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地を這う獣は独占欲を覚える

「おや、あなたの魔力がこちらに戻ってくる気配がするので、何の間違いかと思っていましたが・・・まさか、本当に戻られるとは・・・お早いお戻りで」


 会場に戻るなり、そう声をかけてきたのは先程、ジーヴィストと話していた肌を青色に染めた燕尾服姿の男の人だった。

 目を細めた作り上げられた笑みに、人狼の鼻筋に皺がよる。


「アーシュラ様が知れば大変お喜びになりますね。先程、姿を見せた事をお話した際に、とても残念がっておられましたので」

「アレなら既に俺に気付いているだろう」

「まあそうでしょうけどね。あなたの魔力は良くも悪くも、目立ちますから」


 ノリにノッた会話をするものだと感心しながら彼らの会話を聞いていた私だけど、周囲から向けられる視線にふと気をとられて辺りを見渡した。

 周囲の人たちは、先程と同じ様に何処か遠巻きに人狼の彼こと、ジーヴィストの事を見ている。

 その視線が気にならないといえば嘘になるけど、まあ、レベル高いコスプレする人ってどうしたって近寄りがたいよね、と思い無視する事にした。

 私からしたら、皆様のコスプレも充分凄いって、拍手喝采できるレベルなんだけどね。


 でもまあ、そんな事より、おなかがすいたなぁ・・・。

 大抵、端のほうで小さな売店があったりするんだけど、何処だろう?


 そう思って、会場の奥のほうへと視線をさ迷わせると、かなりの広さがあるらしく人ごみもあって、何処に何があるというのはよく見えない。

 窓から差し込んでいた夏の暑さを伝える強い日差しも、今はカーテンが幾重かにかけられていて、室内はひんやりと涼しく、少しだけ薄暗く感じる。


 一瞬にしてここまであの会場が様変わりするって、本当なんか変な感じ。


 唇のあたりに指をあて、んーっと考え事をしながら、きょろきょろと辺りを見渡す私を他所に会話していた二人の声が聞こえた。


「・・・これの食が終われば、すぐに出ていく」

「ああ、その方が今回の餌をご所望なのですか。なるほどなるほど」


 ちらっとジーヴィストが視線を寄越したので、一瞬彼を見上げてから、作り上げた笑みのままこちらを見ている青色の青年に対して、私も笑みを作り上げ、軽く首を傾げるように挨拶する。

 運営側っぽい人だから、愛想笑いしておいた方がいいよね、と思ったからだ。


「そうですね、本来なら・・・いえ、ジーヴィストがこの場に参加しているというだけでも、此度の招宴は充分の価値があったといえますから、細かい事は気にしない事にしましょう」

「俺は参加するつもりはない。それに、何の事を言っている?」

「いいえ、私事ですのでお気になさらず。私は楽しければそれでいいのです、何事もね」


 そう言って、青年は更に笑みを深めると、一歩私の方へと近付き片手を胸にあて、優雅にお辞儀をしてみせた。その姿勢のまま、顔だけを軽く上げ私に視線を合わせる。

 金色の瞳が、楽しい遊びを見つけた子供のように、きらりと輝いたように見えた。


「私はツェーザレと申します。どうぞ、お見知りおきを」

「あ、私はユーアといいます」

「・・・ユーア? ユーアとお呼びすれば良いのですか?」


 背を戻しながら、ツェーザレが不思議そうに少しだけ首を傾げる。


「え、はい。ユーアと呼んで下さい」


 一応、SNSに登録するときに検索かけてみたりして、少しでもかぶらないような、でもやっぱり可愛い名前にしたくて考えたんだけど。

 まあ、同じコスプレネームになっちゃうのとかってよくあるし、気にしてないけどね。


「そうですか。まるで人間のように真名を隠すのですね、あなたは。いや、面白い」


 ふふっとツェーザレが口元に指先をあて、微笑する。

 彼の言葉の意味がいまいち解らず、特に『まな』って何?と思ったけれど、とりあえず笑っておいた。


 これもきっとキャラになりきった、何かの会話の続きなんだよね、きっと。

 友達と出会うまでは、私もとりあえずのってはおくけどさ、こう長いといつまで続くんだろ?って、ちょっと思っちゃう。

 でもここまで徹底してるってことは、きっとコスプレ脱ぐまでやりそうだよね。


「流石はジーヴィストが選んだ相手といいますか、いえ、最初はあなたから彼に歩み寄ったのですから、やはりあなたが特別なのでしょうね」


 そう言いながら、彼はまた一歩私に近付くと、そっと私の手を取り指先に口付けた。

 普段の私だったら、ぎょえーとか思う仕草だけど、この格好してる時の私は違う。

 煌く金色の瞳を、余裕の笑みで見返した、その時。

 横から強い力で引き寄せられて、ツェーザレと触れ合っていた手が離れる。

 驚いて顔を上げれば、人狼の顔が怒りに満ちていた。鼻筋に皺が寄り、大きな口から牙が見える。


「これに触れるな」


 地を這うような低い声音に、目を瞬かせた。

 狼の怒った顔って、こんな迫力あるんだ・・・!

