1.「約束」のはじまり
雨は好きだ。
しとしとと降る雨だれの音を聞いてると心が落ち着く。
雨は好きだ。
窓ガラスに当たった雨粒が流れ落ちると、全てが流れていくように見えるから。
雨は好きだ。
閉じ込められた空間に、まるで僕たちしかいないように思えるから。
だから、雨が好きだ。
*
「げ、降ってきた。」
「え、俺、傘持ってきてない。誰か持ってる奴いない?」
「わー、俺入れて行って。」
HRも終わってちょうど下校時刻に差し掛かったタイミングで空から雨が降ってきた。
まだパラパラと降っている雨も、黒く厚い雲が広がる空模様を見れば、これから雨足は強くなっていくだろうと予想できた。
クラスの大半は天気予報でも確認してきたのか、傘持ち、もしくは折りたたみ傘を持っているようでそこかしこで帰りの同伴者を募る風景が見られた。
この機会に、と目当ての女子に言い寄って断られて撃沈している男子もいるが、概ねOKの返事をもらえたのか、教室の中はワイワイと楽し気な雰囲気が漂っていた。
「大礼、帰ろうぜ。」
掛けられた声に振り返れば、そこには幼馴染の姿。今日は元々部活の休養日でバレー部の周は制服のまま鞄を持って立っていた。バレー部所属という事から分かるように、周の身長は190に届こうかというほど高身長だ。
「うん、今行く。」
机の中に物がないか軽く確認してから席を立つ。忘れ物チェックではないけれど、毎日のルーティーンになっているからしょうがない。
家も近くで幼稚園からずっと同じ学校に通ってきた。中学でもバレー部だった周はその身長から繰り出されるスパイクに定評があって、バレー強豪校からスカウトが来ていた。
しかし、周りのみんながどんなに進めても、周はそのスカウトを断った。
家から離れたその高校に通うには寮に入らなければならないと聞いたからだ。
「いいの、周?みんなあっちに行った方が良いって言ってたよ。」
「大礼までそんな事言うのかよ。俺、一人ぼっちになっちゃうじゃんよ。」
お道化たようにそう言って笑った周の本心は分からなかったけれど、周が寂しがり屋だっていうのは本当だ。小さな頃からお互いの家に寝泊まりして同じベッドで眠った。暗闇が怖いって泣いて僕の布団に潜り込んできたのは周だったし、いつも僕と一緒がいいって言っていたのも周の方だった。
見た目小柄で凡庸な僕が出来の良い周から頼られるのは正直気分が良かった。それが何処か刷り込みのようなものであったとしても。
周には要さんという5つ年上の兄がいて、近いとは言えない年齢差からか要さんに対して何処か遠慮がちな所があった。要さんもまた文武両道を地でいく人で、彼は勉強だけでなく、陸上競技でも素晴らしい成績を残していた。
周は、そんな兄の存在にほんの少し劣等感を持っていたのかも知れない。要さんが高校進学と同時に陸上に力を入れている進学校へ進むために家を出て寮で暮らすと決まった時どこかホッとしていたようにも見えた。
だから、周が同じように高校からスカウトを受けた時、周囲は兄と同じようにバレー強豪校へ進むと思っていたし、大礼もまたそう思っていた。
スカウトを断ったと聞いて会いに行った時も理由はきっと「一人ぼっち」だけじゃないんだろうと思ったけれど、そんな周の心の奥まで踏み込んでいいとは思えず、僕は曖昧に微笑んで頷いただけだった。
ただ、周が自分と一緒の高校へ進むつもりだと言っていたので、行こうと思っていた所よりも2つほどレベルの高い、バレー部が割と強い高校へ志望を変えた。
それが自分の義務であり責任だと思ったからだ。




