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裃左右 初期作品(十代~二十代前半?)

僕はベッドのうえに腰掛けながら思った

作者: 裃 左右

基本的に酔っ払い同士の会話の話。

結構、だらだら話します。

 僕はベッドのうえに腰掛けながら思った。

 

 いつもよりだいぶ飲んでるよな、今日。


 これは僕の話ではなく、彼女のこと。

 そう言っても。飲みたくなる、心境はわからないでもなかった。

 ……真夏の夜。それに加わるプラスアルファ。


 僕は電話を終えた様子の彼女に、千奈美に聞いた。


「どうだった?」

「……別れたら殺してやるって」


 千奈美は携帯を耳に当てたまま答えた。

 僕と逆サイドにベッド座る形で千奈美は腰掛けていたが、ぼくにより近い方へ、左腕へと重心をずらした。


 薄暗い灯りが彼女の顔を照らす。

 僕はどう答えたらいいのか、思い浮かばなかったので。


「ふうん、そう」


 と、適当に返し、チューハイの缶を傾けた。

 喉を潤す、甘みと苦み。


 それを感じるのと同時に、唾液が口の中に分泌されたのがわかる。

 あまり、美味しくない。

 味だけならフツーにジュースだけを飲む方が、僕はだいぶ好きだった。


 ようするに中途半端なんだよな、チューハイって。


「どうしよう?」


 千奈美は僕にそう聞いた。

 幸いにも、別に焦っている様子はなさそうだった。

 もし、パニックにでもなられると面倒だったので、心の底から幸いだった。


 僕は答える。


「仕方ないんじゃない?」


 僕はまだ新品の缶を差し出す。

 彼女はあたまを掻いて、僕を見た。


 目と目が合う。

 いつものクセで、反射的に僕の顔は笑みを形づくる。


 これは、もう治らないな。


 もういちど、僕は言った。


「仕方ないんじゃない?」


 そっくりそのまま、同じことを僕は言った。

 千奈美は僕の目を4秒ほど、呆れたように見てから、手を伸ばした。


「だね」


 そう言って、彼女は僕の手にあった缶を奪う。

 僕はそれを見送る。


 千奈美は、一口、二口。

 喉が鳴らして飲んだ。


 実に美味しそうに、いや、うまそうに。

 飲んだ。


 やや焼けた首をむき出して、喉が、その肌が動くのがわかった。

 それを見て、僕の喉が小さくなる。

 僕はそれをじっと見る。


 視線に気付いた彼女は首を傾げた。


「なに?」


 僕は適当な表情を作ることで返す、適当な表情と言っても結局、僕は笑顔しか知らないのだけれども。

 そうして新しい缶を開ける、プチッといい音がした。

 僕の好きな音だった。


 千奈美は突然なんのつもりなのか、僕に言った。


「わたし、チェリー嫌いなんだってば」


 僕は自分の飲もうとしていた缶を見る。その通り、サクランボが描かれていた。

 そういえば、パフェ食べるとき、コイツ、いつも残してたな。

 僕もあまり好きな方ではないけど、チューハイの味はどうでもいいと思っていたので、気にせずに飲んだ。


 ……おお。


 やっぱり、不味かった。

 三倍、不味かった。チェリー味。

 …………いや、って言うか。


「これ、選んだの。キミじゃなかったっけ?」


 千奈美はうなづく。


「ああ、そうだよ。だから?」

 

 そう堂々と言われると返す言葉にこまる。

 僕もより深く、ベッドに腰掛けた。


「いや、いい趣味だなって思って」


 でしょ、と彼女は僕の缶だったものに口をつける。

 

 缶を傾け、傾け、傾け。

 空になるまで、飲み干した。

 

 僕はまたチェリー味のチューハイを飲み、その不味さにうんざりしながらも。

 彼女をうらやましく、思った。

 

