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あすかの幸せについて  作者: こうた
第2章 はじまりの気配を感じる春

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第7話 沈黙が増えていく関係

春の夜は、静かになるほど音が増える。


遠くの車の走行音。

誰かの笑い声。

閉店準備の金属音。


それらが、やけに鮮明に届く夜だった。



---


あすかは駅からの道を歩きながら、少しだけ考えていた。


最近、悠真と会話する時間が増えた。


それ自体は悪くない。


むしろ、楽しいとすら思う。



---


でも、その“楽しい”が問題だった。



---


楽しい時間は、終わると少しだけ空白を残す。


その空白が、最近は少しずつ大きくなっている気がする。



---


「人生の交差点」


見慣れた灯り。


扉の前であすかは一瞬だけ立ち止まる。



---


今日は悠真がいるだろうか。


その考えが、もう自然になっていることに気づく。



---


扉を開ける。


カラン。



---


「いらっしゃい、あすかさん」


マスターの声。


その瞬間、少しだけ安心する。



---


悠真はいた。



---


その事実に、あすかは自分でも驚くほど反応してしまう。



---


席に座る。


悠真が軽く手を上げる。


「こんばんは」


「こんばんは」



---


以前より、言葉が自然になっている。


でも同時に、どこか慎重さも残っている。



---


マスターはいつも通りグラスを置く。


何も言わない。


ただ、少しだけ空気を見ているようだった。



---


「今日、遅かったですね」


あすかが言う。


「仕事でちょっと」


悠真は短く答える。



---


会話は続く。


でも以前より、少しだけテンポが遅い。



---


あすかは気づく。



---


最初は、もっと軽かった。


言葉も、空気も、距離も。



---


でも今は、少しだけ慎重になっている。



---


「なんかさ」


悠真が言う。


「最近、話すのゆっくりになってません?」



---


あすかは一瞬固まる。



---


「そうですか?」


「うん。前より考えて話してる感じ」



---


その指摘は、少しだけ痛い。



---


確かにそうかもしれない。



---


最初は何も考えずに話していた。


でも今は違う。



---


言葉を選んでいる。


距離を測っている。



---


それは悪いことではないはずなのに、少しだけ息苦しい。



---


「あすかさんってさ」


悠真が続ける。


「ちゃんとしてるよね」



---


その言葉に、胸が少しだけ冷える。



---


ちゃんとしてる。


それは昔から言われてきた言葉だった。



---


でもその言葉の裏には、いつも少しだけ距離があった。



---


「それ、褒めてます?」


あすかは少しだけ笑う。



---


悠真も笑う。


「うん、でもちょっとだけ壁も感じる」



---


その一言が、静かに刺さる。



---


壁。



---


自分は、まだ壁を作っているのだろうか。



---


マスターは何も言わない。


ただ静かにグラスを拭いている。



---


その沈黙が、少しだけ痛い。



---


「壁、って」


あすかはゆっくり言う。


「そんなつもりはないんですけど」



---


悠真は少しだけうなずく。


「うん、無意識なんだと思う」



---


無意識。


その言葉が一番怖い。



---


自分で気づかないまま、人と距離を作っている。



---


「でもさ」


悠真が続ける。


「それって悪いことじゃないと思う」



---


あすかは顔を上げる。



---


「どうしてですか」



---


「壊れないようにしてるだけでしょ」



---


その言葉に、少しだけ呼吸が止まる。



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壊れないように。



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その通りだった。



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人と近づきすぎて壊れるのが怖い。


だから距離を取る。



---


それはずっと続けてきたことだった。



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でも今は、その距離が少しだけ苦しい。



---


「でも、それだと」


あすかは言葉を探す。



---


「近づけないですよね」



---


悠真は少しだけ黙る。



---


「そうかもね」



---


その曖昧な肯定が、現実的だった。



---


店の音楽が小さく流れる。



---


その中で、時間だけが進んでいく。



---


帰り際。


悠真が立ち上がる。


「あすかさん」


「はい」



---


少しだけ間がある。



---


「また来るけど、無理に合わせなくていいから」



---


その言葉に、あすかは少しだけ驚く。



---


期待でもなく、距離でもなく。



---


ただの確認。



---


「……分かりました」


そう答える。



---


扉が閉まる。


カラン。



---


その音のあと、店の静けさが少し変わる。



---


マスターがぽつりと言う。


「優しいね、あの人」



---


あすかはすぐに答えられない。



---


優しさなのか、距離なのか。


まだ分からない。



---


ただ一つだけ分かるのは、


この関係はもう“軽いもの”ではなくなっているということだった。



---


外に出る。


春の風はやわらかい。



---


あすかは歩きながら思う。



---


沈黙が増える関係は、終わりに向かっているのか。


それとも始まりに向かっているのか。



---


その答えは、まだどこにもなかった。

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