 そんな突拍子も無い事を思う私の前では、ツェーザレが愉快そうに笑っていた。


「ああ、私だけこのように愉しんでいてはいけませんね。集まって頂いた皆様に申し訳が立ちません。皆様のためにも、そしてユーアのためにも、食事の時間を早める手配をするとしましょう。・・・そんなに睨まないで下さい、只でさえあなたの顔はたちが悪いのですから」


 何気にひどい事をさらりと言ったよね、この人、今。


 隣を見上げれば、狼の大きな耳がぴくぴくと揺れている。

 目も先程の怒りに満ちたままに、細められている。

 これが本当の狼か犬ならば、今頃飛び掛ってるんじゃないかと思えるほどの迫力だ。


「ではまた後ほど。どうぞ今しばらくお待ち下さい」


 言って、ツェーザレはまた優雅にお辞儀をすると、人ごみへと消えていった。

 彼の姿が見えなくなってから、隣で陰鬱とした雰囲気を漂わせているジーヴィストを見上げる。

 ぽんっと彼の大きな腕を叩くと、ぴくりと反応して、彼が私を見下ろした。


「私はその顔、凄い格好いいと思うよ?」


 基本的に、犬も狼も大好きな私は素直にそう言葉にした。

 しかも、銀色に揺れる毛なんて、本当神秘的だし。犬の毛って白か黒が今まで一番好きだったけど、やはり架空の人狼となると銀色ってデフォルト、マジで秀逸すぎる。

 思いながら、艶やかに流れる銀色の毛をうっとりと見つめてしまった私の言葉を、彼は最初理解出来ないといったように、呆然とこちらを見下ろしていたけれど。

 しばらくすると、その銀色の毛がさざなみ、彼は小さく体を振るわせた。


「・・・そんな、事があるわけないだろ」

「いやいや、本当だってば。私は大好きだよ」

「っ!?」


 見上げてにっこりと微笑めば、彼の毛がまたふっくらとボリュームを増す。

 どういった仕組みなのかは相変わらずわからないけれど、どうしても被り物は感情を表現し辛いから、全身で表すという事を考えたのであろうそれに、私はやはり感動するしかない。

 ジーヴィストはそこで黙り込んでしまったのだけれど、彼からは何処かそわそわとした落ち着かない雰囲気を感じる。


 どうしたんだろ?

 キャラになりきるのもそろそろ疲れたとか思ってたり?

 それならそうと言ってくれれば、私も素で返すから全然気にしなくていいのに。


 とりあえずこのコスプレキャラになりきるというのは元々相手が始めた事なので、様子をみようとジーヴィストが言葉を発するのを、周囲の人達を眺めながら待つことにした。

 周りからの視線はだいぶ減ったけれど、相変わらず誰も近寄ってこない。


 見やすいからいいけどね。


 またきょろきょろと辺りを見渡していると、今度は肌を黄色に染めた人が飲み物を持ってきてくれた。

 ツェーザレに言われたらしい。

 ありがとうとお礼を言って受け取り、ジーヴィストには一緒に渡された大きなジョッキグラスを渡す。

 そこでふとこの人狼の姿では、飲み辛いのではないかと気付く。

 ストローか何かないのかと、黄色の肌をした人に聞こうと思った時、隣でグラスの口に鼻先をあてふんふんと匂いを嗅いでいたジーヴィストが豪快に口をあけ、そこに中身を流し込んだ。


 ええっ!? そのままいっちゃうの!?

 中大丈夫か、中は!


 想像からして、口の奥に顔があると思っているので、かぱりと大きく開けた口から一気に飲み物を流しこんだら、中は大惨事になっているのではないかと本気で焦った。

 私の心配を他所に、彼はこぼす事なく大きな口で器用にそれを飲み干し、空いたグラスを黄色の肌をした人に返した。

 そこで私の視線に気付いたジーヴィストが、ん? と顔を傾ける。


「いやあの、・・・大丈夫?」

「ああ、あまり飲み慣れないものだったが、喉を潤すには丁度よかった」


 いや、そんな事を聞いたわけじゃなかったんだけど。

 平然としてるように見えて、実は中で全身ジュースまみれなんて事はないのかな?