 ほんとうに、うまそうに飲むんだよな。コイツ。


「うちさぁ、」

「あ?」


 不意をつかれて、僕はアホみたいな返事で聞き返す。


 ……僕がとっさに考えたのは、千奈美がなにを言いたいのかではなく、女って一人称、統一しないよなぁ、というさらにアホなことだった。

 ようするになにも、考えてなかったわけで。


 そのまま会話に間があいても、僕はなにも考えてない。

 だから、フツーにそのまま聞いた。


「うちさぁ……で、なに?」


 返事せずに、ビニール袋をあさる千奈美。

 あたらしい缶を探したんだろうけど、残りはぜんぶ、チェリー缶だった。

 他の、レモンやらライムやらは先に飲んでしまっていた。


 いや、そりゃ、サクランボ嫌いがふたりそろえば、自然と残りはそうなるだろうよ。

 千奈美はあきらめたのか、ビニール袋を放り立ち上がる。

 ……コレ、残りは僕に飲めってことなのかな。


「……千奈美」

「ぁあ、なに?」


 なに、じゃねーだろ。


「うちさぁ……で、なに?」


 さっきから同じセリフを繰り返すことばかりしてる気がする。

 僕も、酔ってるんだろう。たぶん。


「……ああ、それね」


 それね、ってなんだ。

 自分から言ったんじゃん。

 見てたら、千奈美はその辺の棚を物色しはじめた。


 そのまま、千奈美は話し始める。


「ん……今更なんだけど」

「うん」


 やけに喉が渇く。

 けど、この缶はやだな。


「うちさぁ、そん時はけっこうマジだったのよ」


 なにが。


 と、反射的に聞きそうになったので。

 言葉を飲み込んどく。ついでにチューハイも。


 ぼくが黙っていると、彼女は言葉を続けた。


「……本当に好きだったんだよね」

「今の彼氏、ね」

「そう……それは嘘じゃなかったのよ」


 でもさぁ、と静かにつぶやく。

 独り言のようだった。


「どこがって聞かれるとアレなんだけど。んー、優しいところが好きだったんだよね」

「優しいところ?」

「うん、優しいと思ってたの。でも、今から振り返るとそうでもないし」

「……ああ」

「冷静になるとさ、けっこう押しつけるっていうか。そういう奴だったから」

「うん」


 じゃなきゃ、別れたら殺す、とは言わないよな。

 でも、その時には。


 ――付き合っていた頃には、優しいやつだと、思い込んでいたわけで。


「なんで思い込んでたの?」

「んん……」


 あ、あった。と千奈美は言って、なにか持ってきた。


 茶色い液体が入ったボトル。アルコール。

 ようするに、ウィスキーだった。


「なんだよ、それ」

「このあいだ、貰った」

「へえ……」

「あと、梅酒もあるよ」


 そっちの方がいいかな、と言ったら。


「ふだん、飲まないヤツ片付けないといけないから、ダメ」


 と、ことわられた。

 じゃあ、あるって言わないで欲しかったな。

 口を出したら傷つくので、そのまま黙って見てたら。

 勝手にコップを二つ出し始める千奈美。


 え……っと。

 これは、つまり。


「なに、ウィスキー、僕も飲むの?」

「飲むの」

「……そう」


 飲むんなら、仕方ないな。

 そう、決まってるもんだしな。


 でも、もちろん、僕はウィスキーは好きでなかった。

 今のチューハイの方が半分くらいマシだった。

 つまり、ウィスキーが2倍、きらいだってこと。

 ……自分の頭の回転の悪さにがくぜんとする。


 がくぜん。

 がくぜんって、どういう字だっけ。


「たぶんさ、ぜんぶ、思い込みだと思うんだよね」


 ……いきなり、それは、なんの話ですか。

 僕は千奈美からコップを受け取りながら聞いた。


「さっきの話」


 そう言って、今度は僕の隣に千奈美は座った。

 当然、距離が近くなる。


「……さっき、ねぇ」


 なんでさっきから話がとびとびなんだ。まちまち、つーか。


「ぜんぶさぁ、思い込みなのよ」


 彼女の息を感じた。

 酒くさい、たぶん、僕も。

 僕は話がいまいちつかめてない。


「だからなにが?」


 千奈美は即答する。


「恋」


 それを聞いた僕は、ああ……、と言って黙った。

 それを言ったら元も子もない。


「なにが思い込みだって聞かれたら、そう答えるしかないじゃん」

「まぁ、ねぇ」


 恋とは、なんとも言えない単語だった。


「思い込みで好きになるってこと?」

「まぁ、ね。世の中、好きになるに値する男っていないのかもってさ」


