第10話 終わりに触れないまま
終わりは、突然来るものではない。
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気づいたときには、もう少し前からそこにあったと分かる。
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あすかは最近、その感覚を避けられずにいた。
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三月の気配が混ざり始めた頃。
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冬の冷たさは残っているのに、
空気の中にわずかな軽さがある。
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「人生の交差点」
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夜。
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あすかはいつもの席に座っていた。
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カラン。
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扉が開く。
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マスターは軽くうなずく。
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「もう冬も終わりだね」
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あすかは小さくうなずく。
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「そうですね」
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グラスが置かれる。
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今日は少しだけ温度が曖昧だった。
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冷たさと温かさの間。
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そのままの味だった。
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悠真はまだ来ていない。
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遅れる連絡はあった。
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それでも今日は少し違う。
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“遅い”という感覚が、少しだけ重い。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「悪い」
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「大丈夫です」
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座る。
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沈黙。
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でもその沈黙は、いつもと違っていた。
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少しだけ長く、
少しだけ深い。
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悠真が言う。
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「最近さ」
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あすかは顔を上げる。
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「そろそろ終わりが見えてきてる気がする」
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その言葉に、あすかは息を止める。
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否定できなかった。
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でも肯定もできなかった。
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終わり。
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それは関係の終わりなのか、
季節の終わりなのか、
あるいは別の何かなのか。
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あすかは静かに言う。
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「終わりって、決まるものなんでしょうか」
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悠真は少しだけ目を伏せる。
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「分からない」
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短い答えだった。
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それ以上は続かない。
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マスターは何も言わない。
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ただ静かにグラスを拭く。
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帰り道。
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夜は少しだけ柔らかい。
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冬の終わり特有の空気。
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二人は並んで歩く。
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距離は変わらない。
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でも、そこにあるものが変わっている。
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言葉にできない圧力のようなもの。
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悠真が言う。
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「このまま続くのか、分からないな」
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あすかは横を見る。
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でもすぐには答えない。
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少し歩いてから言う。
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「続くかどうかより」
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「続いていることの方が大事かもしれないです」
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悠真は少しだけ笑う。
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「それ、逃げじゃないのか」
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あすかは少しだけ間を置く。
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そして言う。
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「逃げかもしれないです」
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「でも今は、それでもいい気がします」
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沈黙。
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その沈黙は重くない。
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ただ現実だった。
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駅が見える。
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別れ際。
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以前より静か。
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でも何かが確かにある。
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悠真が言う。
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「またな」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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改札を抜ける背中。
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その背中は遠くない。
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でも、もう触れない場所にある。
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あすかは思う。
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終わりはまだ来ていない。
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でも、すでに形は変わり始めている。
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冬は終わりへ向かう。
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そしてこの関係もまた、
静かに変化していた。
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第5章 第11話へ続く




