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地を這う獣は想人に出会う

 世の中には夢と萌えがつまった場所があるのです。

 かくいう私もそんな夢の世界の住人です。あ、ここ笑うところ。

 皆の前では、そんな世界微塵も知りませんって顔してるけど、ごめんなさい。

 正直に言います。

 私実は隠れおたくなのです。いわゆるコスプレイヤーというものなのです。

 男の夢とかいうナース服とか制服には全く興味ないんだけど、メイド服には興味あります。

 でも一番は二次元世界の凝った服が大好きなのです。もーだって可愛いじゃない!

 それで、ついその世界に足を踏み入れちゃったわけなんだけど。

 年に二回開催される大型コスプレイベントに参加していた私が、まさかそこで、三次元ログアウトするなんて誰が思う? 普通思わないよね。


「お前が信じようが信じまいが……我々は確かに今魔界にいます」


 ……そんな真実、知りたくもなかった。






 時は少しだけ遡る。





 年に二回開催される、大型コスプレイベントに参加していた私は、そこで物凄い精巧なつくりをした狼人間のコスプレ衣装を身を包んだ大きな体躯をもつ人に出会った。

 そのあまりの精巧さに、我も忘れて触りまくったら、何故かいきなり肩に担がれて、レベルの高いコスプレ会場から無理矢理退場させられた。あれー?

 もう少し周囲の人達をじっくり見たくて残念だったけど、まずはこの特殊メイクの人と仲良くなるってのもありかなと考えて、今私は大人しく彼の背中にしがみ付いている。

 人狼の彼が身にまとう黒地のマントは厚手なのに、触った感じは滑らかで、動きやすさも考えられてるようだ。


 んー、本当これだけでも高そう……

 そういえば、ジーヴィストとか呼ばれてたけど、コスプレネームかな?


 そんなとりとめのない事を考えながら、どこにいくんだろうとふと疑問に思う。

 彼の動きにあわせて振動を与えられるおなかが、そろそろ痛みを覚え始めた頃、大股で歩いていた彼がふいに立ち止まった。


「……お前は、オレが……?」


 何か小声で問われたようだけど、担ぎ上げられている格好のままでよく聞こえない。

 何だろと首を傾げているうちに、もう一方の腕が腰のあたりにまわったかと思うと、体勢を変えられ、次の瞬間には両脇の下に手を入れられ、彼の前に吊るされるように抱えられていた。

 子供が高い高いされるような、あれだ。

 この年でやられると、自分の体重の重力が脇にかかって、結構痛いという事を初めて知った。

 けれどそんなことより改めて、真正面からその狼顔に見つめられ、おおっと感動する。


 何度見ても素晴らしい出来だ。


 中に人の顔があるせいもあって、狼の顔は私の倍はでかい気がする。

 ぶらりと下ろしたままだった手を上げて、そっと触れると先程と同じ少し硬くて、体の中心にいくほど柔らかい毛に指先が埋もれる。

 彼の肌の熱が伝わって、少し温かい。


 本当、どういう特殊メイクなんですか、これ。


 首の下あたりをさっきは勝手ながらに堪能させてもらったので、今度は頬のあたりの、よりふっくらとしたところをわしわしっと触ってみた。

 素晴らしいです、もこもこの毛の感触。溜まりません。

 そして、次に私が興味が出たのは、耳。

 犬や猫を触るときは、相手が触ってもいいよーって空気を出してたら、そこはもう遠慮しない。

 嫌がられない程度に、思う存分触るのが私の心情なので、彼の様子を伺いながらも、私は時折ぴくぴく揺れる耳に釘付けだ。

 深い藍色の中にある黒の瞳孔が、ぴたりと私に焦点を合わせているのだけれど、そこから少なからず戸惑いの視線を感じて、私は愛想笑いを浮かべた。


 不躾に触りすぎちゃったかな?