 なんとなく悟った風に千奈美は言った。


「でも、それじゃ寂しいじゃん。好きになりたいでしょ、誰かを」


 ……誰かを、ってさ。

 好きになるために、後付けで好きになるってことじゃん。


「だったら相手は誰でもいいの?」

「……誰でもいいんじゃなくて、誰もいないんだもん」


 だったら、適当な身近な相手に夢見るしかないでしょ。

 そう千奈美は言う。


 楽しそうでもなく、悲しそうでもなく。


「思い込みの方が、現実問題、リアルよりいいわけだからさ」


 そう続けた。

 ぼくは意味のない言葉を返す。


「……現実より、思い込みの世界で理想を見たいってこと?」

「なんか、難しい言い回しするね」

「……そう?」

「でも、そうなんじゃないの。理想の男なんてそうそういないわけだし。でも、彼氏は欲しいじゃん」

「……欲しいんだ」

「そりゃ、欲しいでしょ。恋もしたいし」

「いい相手いないんだったら、やめればいいのに」

「そしたら寂しいじゃない」

「そう?」


 さっきも言ってたな、そういえば。


「一人だと寂しいかな、楽じゃない?」

「いや、じゃなくて」


 少しだけ、水割りを口に含む千奈美。やや顔をしかめて。


「恋もできない自分がさ。寂しく感じるじゃん」

「ああ、それは理解できる、な」


 そういうときも、ある。

 じっさい、ふと、したときに。


 一人で帰るときとか、友達とわいわいやってて、なんか冷静になるときとか。

 物足りなく、寂しく、なにかが乾くように思うとき。


「でも、したい相手はいないんだろ」

「それは、そうだけどさ。恋したかったら、思い込みでも相手を探すしかないんじゃないの?」

「そこまでしてでも満たされたい、ってことかな」

「……まぁ、うん。……そうなんじゃない」

「そういうの、自分に嘘をついてるように見えるけどさ」

「じゃあ、なにもしないで待ってるのと、どっちがいい」


 耳が痛くなるな、そのセリフ。

 なんて言ったって、相手がいない、って言うのは言い訳なのかな。

 好きなんだけどな。

 女の子。


「ほら、さっきから飲んでないでしょ」


 見たら、千奈美のコップはだいぶ減っていた。

 僕のはフツーに氷が溶けてるだけで、量に変化はない。


「……ああ、だな」


 仕方なく、コップに口を付ける。

 瞬間、吐き出しそうになった。

 ……なにが、どう美味いんだ。これは?


「ホントにそん時は好きだって、思ったんだけど、な」

「ああ、……まぁ」


 もう至近距離に来られたせいで、さっきから目がやばいとこにいくんで、目のやり場にめっちゃ困る。

 おかげで返事がさっきから白々しいわ、自分の。


 ……ん?

 ふと、思う。


「千奈美?」

「なに」

「今度の彼氏も同じなの?」


 あー、と彼女は言葉を濁した。

 そう。

 コイツ、ふたまたなんて、かけてやがったのだ。


 いや、今の彼氏と別れるんだから、もう違う、のか。


「そっちはさ、今の彼氏と付き合ってても、本命のままだったんだろ」

「ま、ね。最近……は? ……みたいな」


 実に答えづらそうにしていた。

 こういう反応も、めずらしい。


 千奈美はなにかを伺うように、聞いてきた。


「そういうのって、不誠実……だと思う?」


 僕はなにも考えずに答える。当たり前のように。


「……どうだろ。お互い、そういう相手を選ぶ、わけだからさ」

「うん」

「そうされたくないなら、先にそう言っておくとか。そういうことをしない相手を選べばいいんじゃないの」

「……なんか冷たいね?」

「そうかな。してもいいってことは、逆にされてもしかたないし、さ。されて怒るのも、相手がそういう人間だって理解してない、だけ、って言うか」

「なに、ぜんぶ、理解してから付き合えってこと?」

「まさか。でも、そういうのってだいたいわかるじゃん」

「……わかんないって」


 そう、と僕は納得する。


 わかんないもん、か。

 僕は思い込んでるだけかな。


「でも、僕だったら、そういうのされても怒らないかな」

「……自分がするから?」

「そういうイメージなんだ、僕」


 それは心外だ。

 自分で、けっこうマジメで誠実なやつだと思ってた。


「いや、アンタはさ。いちおう、マジメで誠実……なんだけど、ずれてるんだよね」

「それ、何気にひどくない?」

「どこが」


 そう、はっきり言われると……うーん。

 黙っていられる方が、ひどいかなって思ってしまうじゃん。

 

