優花里の涙!?
その日は休み時間になるたび、鏡子ちゃんがすぐに私の席にやってきた。
それどころか、どこに行くにもわたしの影のように付いてくる。
もちろんトイレにも。でも鏡子ちゃん、お願いだから、常に個室の隣同士はちょっと一部屋空けようよ、わたし気になって出ないよ……
昼休みもいつもなら中庭で食べたりするんだけど、今日はなぜか鏡子ちゃんが「教室がいい」と言い張った。 教室なら安心だって言うけど、一体何から!?
いや、流石の優花里先輩でも、お礼参りに教室まで来たりはしないんじゃ…ないかな?うん、 たぶん。
ただ、体育の授業中に運動場の反対側で優花里先輩を見かけたときは、視線がレーザービームみたいに飛んできて怖かったけどね。
もう茜も呆れたのか何も言わなくなってるし、クラスのみんなも、常にわたしに蛇のごとく腕に絡みついている鏡子ちゃんが背景みたいに思えてきたらしい。
いや、美人の鏡子ちゃんの背景がわたしか……そうだよね、うん。
そして、放課後。
当たり前のように教室から昇降口、下駄箱まで常に腕を絡んでくる。
もうわたしの腕、鏡子ちゃんの腕の形にあざになってるかも。
腕を絡めたまま校舎を出ようとした瞬間、またしても…
「うわ、優花里先輩だ!」
待ち構えていたの? 朝にあれだけ拒否られたにも関わらず、先輩はまた声をかけてきた。
「美山さん、ちょっといいかしら?」
「は、はい……」
「伊藤先輩!」
鏡子ちゃんがすかさず牽制する。すると、朝とは違い、優花里先輩は今にも泣き出しそうな悲しい顔をした。
「……どうしても、ダメなのかしら?」
「それなら、今ここでお話しされてもいいですよね?」
「そ、それは……」
鏡子ちゃんの追及は止まらない。
「これまで関わりがなかったのに、一対一でないとお話しできない内容って、一体何があるのでしょうか?」
「……」
あー、怖い先輩で私は苦手だけど、目に見えて萎れていく先輩を見ていたら、なんだかちょっと可哀想になってきたよ。
「鏡子ちゃん、ちょっとだけ、ちょっとだけならいいんじゃないかな……?」
「だめよ! サキちゃん。今は風紀に関係ないし、これまで何もなかったのに。サキちゃんも『怒られて苦手で怖い』って言ってたよね?」
(うわーー! それ今本人の前で言いますかー!? やめてー! 鏡子様ー!)
「そ、そうだけど……その時はまあ、注意されることがあったから……じゃあ、鏡子ちゃんが見える範囲で、10メートルくらい離れて話をするならいいんじゃないの……?」
わたしの提案に、優花里先輩の表情がパッと明るくなった。
「……じゃあ、それなら。電車の時間もあるので、手短にお願いしますね」
「分かったわ、ありがとう」
鏡子ちゃんと10メートルほど距離を取り、ようやく先輩と二人きりになる。
「あ、あの…美山さん……」
「は、はい……」
「あなたに、お礼と……お話がしたくて……」
「はい? お礼? はぁ……」
すると、さっきまでの威厳はどこへやら。先輩は顔を真っ赤にして、急にもじもじし始めた。
え、なにこれ?なんかこの人可愛いかも。
「私は実は……こ……あ……」
「こ?あ?」
「……ごめんなさい! やっぱりいいわ! 呼び止めてごめんなさいね!」
先輩は一気にわたしに背を向けると、全速力で校門の方へ走っていってしまった。
「……何だったんだろ、今の」
呆然としていると、すぐに鏡子ちゃんが走ってきて、またわたしの腕にギュッとしがみついた。
「サキちゃん!」
「わわ、鏡子ちゃん、なんか朝よりも体温高くない?」
「サキちゃんは、わたしだけの……」
「え? なにって?」
「ううん! 何でもない! 帰ろ! ねえ、駅のボクドナルド行かない?」
「いいねー! 行こ行こ!」
鏡子ちゃんに手を引かれながら駅へ向かう。でも、少しだけ心の中に優花里先輩の悲しそうな顔が棘の様に引っかかっていた。あの人もあんな顔をするんだな。それにしても、どうしてわたしだったんだろう?
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もう、どうして! どうしてあそこで、わたしが『コアラっ子』だと名乗れなかったの?
一人、自室のベッドに突っ伏して、わたしは自分自身の意気地なさに絶望していた。
もし、あの場でわたしが『コアラっ子』だと打ち明けて、もしそれで彼女に「風紀委員長がネットでレスバなんて」と幻滅されたら? あるいは、正体がバレたことでブロックされてしまったら?
