下界で遊戯 7
お久しぶりです…!
ゆっくりと意識が浮上して、最初に感じたのは、やけにふかふかした温もりだった。
布団の中で、頬に当たる感触がいつもより柔らかくて、思わずすりっと顔を擦りつける。
……あれ?
ぼんやりした頭で目を開くと、視界いっぱいに銀色の毛が広がっていた。
え、なにこれ。
一瞬、自分がまだ夢の中にいるのかと思って瞬きをする。
けれど、鼻先に当たる温かい息と、微かに上下する大きな体躯はどう見ても現実だ。
舌をだらしなく垂らして、ぐうぐうと眠る人狼の顔。
……ヴィスト?
昨夜、確か一緒に寝た気はするけど、ここまで密着していた記憶はない。
というか、こんな無防備な顔、初めて見た気がする。
なにこの顔。
可愛いんだけど。
思わず笑いそうになるのをこらえつつ、そっと距離を取ろうと身じろぎした瞬間、 ぴくりとヴィストの耳が動いた。
次の瞬間、蒼の目がゆっくりと開く。
「……おはよう」
寝起きの低い声に、胸が小さく跳ねた。
「お、おはよう。よく眠れた?」
特に深い意味もなく声をかけただけなのに、ヴィストの表情が一瞬、固まる。
「……覚えていないのか」
「え? なにを?」
心当たりがなくて首をかしげると、ヴィストは視線を逸らして、小さく舌打ちした。
「いや、なんでもない」
そう言って、むっすりと背を向けられる。
え、ちょっと待って。
なんで拗ねてるの。
さっきまであんな幸せそうな顔で寝てたくせに。
私、なにかやらかした……?
寝起きの頭で考えるけれど、全く何も思い浮かばない。
大きいはずの背中が少しだけ丸まり、狼の耳がへにょりと垂れている姿を目にして、思わず後ろから両手で撫でた。
「ヴィスト―?どうしたのー?なんで朝からご機嫌ななめかのかなー?」
私、動物には基本的に甘いタイプなわけでして。
そのままヴィストの背中に抱き着いて、頭をなでながらへにょりと垂れた耳をもみこむ。
相変わらず最高の手触りです。あ、これって私が得してるだけだね。
ヴィストの背中が少しだけ震えて、狼の顔が肩越しに私を振り返る。
と、同時に、部屋の扉がノックされた。
『お目覚めですか?朝食をお持ちしました』
「食べます!!!」
思わず叫んだ私の声に、ヴィストの耳が驚きでぴーんと立ったのを横目で見ながら、私は朝食に胸をときめかせるのだった。
後ろから、ヴィストの大きな溜息がわざとらしく聞こえてきたけれど、聞かなかったことにする。うん。
さて、服も着替えて朝食を頂き、紅茶を飲んでいる時だった。
昨夜の話し合いでは、少しでも早く隣国へ出発するって感じだったから、今日もう行くのかな?
私も何か準備すべき?と思って辺りを見渡すけれど、ここにあるもので私の私物といえるものは何ひとつない。
いやでも、用意された服はもらっていっていいのかな?絶対必要になると思うし。
そう思って、廊下へとつながる扉を開けてみる。
扉のそばには、やはり昨日のように2人の騎士が立っていた。
昨夜見た彼らとは違うが、どちらも凛々しい騎士だ。扉が開いた途端、二人の空気がぴりっと張りつめたのがわかる。
「すみません。たぶん王子様達と一緒に隣国に行くと思うので、服とか持っていける旅行用のケースとかありますか?」
騎士って思うとさすがに緊張するけど、ホテルのスタッフさんだと思えばそこまで怖くない。たぶん。
昨夜の騎士さんも優しかったしね!
「……隣国への準備でしたら、こちらの方で全て済ませてあります」
えっ、そうなの!?ラッキー!
って、まず思ってしまった私でごめんなさい。
どうしたって、身体1つで異世界に来てしまったからには、いろいろ心配しちゃうからね。
騎士様の言葉にありがたくお礼をして、また部屋に戻る。
「ヴィスト、私達何の準備もいらないみたい」
「……当然だろう。我らの力を借りるつもりの連中だ。それ以外のことは、全部奴らに任せておけ」
そう言って、ヴィストが尊大に鼻を鳴らす。
相変わらず不機嫌そう。
昨日の夜は普通だったと思うから……、これは寝てる間に私が何かしたな?
え、私って寝相悪かったとか!?
このまま一緒にいるのは気まずいから、はっきり話し合おうとした、その時だった。
コンコンッ
扉が控えめに叩かれたかと思うと、遠慮のない勢いで開いた。
「こら、ジュレイ。扉を開くのは返事を待ってから……」
言い終わる前に、ジュレイは一歩前へ出て、私とヴィストを交互に見た。
「ふんっ……やはり魔族の癖に随分と無防備なんだな。昨夜も同じ部屋で休んでいたと聞いたが、まるで警戒心も感じられん」
「ち、ちがっ……!それは事情があって……!」
ラテが慌ててジュレイの腕を引くけれど、彼はぴくりとも動かない。
むしろ視線は私から逸れないままだ。
……え、今のって、もしかして私が悪者みたいな流れ?
「無防備なのは、たぶん私じゃなくてヴィストの方だと思うけど……」
「なに?」
即座に低い声が返ってきた。
「だって、寝顔めちゃくちゃ無防備だったし。舌出して、ぐーぐー寝てたよ」
しーん、と一瞬だけ空気が止まる。
「……え?」
ラテが目を見開き、クーヘンが片眉を上げる。
ジュレイは言葉を失ったように口を閉じ、視線だけをヴィストに向けた。
当の本人は、ぴたりと動きを止めている。
「……お前」
低く唸るような声が後ろから聞こえた。
「な、なに? 事実を言っただけなんだけど」
ラテがぱちぱちと瞬きをしてから、顔を赤らめて視線を逸らした。
「えっと……お二人が、その……仲が良いのは、とても良いことだと思います……」
「違うからね?」
即答しておいた。
誤解は早めに潰しておくのが大事だ。