 ああ、そういえば、答え聞いてない。


「今度の彼氏もさ」

「うん」

「思い込み……なの?」


 彼女の口が閉じる。

 ストレートに言わないと、はぐらかされるな、と思ったけど。

 ストレート過ぎ、だな。

 ちょっと、自己反省。

 

 とりあえず、今のうちにコップを空にしておく。

 …………ふぅ。

 不味っ。

 

 突然、千奈美は僕の手に触れた。


 いや、僕の持っていたコップを手にした。


 ……僕はそれを、そのまま渡す。

 すると、彼女はにやり、と笑った。


「おかわり、ね」

「……いらねぇよ」


 えー、と彼女は言う。


「不味いからぜんぶ飲んで貰おうと思ったのに」

「おまえもか。って言うか、全部は無理だろ」


 そもそも、まだ僕らは味覚が子供なんだよ。たぶん。

 アルコールをそこまで美味い、とはたぶん感じれてない。


 感じようと、思いたい、とは思ってるんだろうけど。

 と、まぁ、いくらなんでも、わかりやす過ぎる。


「……で」

「で……って?」

「そんなに聞かれたくないの? だったら、別にいいけど」


 そこまでして、そらしたいかな。


 目を伏せがちにして。

 千奈美は言った。


「聞かれたくないって言うか、答えたくないと言うかぁ……うーん」

「ようするに思い込み、なんだ」


 返答はなかった。

 ……自覚があるんだ。

 救いはないな、そういう恋愛関係。


「……たぶん、今の彼氏と比較して、好きなだけだと思うんだよね」

「どちらかと言えばいいかなって? それでも付き合うの?」

「んー……」

「ああ、さては。今の彼氏のことだけじゃなくて、その件でも悩んでるから僕に声かけたな」

「……だね」


 僕はため息をついた。

 通りで今の彼氏との電話やら別れ話やら、たんたんとこなしやがる訳だ。


「だからって、僕に声かけるか?」


 友達に聞けばいい、と思う

 その方が話しやすいんじゃないか?


「えー、だってぇ。……わたし、女の子に嫌われんだよね」


 表向きは仲良くできるけどさ、と千奈美は当然のようにこぼした。


 ああ、うん。そっか。

 そんな、女の子の薄らグロい事情はできれば聞きたくないかな。


「だって、アンタはだいぶ知ってるじゃん。そういう女の子の事情」

「いや知ってるけど、むしろ、だからこそ?」


 これ以上、そういうの見せられたら、女性不信になるわ。

 女のやりとりってひどいんだよな。

 男女間の友情って信じてないけど、女同士の友情の方が信じられない。


 女の会話って、フツーの日常会話も、本人がいないときの会話も、授業中の会話も、男を意識した会話も、そうでないものも、ぜんぶひどいからな。……女同士のエロ話もだいぶ、あれは、エロいじゃなくて、エグいけど。

 あれは遭遇したら、引く。通り越して、退く。逃げる。


 ……もしくは、吐く。

 そのせいか、女って、話聞いたら、全員、一人残らず人間不信だからビックリするんだよな。


 ……だから、男を求めるのかな。

 じゃあ、男はなんなんだ?


「……アンタはそういうの平気なんだからさ、べつにいいじゃん」

「平気じゃないよ」

「じゃ、女の子好き?」


 間髪入れず答える。


「大好き」


 自分の反射神経が一番発揮された瞬間だった。

 このタイミングで、そんな才能開花したくなかった。


「ねぇ、ほら。やっぱ平気なんだよ」


 ああ、うん。返す言葉はないなぁ。

 ……たまに自分が病気かなって思うもん。


 好きだよ、ああ、好きさ。めちゃくちゃ好きだよ。

 なんか悪いですか?