 後で染み出してきて、その銀色の毛が内側からこの紫の葡萄ジュースに見える色に染まってきたりしないよね?

 大丈夫だよね?


 ドキドキしながら見つめる私の視線の先では、ジーヴィストは平然とした様子で、飲まないのか?と聞いてくる。

 うんいや、飲むけど。

 彼が大丈夫そうなので、とりあえず私も自分のグラスに口を付ける事にした。


「・・・わあ、美味しい」


 数種類の果物の味がミックスされたような独特の甘酸っぱさに気をとられ、飲むと以外に喉が渇いていたことに気付いてごくごくと喉を潤した。

 その美味しさに、にこにこしながら飲んでいると、ジーヴィストがこちらを見つめている事に気付き、グラスに口を付けたまま目を向けると、目が合った。

 そこでふと彼の大きな口元の、白に近い銀色のふくよかな毛に、飲み物の色がついている事に気付く。


 やっぱり、少しは零しちゃうよね。

 この大きな口で、飲めただけでも凄いけど。


「ジーヴィスト、ちょっと顔こっち」


 小さく手招きすると、彼は素直に顔を寄せる。

 鼻先が私の顔につきそうになり、苦笑しながら彼の口元に指を伸ばして、それを拭った。

 ついでに反対側は大丈夫かと彼の大きな顔に手を触れたまま、反対側を覗き込むと、そこにも少しだけついていて、同じ様に指先で拭って整える。


「飲み物少しだけ零してたよ。折角綺麗な銀色なんだから、汚さないように気をつけないと」


 次はストローもらおうね、と笑うと彼の目が細まった。

 何処か嬉しそうにも感じるその顔が、すりっと私の顔に擦り寄ってくる。

 柔らかな顎の毛が頬を擽り、くすぐったくてまた笑った。

 くすくす笑っていると、ジーヴィストが更にすりすりとくっついてきたので、仰け反りそうになってしまった。

 はたから見れば、いちゃついているとも取れるその戯れに、普段の私ならこんな人前でと怒りそうなところだけど、どうにも普段とは違う姿をしている時の自分の心構えと、相手の獣の姿に安心感があるせいか気にならず、わしゃわしゃと彼の毛を撫でた。

 そうやって二人でじゃれついている時、ふっと室内の照明が落とされる。

 突然の事に驚いた私の肩を、ジーヴィストの大きな手がそっと引き寄せた。


「皆様、本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます」


 声がすると同時に、会場の一部分だけにスポットライトがあたり、そこでは真紅のドレスを身に纏った女性が艶めかしく微笑んでいた。


 おお、外人さんだ。

 すっごい美人。


 少し離れた場所に立つその女性をよく見ようと背伸びをすると、彼女がこちらを見たようが気がした。

 でも目があった感じはしないから、もしかしてジーヴィストを見たのかな、と彼を見上げると彼はまだ私を見つめたままだったので、目が合う。

 薄暗い部屋で見る彼の藍色の目は、黒に近く、深みを増して綺麗だ。

 そんな目に真っ直ぐ見つめられると、狼だからなのか、何だか食べられてしまいそうな錯覚と、なぜか感じた恥ずかしさから目を伏せた。

 ざわついていた室内が、しんと静まり返ったせいもあるかもしれない。

 肩に置かれたジーヴィストの大きな手を意識すると、更にドキドキが増した。


 なんか、急に会場の雰囲気変わったから、それにのまれてるよ私。

 いかんいかん。


 軽く首を振って、気を取り直そうと何やら話し続けている女性へと顔を向けると、身を刺すような強い視線で私を見つめている彼女と目があった。

 さっきはこっち見てる? って感じだったけど、今あきらかに彼女は私を睨んでいる。

 え? と疑問を感じた私の視線の先で、彼女の隣に近付いた青色の肌をしたツェーザレが彼女の耳に何か囁く姿が映った。

 ツェーザレは楽しそうに目を細めて、私の視線をうけて軽く会釈した。


 食事の前の挨拶か何かのようだけど、何か変な感じがする。


 コスプレイベントでこんな事は初めてな私は、普段と違うこの趣向にようやく少しの疑問と違和感を感じながら彼らを見つめるのだった。





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