 触っていいよ的な空気を感じたからつい触ってたんだけど、実は内心、この特殊メイクが壊れたらどうする! 修理に数百万だぞコラ!? なんて思ってたらどうしよう!


「……あの、もう触ったらダメって事?」


 いい子ぶりっ子よろしく、首をかしげてみたりして。

 そう尋ねたら、狼の目はまた二度瞬いた。

 再度私と目を合わせてから、軽く俯く。


「……構わない」


 それって触っていいって事だよね?

 やったーと内心の喜びに、にやけた笑みになりながら、狼の耳に手を伸ばす。

 ほかの部位より繊細で短い毛に覆われた大きな耳が、私の手が触れた瞬間、ぴくりと大きく揺れる。

 そんな細かな設定まで、本当よく出来てるなぁと感心しながら、私の片手程の大きな耳を揉みこむように触った。


 たまりません……っ!


 こういう感触のぬいぐるみとか、なつかしのファーストラップを思い出す。

 うーん、ずっと触っていたい。

 遠慮なく、両耳同じように触っていたら、彼の全身の毛がふくふくと揺れている事に気付いた。

 狼の目も細まり、気持ち良さそうな顔に見える。

 そこで私は、またもや本物の犬と戯れている感覚に陥り、その大きく柔らかな毛に覆われた顔に自分の頬を摺り寄せた。うりゃうりゃーって、ついね。

 動物には、つい全身で好きを表現しちゃう私なわけで、大抵そうすると、猫は嫌がって離れちゃうんだけど、一旦離れておきながら、しばらくするとまた擦り寄ってくるのがもう・・・


 あの全身ツンデレ可愛すぎる……っ!


 なんて、全然関係ない事を思い出し、ぎゅうっと抱きしめるように柔らかな狼の顔に更に頬を擦りつけた時だった。


「!?」


 がくんっと落下するような衝撃にみまわれる。

 何!? と思った次の瞬間には、焦ったように伸びてきた大きな腕に抱き込まれ、尻餅はつかずに済んだんだけど、腰がぬけたように膝から下に力が入らず、ぽかんと顔を上げる事しか出来ない。


「び、びっくりした……」


 私を抱える狼の毛に覆われた太い腕に掴まり、体勢を立て直したところで、人狼の更に戸惑いを含んだ目と目があった。

 そのまま狼の顔が近付き、すんすんと小さく鼻をならしながら、首もとの匂いをかがれる。

 長い毛先が肌先をかすめるものだから、くすぐったくて笑い出してしまいそうだ。


 でもちょっと待って、今日は結構汗をかいてたから、私今もしや女として間違った匂いしてるんじゃない?

 あれ、もしかしていきなり手離したのも、私がぐりぐりくっついてる時に、その匂いでこの人が、くさっ! ってなったからとか?

 そして、今、その匂いを怖いものみたさのように、再確認中だったりする!?

 そんな事恥ずかしい事、やーめーてーっ!


 と、慌ててその顔から逃れようとした時、かぷりと肩口をかまれた。

 今日の私の衣装は、肩を思い切り露出していたもののため、地肌に歯の感触が伝わる。

 痛くは無い。いわゆる甘噛みという力加減だ。

 驚いて目をむく私の肩口を、狼の口は何度かかぷかぷやった後、今度は位置をずらして首元に噛み付いてきた。


「ひゃっ!」


 首はダメっ! 首は弱いのよっ!

 思わず変な声がもれちゃうくらいに、首触られるとぞくぞくくすぐったいの!


