その油断が死を招くんだよ!!
「ねぇ、鏡子ちゃん。どうして優花里先輩って、あんなにわたしにばっかり絡んでくるのかなぁ……」
昼休み、いつもの中庭のベンチ。お弁当を広げながら、わたしは深いため息をついた。
午前中の休み時間にも、廊下ですれ違っただけで「名札の角度が1度ズレています。やり直しなさい」と呼び止められたのだ。
「わたし、そんなに目をつけられるような悪いことしてるかな〜? 確かにちょっとおっちょこちょいだけど……やだよ〜もう」
わたしのぼやきを聞きながら、鏡子ちゃんが卵焼きを口に運ぶ動きを止めた。
その大きく黒目がちな瞳が、一瞬だけ鋭く細められる。
鏡子ちゃんは知っていたのだ。優花里先輩がわたしに向ける、あの冷徹な仮面の裏に隠された「異常なまでの熱量」を。同じヤンデレ気質だからこそ、鏡子ちゃんのセンサーはビンビンに反応していた。
「……サキちゃん。それはたぶん、先輩がサキちゃんに執着してるからだよ」
「えっ、執着!? 朝も言ってたよね?それってわたしが嫌われてるってこと!?」
「ううん、そういう意味じゃなくて……とにかく、サキちゃんは優花里先輩にこれ以上近づいちゃダメ。いい? 約束だよ」
鏡子ちゃんの声は、いつになく真剣だった。 わたしは慌てて首を振る。
「わ、分かってるって! あんな怖い人、自分から近づくわけないよ。鏡子ちゃんは心配性だなぁ」
「……心配だよ。サキちゃんは無自覚なんだから」
そう言うと、鏡子ちゃんは、
「これからは移動教室もトイレも、全部わたしが一緒について行くからね」
と宣言し、わたしの腕にぎゅっとしがみついてきた。
そのあとは校門から教室まで、文字通りぴったりと密着してきた。
まあ、こんな美少女に密着されて嫌なわけがないので、わたしの目尻は下がりっぱなしだけど。
大きなお胸も当たってるし。へへへ……(オヤジか!)
そんなわたしたちの様子を、横でサンドイッチを頬張っていた茜がジト目で見つめていた。
「なぁ。優花里先輩も大概絡んできてるけどさ、これじゃ鏡子の方がサキのストーカーになってるんじゃねーの?」
その瞬間。 鏡子ちゃんが、ゆっくりと茜の方へ首を向けた。その瞳からは完全に光が消え、底冷えするような冷気が放たれている。
「茜ちゃん。今、なんて言ったの?」
「ひ、ひぃっ!? ご、ごめん! 冗談だって! わたしが悪かった! 謝るからその顔やめて!!」
脳筋の茜ですら本能的な恐怖を感じたのか、手に持っていたサンドイッチを落としそうになりながら全力で謝罪した。
わたしからは見えなかったんだけど、鏡子ちゃんの怖い顔って、どんなのだろ?
「ねえ、ねえ、鏡子ちゃん」
くるっとこちらを向くと満面の笑みの鏡子ちゃん。
「なあに?サキ」
ほらぁ、見惚れるような美少女の笑顔じゃん!茜ビビりすぎだよ。
「もう、二人とも仲良くしてよー。あ、そうだった、そうだった……」
騒がしい二人を横目に、わたしはふと思い出してスマホを取り出した。
こっそり「みっきん」のアカウントを開くと、通知欄が真っ赤に燃えていた。
おいおい……まってこれ……
『蜜柑ちゃん:愛なんて曖昧な言葉で片付けないでください! リリーの行動は論理的な決意の結果です!』
『コアラっ子:論理? 愛こそが最大の論理であり、宇宙の真理です。蜜柑様の仰ることはあまりに低俗で……』
「……うわぁ。まだ続いてるよ……わたしの垢なのに、本人置いてきぼりだよ……」
昨夜から続く、蜜柑ちゃんとコアラっ子さんのレスバ。リプライ欄はもはや二人の哲学論争の場と化し、他のフォロワーたちが遠巻きに「これ大丈夫か?」「通報されるんじゃ……」とザワついている。
(冷や汗が出るよ…これ以上酷くなったら、私のアカウントまで凍結されちゃうかも……せっかくここまでフォロワーさん増やしたのに……)
まさか自分の隣にいる親友(鏡子)が独占欲を爆発させ、自分の妹(美嘉)と学校の苦手な怖い先輩(優花里)がネットで泥沼の喧嘩をしているなんて、わたしには全く思いもよらなかったのです。
