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完治した品行方正な退魔士は鳥にむさぼられる死に様を望んだのか?

作者: 北見晶


-ーあなたは何を求めたのですか?

 答えの返らぬ問いかけを小さな胸に抱き、浅井(あさい)満生(みき)は今日も丘に向かい、手を合わせる。

 三年前、この場所で亡くなった白神(しらかみ)輝明(てるあき)に向けて。



 白神輝明。

 退魔士の総本山を取り仕切る白神一族宗家(そうけ)の次期当主で、退魔士随一の実力を持ち、浄化した怨霊や化生の類いは数知れず。


 だから彼が深傷を負って満生の元に現れた瞬間、目を疑った。何せ神か閻魔と闘っても勝てそうな実力者が、おびただしい血を流し、虫の息であったから。

 脳味噌をかき回された状態に陥りながらも、満生は使える内最高の治癒術をかけた。対象者の新陳代謝を促成するものではなく、空気中の“気”を集束させて相手を癒すものだ。

-ー正直出たとこ勝負であったが、どうにか傷が塞がった輝明を背負い、本家に向かった。術をかけ続けながら。


 本家にいた当主と奥方に伝えたところ、即座に高位の治癒術を使える者たちが集まり、彼らによって輝明は一命を取り留めた。



 数日後……自宅で攻撃術の特訓に励んでいたところ、白神家次期当主が訪問し、わざわざお礼を言ってきた。

 恐縮しているところに、彼はこのような質問をしてきた。

 いい痛み止めはないか、と。

 生憎満生は薬の調合はできないし、そのようなものもない。正直に伝えたら去っていった。

 悪いことをしたかと罪の意識がよぎったが、下手にウソはつけないと無理矢理ねじ伏せ、その夜床に着いた。


 

 翌朝-ー予想の範疇を越えるどころか天地がひっくり返ったに等しき情報が入った。

 輝明が死んだ、と。

 第一発見者によると、丘の方で鳥たちがやたらにぎやかなので行ってみたら、横たわっていた輝明に群がっていたのだとか。それも、肉をついばんだ状態で。

 只事ではないと思い、他の者を呼んだ上で鷹やら鷲やらの猛禽類を掻き分けながら見たら、すでに顔やら腹やらが食い荒らされた輝明の亡骸があらわになったのだとか。

 白神一族の宗家の血を引き、しかも次期当主が猟奇的な最期を遂げたとあって、里どころか同業者たちにも激震が走った。もっとも、輝明に生命を失わせる損傷を見舞った化け物は倒されたらしいという知らせも得たが、意味がないも同然。

 もし異変に気づいていたら……

 後悔で満生の目の前が真っ暗になった。



 輝明の葬儀には、弔い部屋が満杯になるぐらい客が訪れた。粛々と儀式が進む最中、不意に表から扉が開かれた。

 入ってきた人物に、一同目を剥く。

 白神(しらかみ)灯路(とうじ)

 輝明の兄で、本来なら次期当主となる男であったが、粗暴な性格故に勘当同然の扱いを受けている危険人物。


「一体何しに来た!?」

 白神家当主-ー実の父親が声を荒らげても、灯路はどこ吹く風。棺に近づくと、右足を持ち上げた。

 

 そして……蹴りを繰り出す。

 

 諺で“死者に鞭打つ”なんてあるが、似たような冒涜だ。

 あまりにもあまりな出来事に満生含め一同は意思を放棄したが、身内はそうはならない。


「貴様! 何のつもりだ!」

「ちょっと何考えているのよ!」

 この場の主とその伴侶が叫ぶも、無礼者は動じない。


「-ー生命を得たものが自らそれを捨てたからだ。数多の生物は命尽きるまで生きる権利と義務がある」

 言うなり、弟の軀が納められし(つい)(しとね)を持ち上げる。


「や! やめろ貴様! 何をする気だ!」

「ひっ……」

 怒鳴りながらも当主の足裏は床から離れないし、奥方はへたり込んでいる。

 タチの悪い劇を見ている感覚で、満生は眼前のやり取りを両眼に映していた。


「あ? こいつは鳥葬を望んでいたんだろ? だから望み通りにしてやるんだよ」

 チョウソウ。

 満生には初耳の言葉である。

 気がついたら、右手が挙がっていた。


「あの、“チョウソウ”ってなんですか?」


 直後、場が一気にざわついた。

 一秒前の自分を殴り付けたい衝動に駆られるが-ー

「“鳥葬”は“鳥が葬る”という意味だ。死体を鳥に食わせることで、魂が天に向かうと言われている」

「なるほど~」

 間抜けな相槌を打ち、満生は納得する


「そんなことが許されるわけないだろうが!!」

「そうよそうよ! 輝明は先祖代々伝わるお墓に納めるって決まっているんだから!!」

 両親の気持ちもわかるが、ふと疑問がわいた。

「あの……つまり輝明様の遺体にたまたま鳥が来たんじゃなくて、何らかのやつをやって、鳥を呼び寄せたってことですか?」

「ああ、それらしいモンも見つかったからな」

 一体何か気になったが、周りの空気が訊くのを許してくれない。


 事は済んだ、とばかりに出入口に進む灯路。

「-ーどこにいくつもりだ」

「鳥ヶ原」

 地獄の底から這い出る如し語調で問う父に、短く応える息子。


 当主が突進するより早く、はみ出し者は外に出ていた。弟の亡骸を抱えて。



 時は現在-ー

 自宅に帰ろうとした満生は踵を返したが、不意に思い出した。

 