……そんなことになったら、わたしの人生にはもう何も楽しみがなくなってしまう…
私は、サキさんのおかげで勉強以外の趣味を持つことができた。
朝から晩まで、教科書と参考書の文字を追うだけの灰色だったわたしの日常に、『アニメ』という鮮やかな色彩を与えてくれたのは、他ならぬ彼女だった。
だからこそ、本当の自分を明かすのが怖い。
私はもともと人付き合いが苦手で、酷い人見知りだ。緊張するとつい言葉が硬くなり、愛想が悪くなってしまう。だから、傷つきたくなくて、あまり人と話さないように努めてきた。
それなのに、周囲は勝手に私を「クールビューティー」だなんて呼び始め、余計に私に話しかける人はいなくなってしまった。
私だって…私だって!サキさんと面と向かってアニメの話をしてみたい。
「あそこのシーン、最高でしたね」と、一人のファンとして笑い合いたい。
でも、いざ彼女を前にすると、どう接していいか分からず「風紀委員長」の仮面を被って、厳しく接することしかできなかった。その結果が、彼女からの「苦手で怖い」という言葉…
自業自得だ。でも、あまりに悲しかった。
昨夜、初めてみっきん様からDMが来たとき、私は天にも昇る心地だった。この震えるほどの嬉しさを、感謝を、今日こそ直接彼女に伝えたかったのに。
彼女の友達には警戒され、彼女自身にも怯えられていたなんて。 わたしはただ、彼女と話したくて、きっかけを掴もうと必死だっただけなのに…
その時、手の中でスマホが微かに震えた。
「……あ」
画面に浮かび上がったのは、待ち望んでいたアイコン。みっきん様からのDMだった。
『コアラっ子さん、お疲れ様です。8話は楽しくみんなで語り合いましょうね。楽しみにしてます!』
「……っ」
嬉しい!
この前のDMの内容を、忘れないでいてくれたんだ。 私の不躾なレスバを許し、こうしてまた声をかけてくれる。
「ありがとう……ありがとう、みっきん……サキさん……」
スマホを胸元にぎゅっと握りしめていたら、いつの間にか熱い涙が頬を伝って零れ落ちた。
明日こそは、明日こそはもう少し、優しく微笑むことができるだろうか。
真っ暗な部屋の中で、スマホの明かりだけが、私の涙を静かに照らしていた。
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「『魔法乙女リリー』第8話……最高だったぁ。また感想アップしなきゃ」
自室のベッドで余韻に浸りながら、わたしはスマホを取り出した。
画面を開くと、真っ先に目に入ったのはコアラっ子さんからのDMの返信だった。
「相変わらず文面が固いなー、この人。本当は公務員か何かをしてる堅物さんなのかな〜?」
そんなことを考えつつ、8話の熱い感想を投稿する。すると…
「うわ、コアラっ子さんレス早い! 『今日の内容は感動で泣いてしまいました』か。そうだよねー、わたしもちょっと泣いちゃったよ〜」
しかも、7話の時点でコアラっ子さんが考察していた内容が、ドンピシャで当たっていた。
「うーん、やっぱりこの作品のテーマは『絶望の中での愛』だったんだな。あ、蜜柑ちゃんもレスくれてる。ちゃんとコアラっ子さんへ『自分の考えが間違っていた』って認めてるよ。偉いなー、蜜柑ちゃん」
それに対してコアラっ子さんも、寛大な態度で彼女を許していた。
数日前、あんなに地獄のような炎上レスバを繰り広げていた二人とは思えないほどの浄化っぷりだ。
「わたしのDM、そんなに効いたのかな? よし、二人にもう一度DMを送っておこう」
『二人とも、仲直りできて良かったです! これからも仲良くリリーを応援しましょうね』
そんな軽い気持ちで送ったメッセージだったけれど、またしても即座に返信が届いた。
「うお、またすぐ返信きた! しかもコアラっ子さん、ものすごく感激してる…えっ、そんな感激されるようなこと送ったっけわたし?」
画面越しでも伝わってくる、コアラっ子さんの異常なまでの熱量。
「まあ、喜んでくれてるなら良かったよ。また感想を語り合いましょうね、と」
ポチッと送信。すると…
「ひえっ! また即レス! なんでこんなに感激してるの? 逆にちょっと怖いんだけど…まあ、真面目そうな人だし、いつも丁寧にレスくれるから、大切にしなきゃね」
続いて蜜柑ちゃんからも返信が来た。こっちも以前のトゲトゲしさが消えて、穏やかな雰囲気になっている。
「ふぅ…みっきん垢は平和が一番だよ。本当、良かったよ…」
スマホを枕元に置き、大きく背伸びをする。明日もまた学校だけど、あの二人が静かになっただけで、わたしの心はぐっと軽くなっていた。
「じゃあ、そろそろ寝ようかな」
消灯した部屋で、わたしは心地よい眠りに落ちていった。
まさか、あの先輩が自分のDMを読み返して涙を流し、隣の部屋の妹が「全裸待機」を反省して悶々としているとは露知らずに…
ラブコメで必須(?)の鈍感系主人公のサキです。
これから、王道と王道外しを組み入れていきたいと思ってます。