 狼の大きな口が、柔らかな首の肉を確かめるように、歯を立てないように噛む。

 その強すぎる刺激から逃れようとのけぞったら、更に首の全体をその大きな口でかぷりとされた。


「……ゃうっ! ちょっ、まっ…あうっ……って、コラッ!!」

「っ!」


 かぷかぷされるだけならまだ良かったんだけど、いや充分に恥ずかしい高い声あげちゃいましたけどね、最後はべろりとその長い舌で舐められたので、思わず怒るとぴたりと止まって狼が顔を上げた。

 狼の大きな耳がしゅんとうなだれている。

 藍色の目が困ったような、何で? みたいな目になっている。


 そんな可愛い反省顔を作ったって、許しません。

 ていうか、どんだけ精巧な作りしてるのよ、マジで。


 舐められた感触がまざまざと残る首元に手をあてると、濡れていて更に驚いた。

 いや思い出せば、舐められた時ぬめっとした。本物の舌のように、こう・・・って、その感触を思い出すと、鳥肌が立ちそうになったので、思考をシャットダウン。

 この狼顔の奥にある顔の隙間からでも、何かしたんだろう。

 テーマパークでキャラクターからキスされた時に、本来なら聞こえないはずの「チュッ」っていう音が聞こえるように仕込まれているような、そういった何かがこれにも仕込まれているに違いない。きっとそうだ。うん。

 傍目から見ても狼にしか見えないうえに、そんなところにまで細工するとは、なんて芸が細かいんだ。


「首は噛んじゃいけません」

「……そうなのか?」

「そうです。……それに、臭いなら臭いって、その言ってくれるほうがありがたいっていうか……」


 ああもう、誰かお願い、今すぐ私にデオドラントスプレー持ってきて!


 そう切に願う私の前で、人狼は少しだけ首をかしげて、再度私の首元に顔を寄せた。

 すんっと先程と同じように鼻を鳴らす。

 だから、匂いかいじゃダメだってば!

 焦った私が制止の声を上げるよりも先に、彼が口を開いた。


「臭くは無い。何か、……ああ、うまそうな匂いがする」

「え」


 ……何その例え。

 私お昼まだだから、食べ物臭がするって言われても、困るんだけど。

 困るっていうか、女として、女として……!


 愕然とする私に、彼が慌てて言った。


「安心しろ、お前の事は喰わない」


 そんな、全くのフォローになってない言葉を言われても、全然嬉しくない。

 がっくりと項垂れると、人狼からそわそわしたような、焦ったような気配を感じた。

 自分でも間違った事を言ったと気付いてくれたのだろうか、そうだったらいい。


「本当だ、お前の事はそういった目では見ていない」


 ……どうやら、気付いてないらしい。


 というか、どういう話だ。もしかして、あれかな?

 コスプレしてる人って、そのキャラになりきっちゃう人もいるから、この人もそれ系なのかな?

 私はどちらかというと普段は出来ない可愛い服装をしたいっていうので、始めたからその心理はいまいちよくわからないけど、否定するものでもない。

 傍から見たら、同じ穴の(むじな)でしかないしね。

 そうとわかれば、必死な様子で大きな耳を垂らし、毛をふくふくさせながらこっちの様子を伺う態度も言動も許してあげようじゃないか。


「わかったわ。臭くないならいいの」

「ああ、凄く、いい匂いがする」


 よくわからないけど、まあ良しとしよう。

 相手はとにかく人狼になりきりなんだから、少しはこっちものってあげなくちゃね。


「ありがとうって言うべきかしら? でも本当に食べないでね。私なんて美味しくないから」

「ああ、喰わない」

「そう良かった。でも私はおなか空いちゃったから、ね、さっきの会場に戻らない?」


 大きな会場だったし、飲み物のサービスもあったりしたから、どこかで食べ物も用意されてるか、または近くに売店でもあるだろう。

 そう思っての提案だったんだけれど、彼は複雑そうに鼻筋に皺を寄せた。


「……お前の種はやはり、あのような場所の力を借りねばならないのか?」

「? よくわからないけど、普通そうでしょう?」


 コスプレのまま外に行くわけにもいかないし、今私たちが今いるのは、まだたぶんその会場のある建物のどこかと思うんだけど、見渡した感じ、がらんとした広い通路で人の気配が無い。

 つまり、このままでも入れるコンビニも売店もないという事だ。

 それなら戻った方がてっとり早いと思ったんだけど。


「お前の種ならば、俺から取る事も可能なのでは?」


 さっきから何度から出てる『しゅ』って何だろ。

 もしかして、コスプレキャラ設定の事でいいのかな?