 臭い。


 輝明をおぶったとき、彼自身から溢れた血の他に、死人のそれをはるかに凝縮した風情の嗅覚刺激物が鼻孔に流れ込んだのだ。一歩間違えればえずく域の。

 後から知ったのは、次期当主を半死半生に合わせた化け物は死霊の集合体で、はみ出し者が屠ったそうだ。


 満生は肌が粟立つのを自覚した。

 彼女は輝明じゃないから、何があったかもわからないし、ましてや胸裏も読めないし霊も呼び出せない。

 だが、様々な要素を組み合わせると、原因がそこにあるとしか思えなくなる。

 頭を振って説を消そうとしても至難の業だし、かきむしっても無駄なだけ。


 彼女を嘲笑うつもりはなかろうが、ふと、日が陰った。

 空を見上げると、カラスが堂々と飛んでいる。

 つつかれるとまでは導かなかったが、心模様は曇ってしまう。同じ鳥でもハトやスズメなら温かな気分になれるのだが。


 足早にその場を立ち去る満生だが、頭をかすめた記憶があった。

 鳥ヶ原。

 輝明の鳥葬のため、灯路が向かった場所。


-ー葬儀に乱入して弟の魂なき肉の器を手にした兄は、追っ手を蹴散らして目的を果たした。当主の命を受けた退魔士たちが集団で阻止を試みたが、返り討ちに遭い、やむなく断念したそうだ。

 何せ相手は逡巡(しゅんじゅん)ゼロの男。輝明の遺骸に無体な蛮行をする可能性もあったために。

 満生は治癒に明け暮れたわけだが、その最中、当主の配下となった者同士で、死の直前と判じられる次期当主の様子について花を咲かせていたのだ。まるで、お菓子を食べる子供そのままに。


 あの瞬間、閃いたのだ。


 もしかしたら、輝明の逝去を誰よりも真剣に思考を巡らせたのは灯路かもしれない。

 満生は己を鼓舞する如くうなずく。何をすべきかは決まった。


 

 鳥ヶ原に行くまでには、バスで一時間ほどかかった。身体強化の術で足腰を強化して走って時間短縮なんて手もあるが、満生は使えない。

 てっきり、あちこちに死体が転がり、鳥がむさぼっていると思い込んでいたが、ごく普通ののどかな村だ。偏見に凝り固まっていた自らに赤面する。


 村人らしき老婆に葬儀場を尋ねると、奥の方に案内される。なんでも死体を置く台があるそうだ。

 地面が剥き出しになった一本道を進んでいく。つい鼻をヒクヒクさせてみたが、生肉や血さらに腐肉らしき臭いは漂ってこない。

 本当にこの先にあるのだろうか……

 案内役の後頭部を凝視し、疑問をぶつけたくなるのをこらえる。


 そして-ー老婆は足を止めた。

「ここだよ」

 しわがれた声を出し、余所者を見る。

「ありがとうございます」

 満生は礼を述べた。

 若夫婦なら住めそうな建物の隣には、そこそこ広い土地が膝までの柵で囲まれている。中には石造りの卓を彷彿とさせる台が二つ離れて鎮座していた。

 中に入ってもいいですか?

 そう口から出かけたが、即座に引っ込む。


 灯路が、灯路がいたのだ。


 おそらくそちらで弔いの儀を執り行ったのだろう。満生から見て右側の台をまばたきせずに捉えている。

 なぜ断言できるか。ややそれているものの、彼は出入り口側に顔を向ける形で双眸を固定しているため、訪問者もそうと悟ったのだ。


 不意に、顔が上を向く。

「おや、入らなくていいのかい?」

 老婆の呼びかけはやたらと大きい。満生は無意識の内に心臓付近を押さえていた。

「は、はい」

 慌てて満生は来た道を戻る。案内役を急かして。



-ー正直言うと、訊きたいことはいろいろあった。

 小さい頃どんな風に過ごしたのかとか、何回ぐらい来たことがあるのか、自分を恨んでいないのかどうかとか……

 だが、やめておいた。

 灯路()が天に向けていた眼差し。あれはまさしく輝明()への追福。邪魔するほど満生は野暮じゃないから。




 


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