「んー、わたしどうしたらいいのかなぁ」

「たぶんさ、今の彼氏と別れる口実みたいなの? がさ、欲しいだけなんじゃない」

「それは、そうなんだよねぇ。むしろ、ぴったり?」

「付き合わない方がいいと思うね」

「むぅ……」


 そうやら、千奈美さんは納得いかないらしい。

 もういいじゃん、それで。


「もう、だったら、付き合っちゃえよ。その後、別れればいいじゃん」


 また、その時には殺す、って言われるかもしれないけど。

 コイツの付き合うタイプの男ってだいたい同じなんだよなぁ。べつに僕から見ると、優しくもないし、気配りができるわけでもないように見える……けど。

 それでも、いないよりは、いいんだろうか。


「まぁ……ねぇ」


 元気のない返事。

 そのまま、うずくまる千奈美。


 本人は悩んでるつもりなんだろうけど……たぶん、このまま寝るんだろうな。

 なにも話しかけなければ、数分後には寝息を立ててるだろう。

 その時には、毛布でも掛けてやればいいか。だいぶ薄着だから、夏だと言ってもきちんとしておかないと風邪を引くだろうし。


 明日のことは、明日、考えればいい。

 別れる彼氏のこととか、次の彼氏とか。殺されるかどうか、とか。

 もう、明日じゃなくて今日だけども。


 僕はベッドに寝そべり、腕を伸ばす。腕はもちろん、はみ出た。

 ……にしても。

 僕には千奈美がなにを求めてるのかわからない。


 思い込みの彼氏。


 そんな彼氏、いる方が孤独になる。寂しくなるし空しくなると思うけど。

 少なくとも僕はそう思う。


 いてもいなくても寂しくなるんだったら、誰もいない方がいいんじゃいかな。

 付き合っても、結婚しても、どうしても、なにしても、たぶん。

 その寂しさや孤独感。喪失感、なにかあるべきものが失くなってしまったような、なにか物足りないような、そんな胸の中の空洞は埋まらない。


 誰かと、抱き合っている時は、それが埋まっているようにも思うけど。

 それは一時のこと、なんだよな。

 そう思うと、今のことも楽しめない。

 僕は千奈美を見ながらそんなことを考えていた。


 ほんのわずかな灯りに映える肌や、呼吸のたびに上下する背中。

 真夏の夜に香るシャンプーで、もう、それだけで惑わされそうなのに。

 ……その上、その薄着とか。


 ここでどうにかしようと一欠片も思えないのは、男として失格だろうか。

 抱きしめたいとか。その髪を撫でたいとか。そういう衝動には駆られるんだけど。

 あー、もう。ここまで無防備だとな。


 むしろ、嫌がられる相手の方が燃えるんだよな。

 なんか、ある程度、意識のある相手じゃないと手出したくない。って言うか、相手もある程度は正気なんだけど、酔ってるからっていう言い訳がある方がやりいい、と言うか、そういうシチュエーションじゃないと。

 ……あー、これも、言い訳かなぁ。自分でもなに言ってんのか、わかんないもん。


 罪悪感しかないんだよなぁ。

 ここまで、信用されると。むしろ。

 ……信用なのか、甘く見られてるのか。わかんないけど。


 まぁ、たぶん、後者だろうな。

 絶対、好きな相手にはこういう態度しないだろうし。

 でも、まぁ、思うんだけど。


「いくら僕でも。男なんだからなんとも思わない訳じゃない……から、な?」


 と、口に出しておくのは礼儀だろう。


「んっ…………ん」


 ……思わぬ、返事。

 聞いてるのかな、これは?

 俺は寝そべったまま、考える。


「僕はさ、恋なんか今しかできないからしておけばいい、と思う。でも、別に理想の相手探しとかさ……恋愛のことだけ見てかなくてもいい、と思うんだ。

だって、恋愛じゃあお前の寂しい気持ちはなくならないだろ? なくならなかっただろ?」


 これは、独り言。


「たぶん、手を伸ばせば適当な相手には届くよ。十分、お前は魅力的だからさ。それが理想の相手じゃないといけないなんて、いうのはワガママ……なのかもな。それでなぁ、思うんだけど」


 すごいかっこわるい、独り言。


「恋の相手ってさ、たぶん、永久に同じ人ってのは無理だよ。ずっと同じ人を恋愛的な意味で好きでいるってのはさ、絶対に無理。もうわかってるだろ?

