?」

「あ、勝手にそんな呼び方ダメだった?」


 理由はもちろん長いからだ。


「いや、かまわない」


 言って、ふいっと横を向く狼の毛がふくふくと波立っている。

 本日何度目かの、これはどういう仕組みになっているんだろうと彼を見つめていたら、こちらをじっと見つめるツェーザレの視線に気付いた。


「ユーア、私は摘み食い程度なら平気だと言いましたけど、帰還の術式を展開させたその餌はどういう意味でしょうか?」

「あー、そうね……」


 へらっと誤魔化すように笑おうとして、やめた。

 たぶん今はこれじゃない。

 口元を笑みの形に変え、意識して目を細めてツェーザレに微笑みかける。

 すぐ隣のジーヴィストの腕に自分のそれを絡め、こてっと頭を預けて口を開いた。

 

「餌を誰かと共有なんて嫌なのよね。ヴィストだけお持ち帰りしようと思ってたけど、そっちの二人も欲しくなっちゃったの。彼もいいって言うからもらって行くわ」


 ふふっと笑うと、ラテとジュレが驚愕の視線で私を見た後、ヴィストへ困惑の視線を上げた。

 狼の顔からは彼の考えてる事は全く読めなかったけれど、逃してOKと言質(げんち)は取ってあるのだから、言い回しがちょっとあれだけれど問題無いはず。……たぶん。


「ジーヴィスト、彼女はそう言ってますが、私にとっては迷惑この上ありません。貴方もアーシュラ様には目をかけて頂いていたはず。流石にここでは好き勝手出来ない事くらい分かっていますでしょう」

「……オレが、好き勝手出来ない?」


 ぐるると人狼の喉がなった。

 それに対して、初めてツェーザレの張り付けた笑みが消え、金の瞳が冷たい光を宿す。

 青の指先が胸ポケットに収められた白のスカーフを引き抜くと、ばさっと勢いよく広げた。

 直後、彼の手には短鞭が握られているではないか!


 ここでまさかのマジック!流石運営兼メイン役者様!


 拍手したくなる手をぐっとこらえて、ごくりと唾を飲み込んだ。

 ツェーザレが腕を振り下ろすと、しなった鞭がパシッと音を立てる。

 その音が合図だったのか、彼の後ろに色とりどりの肌色を持つ燕尾服を着た人達がずらりと姿を現した。

 薄暗い室内を背景にした彼らの姿は、なかなかに異様な雰囲気をかもちだす。

 流石にいきなりの勢揃い演出に、びびって思わずヴィストの後ろに隠れましたよ……

 まぁ展開が気になるから、こそっと後ろから状況は見守る。


「聞えませんでしたか、ジーヴィスト。私は迷惑だと言ったのです」

「はっ、笑わせてくれる。オレがお前の言葉に従うとでも?」

「微塵も思っていませんけれど、今の私はアーシュラ様に仕える身。ここで貴方の好きにさせては、蜥蜴の名が廃れます」


 ピシッと鞭を構える姿が、肌の色が青でなければかなりの目の保養なのに…と、場違いな事を思ってしまう。

 そんな不埒な事を考えた事がバレたのか、ツェーザレの視線が一瞬だけ私を捉えて煌めいた。

 その強い視線に驚いて、思わずヴィストのマントをぎゅっと握る。

 ヴィストがツェーザレから視線を外さないまま、低く唸った。

 後ろ手に私の頭に、ぽんっと手を置いたかと思うと、その大きな腕に少しだけ力がこもって私を彼の後ろから引きはがす。


「下がっていろ」


 たたらを踏むように後ろに数歩下がった私を、ラテとジュレが守るように前に立ちはだかった。

 二人の背中の隙間から見えるヴィストの姿に、心の中で懸命に頑張れとエールを送る。

 少し前までの、なりきりなんちゃって演劇に飽きていた自分はもういない。

 これからどうなるのかと、ワクワクしながら見つめる私の視線の先では、ヴィストが肩から羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。

 空に広がる黒地のマントに目を奪われたのは一瞬で―――





 狼の咆哮が部屋中に、響き渡った。





お久しぶりですミ(ノ_ _)ノ=3 ドテッ!

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