 一応、今回のは某ゲームのサキュバスキャラだ。

 彼が人狼として話しているというのなら、私をそのキャラとして見て、話しているという事で間違ってなさそうだから、ここはどう会話にのるべきか。えーと……


「……それもいいんだけど、今日はいつものが食べたい気分なの。ダメかしら?」


 どうだ! 我ながら渾身の切り返しだろう。


「……そうか」


 渋々ながらも彼は頷くと、私を抱きしめていた腕を離した。

 出会ってすぐに自分からくっついていただけに慣れてしまっていたけれど、初対面の男の人にいきなり密着しまくりって普段だったら、ありえないな。

 それだけ、この人のコスプレが精巧で、人間の男というのを意識させないからなんだよね、きっと。

 彼の大きな歩幅に合わせて、小走りになりながら、ふと視線を感じて顔をあげる。


「飛ばないのか?」

「え?」

「羽があるのだから、飛んだ方が早いだろう。俺もそれに合わせる」


 私の腰にくっついている羽を指差しながら、彼が言う。

 うう、どこまでその人狼キャラでいくつもりなのよ。

 私のはそっちみたいに毛がふくらんだり、耳が垂れたりと特殊機能はそなわってないの、わかるでしょう、流石に。

 そう思ったけれど、彼の設定に合わせようと会話にのったのは私自身だ。

 こうなったら、とことん付き合ってやるわよ!


「これは動かないの。悪い魔女に呪われてから、ただの飾りなのよ。飛べたら便利なんだけどね」


 どんなキャラ設定だ、私。

 自分で言ってて恥ずかしいと、思わず遠い目をして溜息を吐く。

 そんな私をどうとったのか、彼は痛ましいものを見る目をした後、その毛で覆われた大きな手で、私の蝙蝠羽に軽く触れた。


「触っちゃダメ!」


 思わず大きな声を出してしまった。

 人狼が慌てて手を引っ込める。


「すまない、……痛むのか?」

「そうね、壊れたら痛いわ……」


 主に金銭的なものが。


「……そうか。許せぬ。その魔女の顔は覚えているのか? 居場所でもいいが」


 低く唸るような声音に、目を瞬かせた。


「どうするの?」

「決まっている。呪いを解かせるんだ」


 ここまでキャラを通すなんてある意味、凄い。

 私も段々楽しくなってきた。この場に私たち二人しかいないから、ノリにのってきたって感じ?

 こんなの友達の前じゃ絶対無理だ。

 一瞬素に戻って、声を上げて笑いそうになりながら、なんとか苦笑して堪える。


「ありがとう。優しいのね」

「……そんな事を言われたのは初めてだ」

「そう? あなたは優しいわ。好きなように触らせてくれるし」


 私だったら、そんな精巧なコスプレ衣装、壊されるんじゃないかとドキドキして絶対触らせない。


「あ……ああ、その、好きに触ってくれて構わない」

「ふふ、ありがとう」


 呪いを解くというのなら、今度は私のこの羽もグレードアップして作ってくれないかな?

 なんて事は、もうちょっと仲良くなってから、お願いしてみようか。


 そう私が思ってるなんて彼は気付きもしていないように、嬉しそうに全身の毛を膨らませてそわそわした気配を漂わせている。

 思い切り見上げないといけない程、大きな体躯をしている彼から伝わるそんな気配に、私は思わず笑みを零しながら、二人で歩くのだった。








ちなみに、作者はコスプレとか一切やった事ないです。友人にコスプレ画像見せられて、可愛いなー凄いなーと思って妄想してたら、今回のお話が出来上がりました。稚拙ではありますが、お付き合い頂けると嬉しいです(>Ц<●)

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