第2話 返信のない夜
返信が来ない夜は、静かすぎる。
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音がないのではなく、
意味のある音だけが消えていく。
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あすかはベッドの上でスマートフォンを握ったまま動けなかった。
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『久しぶり』
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悠真からの短いメッセージ。
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それに返した『お久しぶりです』から数時間。
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それ以上、何もない。
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時間は進んでいるはずなのに、
その一文だけが宙に浮いたままだった。
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返信を待つという行為は、
思っていたより重い。
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昔は気軽だった。
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来れば嬉しい。
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来なければそれだけ。
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でも今は違う。
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来るか来ないかで、
心の形が変わってしまう。
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あすかは画面を何度も開く。
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新しい通知はない。
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分かっているのに確認してしまう。
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それを何度も繰り返す。
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夜は深くなる。
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時計の音だけが部屋にある。
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静かすぎる。
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その静けさの中で、
考えたくないことまで浮かんでくる。
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もしかして。
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もう終わっているのではないか。
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あの時の「距離を置く」という言葉は、
そのまま終わりの言い換えだったのではないか。
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そう思った瞬間、
胸の奥が冷たくなる。
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でもすぐに否定する。
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違う。
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まだ終わっていない。
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そう信じたいだけかもしれない。
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それでも信じるしかなかった。
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翌日。
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仕事はいつも通り進む。
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表面上は何も変わらない。
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でも集中が途切れる。
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小さなミス。
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ため息。
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それを繰り返す。
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同僚に軽く声をかけられる。
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「大丈夫?」
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「大丈夫です」
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そう答えることだけが上手くなっていく。
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夜。
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「人生の交差点」
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扉を開ける。
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カラン。
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マスターはすぐに気づく。
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「眠れてない顔だね」
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あすかは少し笑う。
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「そんなに分かります?」
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「分かる」
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席に座る。
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グラスが置かれる。
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少しだけ苦い香り。
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今の気分に合っている気がした。
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悠真はまだ来ていない。
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それでも今日は前ほど不安ではなかった。
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不思議なことに。
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“来ないかもしれない”という想像に慣れ始めていた。
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そのことが少し怖かった。
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扉が開く。
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カラン。
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心臓が跳ねる。
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反射的に顔を上げる。
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でも違った。
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知らない客だった。
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あすかは静かに視線を戻す。
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その一瞬の反応が、
自分でも分かるほどだった。
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マスターが小さく笑う。
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「分かりやすいね」
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「……何がですか」
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「待ってる人がいる顔」
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否定できなかった。
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時間が過ぎる。
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悠真は来ない。
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連絡もない。
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ただ夜だけが進んでいく。
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帰り道。
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あすかはスマートフォンを開く。
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何もない。
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分かっている。
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でも見てしまう。
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駅のホーム。
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電車を待つ間、
人が流れていく。
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その中で、
ふと視線を上げる。
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一瞬だけ。
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遠くの改札に、
似た背中が見えた気がした。
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心臓が跳ねる。
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でもすぐに違うと分かる。
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他人だった。
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それでも、
しばらく目が離せなかった。
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電車が来る。
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ドアが開く。
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あすかは乗り込む。
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扉が閉まる。
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また静かになる。
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恋は、
終わった瞬間よりも、
終わりかけている時間の方が長い。
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そしてその時間は、
人を少しずつ変えていく。
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あすかは窓に映る自分を見る。
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少しだけ疲れた顔。
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でもまだ、
どこかで待っている顔だった。
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秋の夜は深くなる。
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そしてあすかの夜も、
まだ終わらないまま続いていた。
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第4章 第3話「すれ違いの始まり」へ続く




