『Hell side 6-5 吸って吐いて』
『Hell side 6-5 吸って吐いて』
「ねえ、パパ、今日学校でね……」
「ねえ、パパ、次の発表会で弾く曲なんだと思う?」
「パパの作るラーメンの方がお店より美味しい」
「ママは天国で安心してるよ、パパがいれば大丈夫って」
「じゃ、行ってきます。お仕事頑張ってね」
『何でかな……』
何であの時、娘を一言呼び止めて、『忘れ物ないか?』と声を掛けなかったんだろう。天気の話だっていい。ひょっとしたら、実際に忘れ物があって、用意したかもしれない。天気に合わせて、着るものを変えたかもしれない。声を掛けるだけで、娘と別の世界を生きていたかもしれない。
襲いかかる後悔と理不尽にナイスガイは勝てなかった。
相手に危険運転致死傷罪が適用される前に、娘を奪われた内菅井力士は容疑者を殺していた。内菅井力士は殺人者である。
『俺は、妻も、娘も守れなかった』
事件の性質上、ナイスガイこと、内菅井力士は殺人罪として10年の懲役に服し、7年の服役後、模範囚として仮釈放を経て物流会社へ就職。保護観察下、納品ドライバーとしてエキナに出入していたところを、死節者となっていた。
『誰も傷つけさせたくない』
自分が最強であることで他者を無敵にする。言葉にしてはいないが、「ナイスガイ」と「黒帯」が形成された原理である。
『俺はもっと上手くやれたはず……うううぐっ』
「ぐぐぐぐぐぬぅぅぅ??なぁんでぇぇ、しびれとるんかぁぁああいいあっ!!!」
ナイスガイが帰って来た。
「また事故ってたんだよ、椅子返しておくれ」
H2Bがパイプ椅子に座る。
「あいつ(ゼロ)の力、わかったろ?頼むよ、動けないからね、私」そう言って、H2Bはパイプ椅子に背もたれたまま気を失った。
ナイスガイは頷いて舞台で臭がるゼロを確認。
「KO拳──」と小さく呟き、「5兆倍!!」と叫んだ。
あの神話、あの技への敬意である。
ゼロの顔面に直接ヒットするナイスガイの拳。ゼロの頭部が飛び散る。頭部が無いままナイスガイの拳手首を掴んで背負い投げ。ナイスガイは投げられながら体を翻して着地する。互いに手首を持って正面対峙。散らばったゼロ頭部が元に戻る。
ゼロは崩れるが分解までに至らない。
「意識かたいね」
「お褒め頂き光栄です。あなたの力も頂きます」
そう言って、ゼロは掴んだ手首に伝わって、自身をナイスガイに被せて覆う。落ちた視力に頼らぬ戦術。
「吸収男児」
と言ってゼロはナイスガイを取り込みに入る。
虎太郎の演目が変わる。8つの演奏会用エチュード トッカティーナ Op.40-3 響く低音。体幹体力耐久HPにバフが掛かる。虎太郎の演奏が、取り込まれていくナイスガイの身体を強く鼓動させる。
ナイスガイは覆われる間際に大きく吸い込んだ息を吐く。
ゼロが吸い切るのが先か、ナイスガイが吐き切るのが先か。1分2分と時間が過ぎて行く。口の覆いが膨らみ、パワーに勝るナイスガイは覆われた体を動かして、手で膨らみを掴んで引き千切る。胸から下を裂き、ゼロを脱いで、舞台床へと叩き付けた。
⎯⎯ 叩きつけられたゼロは、「黒帯」を持っていた。