わたしはスマホの画面をそっと消し、「平和が一番だよねぇ……わたしが入って収めた方が…いや、でも、もっと炎上するのかな…もうこれって放置プレイしかないのかな〜」などと遠い目をしながら、鏡子ちゃんに食べさせてもらった卵焼きを咀嚼するしかありませんでした。
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閑話休題、放課後の生徒会室。
西日が差し込む静かな部屋の中で、カタカタと激しいフリック入力の音だけが響いていた。
「……伊藤さん。そろそろその、取り憑かれたようにスマホを睨むのをやめたらどうかしら」
生徒会長の鈴木美雪が、呆れたように、けれどどこか心配そうに声をかけた。
視線の先にいるのは、校内一の美人として名高い風紀委員長、伊藤優花里だ。
しかし、今の彼女にいつもの気高さはない。美しい顔には、はっきりと分かるほど色濃い隈が刻まれていた。
「……まだです。まだ、終わってないのよ」
優花里は顔を上げることなく、震える指先で画面を叩き続けている。
彼女は本来、学年一の成績を誇る超優等生だ。そのため、授業中こそ「蜜柑ちゃん」への武士の情けのようにスマホを封印していたが、その反動は凄まじかった。
休み時間、そしてこの放課後。彼女のすべては「蜜柑ちゃん」への反論に注ぎ込まれていた。
(みっきん様の解釈を……あのような短絡的な理屈で汚されるわけにはいかないのです……!)
負けず嫌いの性格が完全に裏目に出ていた。
本当は、休み時間ごとに1年生のフロアまで降りて、サキ(みっきん様)の生存確認をするのが彼女の日課だった。
ただ、生存確認で済めばいいのだが、基本的に人見知りで人との距離感や声の掛け方を知らないため、優花里は風紀委員長という立場柄、サキへの服装などへの注意という形で声をかける事となり、その結果、サキに怖がられ、煙たがられていることは彼女は知る由もなかった。
しかし、今日はその余裕すらない。
「そんなに必死になって、一体何を……。あなた、中学の頃からストイックだったけれど、ここまで何かに熱中している姿は初めて見るわ」
美雪は少しだけ胸をざわつかせながら、優花里の隣に腰を下ろした。 美雪は中学時代から優花里のストイックさと美貌に惹かれていた。自分と同じく、孤高の美人として並び立つ彼女のことが好きだった。
だからこそ、今の優花里の様子が、何かに「恋をしている」かのように見えて気が気ではないのだ。
「……ねえ、相手は、誰なの?」
「……『蜜柑』。恐ろしく話の通じない、低俗な相手なのよ…っ!」
「蜜柑? ……果物? それとも、誰かのあだ名?」
まさかそれがサキの妹だとも知らず、美雪は困惑する。
優花里の熱を帯びた瞳。必死な形相。 美雪は、優花里がこれほどまでに感情を剥き出しにする相手がいるという事実に、微かな、けれど確かな嫉妬の火が灯るのを感じていた。
(伊藤さんをここまで変えてしまうなんて……その『ミカン』という人物、ただ者ではないようね…まさか痴話喧嘩?!男性?女性?気になるわ……)
美雪の冷ややかな視線が、優花里のスマホ越しに見えない敵へと向けられた。
一方その頃、わたしは、「ふぇっくしゅ! ……なんか誰かに噂されてる?」 鏡子ちゃんにぴったりと抱きつかれたまま、校門を出たところで大きなくしゃみをしていた。
「きょ、鏡子ちゃん、校門を出たらもう伊藤先輩は大丈夫だと思うんだけど……そんなにぎゅっと腕を絡めなくても」
「サキちゃん!その油断が死を招くんだよ!壁に耳あり障子に目ありだよ!どこで見張ってるか分からないから」
「し、死って……リリーの世界線じゃないんだし……」
結局駅を降りて家の前で別れるまで、鏡子ちゃんはずっとわたしの腕に絡みついていたのでした。
鏡子ちゃんの茜に向けた怖い顔、わたしも自分で書いておきながら想像がつきません(笑)