人間って替わるんだよ。変らないけど、替わるから。他の相手に役割とか、気持ちとかそっくりそのまま替えちゃうんだ。情熱は永くは続かない、続いても幻を追うように空しいだけだと思う」


 これはきっと自分に言い聞かせてるんだろう。

 僕自身が勘違いしないように。ずっと同じ相手を好きでいるなんて不毛だと。


「お前が寂しいのはわかってる。僕はちゃんとわかってる。

 でも、彼氏にさ、それを求めるなよ。彼氏はさ、そういうの埋めてくれないよ。だって、理解してくれないだろ。そう言う気持ち。だいたい恋愛とはまったく別のモノだろ。安心感とか、安定感……とかさ」


 むしろ、危ないから、不安定だから、好きなんだろう。

 恋の相手に安心感があったら、たぶん別の感情にすり替わる。

 恋する相手も、別の相手に求めてしまうだろう。


「不安だし、不満だし、寂しい思いをさせる。だから、好きなんじゃねえの?」


 満足したら、もう、好きじゃなくなる。彼氏彼女じゃ、失くなる。

 いないと、寂しいから、そう言う思いをさせるから好きと思えるんじゃないかな。

 寂しい時間は、満たされない気持ちは、好きになるためには必須条件なんだろう。


 結局、僕が言いたいのは。


「恋をする相手と、自分のスキマを埋めてくれる相手はたぶん、違う人間だよ」


 ……もちろん、返事は帰ってこない。

 一方通行ですらない。


 まぁ、いいか。

 どうでもいい。


 僕はゆっくりと、そっと千奈美を起こさないように、立ち上がり。

 残った、チューハイやらなにやらを冷蔵庫に入れた。

 

 まぁ、僕の役目は要するに。

 コイツが。

 千奈美が、きちんと明日にでも、考えていけるように。

 風邪を引かないように気をつけてやるぐらいしかないんだろう、な。


 まぁ、もしかしたら、コイツ、彼氏に殺されるかもだけど。


 あー、今じゃなくても、そのうち刺される気はする。

 その刺されるのが千奈美じゃなくて、僕だったらとばっちりだよな。


 その時は……仕方ないか。

 コイツが刺されるよりは。

 

 そんなことになったら、もう罪悪感でいっぱいだよ、ホントに。

 別に死んでも泣かないんだろうけどさ。

 ……お互いに。


 そこまで深い関係じゃない。

 深かったら、刺されても仕方ないけどさ。そんなんでもないから、困るんだよ。


 でも、ぶっちゃけ?

 たまに勢いで告白しようかな、とか思うんだよな。

 おもしろそうだし。

 ノーフューチャー過ぎるから、やめとくけども。


 ――さて。

 千奈美が完全に寝息を立てているので。

 僕は、またまた気を遣いに遣って。

 彼女をベッドに寝かせる。


 ヘタところを触らないように。これはもう、目の毒、体に毒な作業だ。

 なるべく、速やかに、かつ割れ物を扱うように慎重にした後。

 毛布を掛け。

 そっと、電気を消したのであった。


「お休み」


 そう言って、ドアを閉めて出て行く。

 なにか、最後に千奈美の方から声が聞こえた気がしたけども。

 寝言だと、そう思うことにした。


 貴女の問題は、ぶっちゃけ僕にはどうしようもない、です。

 とりあえず、ソファーでも借りよう。

 明日のことは、明日考えることにして。

こんな日常を送る主人公の未来は?

まあ、あってないようなものですね。

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― 新着の感想 ―
自分の記憶ではないのに、自分の記憶のような気がしました。でも千奈美さんなのか、僕なのか、どちらでもなくその場の空気の記憶なのかもあやふやで、ただ「この感じ、わかるなぁ」という曖昧で懐かしい一瞬。 言…
等身大なんて言葉があるけれども、これはもう等身大って言うより、現実じゃないのかなと思う。 特殊な切り口でも、特殊な設定でも、特別な愛でもなくて、いやむしろそのへんに転がりまくっているような等身大の悩み…
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