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あすかの幸せについて  作者: こうた
第5章 まだどこにも行けなかった冬

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第10話 終わりに触れないまま

終わりは、突然来るものではない。



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気づいたときには、もう少し前からそこにあったと分かる。



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あすかは最近、その感覚を避けられずにいた。



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三月の気配が混ざり始めた頃。



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冬の冷たさは残っているのに、


空気の中にわずかな軽さがある。



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「人生の交差点」



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夜。



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あすかはいつもの席に座っていた。



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カラン。



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扉が開く。



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マスターは軽くうなずく。



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「もう冬も終わりだね」



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あすかは小さくうなずく。



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「そうですね」



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グラスが置かれる。



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今日は少しだけ温度が曖昧だった。



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冷たさと温かさの間。



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そのままの味だった。



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悠真はまだ来ていない。



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遅れる連絡はあった。



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それでも今日は少し違う。



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“遅い”という感覚が、少しだけ重い。



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扉が開く。



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カラン。



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悠真だった。



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「悪い」



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「大丈夫です」



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座る。



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沈黙。



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でもその沈黙は、いつもと違っていた。



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少しだけ長く、


少しだけ深い。



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悠真が言う。



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「最近さ」



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あすかは顔を上げる。



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「そろそろ終わりが見えてきてる気がする」



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その言葉に、あすかは息を止める。



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否定できなかった。



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でも肯定もできなかった。



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終わり。



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それは関係の終わりなのか、


季節の終わりなのか、


あるいは別の何かなのか。



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あすかは静かに言う。



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「終わりって、決まるものなんでしょうか」



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悠真は少しだけ目を伏せる。



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「分からない」



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短い答えだった。



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それ以上は続かない。



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マスターは何も言わない。



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ただ静かにグラスを拭く。



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帰り道。



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夜は少しだけ柔らかい。



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冬の終わり特有の空気。



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二人は並んで歩く。



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距離は変わらない。



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でも、そこにあるものが変わっている。



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言葉にできない圧力のようなもの。



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悠真が言う。



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「このまま続くのか、分からないな」



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あすかは横を見る。



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でもすぐには答えない。



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少し歩いてから言う。



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「続くかどうかより」



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「続いていることの方が大事かもしれないです」



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悠真は少しだけ笑う。



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「それ、逃げじゃないのか」



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あすかは少しだけ間を置く。



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そして言う。



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「逃げかもしれないです」



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「でも今は、それでもいい気がします」



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沈黙。



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その沈黙は重くない。



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ただ現実だった。



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駅が見える。



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別れ際。



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以前より静か。



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でも何かが確かにある。



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悠真が言う。



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「またな」



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あすかはうなずく。



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「はい」



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改札を抜ける背中。



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その背中は遠くない。



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でも、もう触れない場所にある。



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あすかは思う。



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終わりはまだ来ていない。



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でも、すでに形は変わり始めている。



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冬は終わりへ向かう。



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そしてこの関係もまた、


静かに変化していた。



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第5章 第11話へ続く

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