私を楽園へ連れていって
気温が50℃を超えた。
クーラーのガンガンに効いたカフェにあたしたちは避難していた。向かいに座る、付き合いはじめたばかりの彼氏のモーガンに、あたしは言った。
「もう耐えられない! これ以上こんなところにいるのはごめんだわ!」
「俺に文句を言われても困るな」
モーガンは太い眉をハの字にして、馬でもなだめるみたいな手つきをして笑う。
「地球の気候がこうなったのは俺のせいじゃない」
「──ごめんなさい。ついイライラしてしまって……」
不快指数を下げようと、あたしは冷たいコーヒーを一口吸った。顔を上げ、笑おうとして、ため息を吐く。
「ずっと室内にいたら息が詰まっちゃう……。どこかに楽園みたいなところはないのかしら」
「あるぜ」
そう言ってから、モーガンが右手を口にやった、口をすべらせたことを後悔するように。
あたしはそれを聞き逃さなかった。
「あるの? あるなら連れていってよ。あたしを楽園へ連れていって」
「穴場だよ」
周囲に聞かれたらまずいのか、モーガンが声を潜める。
「誰も知らない穴場なんだが……。君にだけ教えるよ、ケイティ」
あたしたちは揃ってカフェを出た。
叱りつけるような太陽が上から刺さってきた。空調服のファンがぎゅんぎゅんと音を立てて回りだす。
あっという間に着てるものの内側が汗でびっしょびしょになる。空調服を着てなかったら体が熱で溶けてしまいそう。
黒光りするスキンヘッドに慌てて帽子をかぶると、モーガンがあたしを先導し、言った。
「早く行こうぜ。憂鬱の惑星を脱出だ」
スポーツカーみたいな黄色い宇宙船は、ちょうど二人乗りだった。
運転席に乗り込むと、モーガンが言う。
「シートベルトをしてくれ。きちんと差し込むんだ。Gが半端ないから、たすき掛けなんかしてたら吹っ飛ばされるぞ」
言われた通り、シートベルトの金具をしっかりと差し込んだ。
HUDに緑色の座標が表示される。その一点を指でクリックすると、モーガンが楽しそうな、でもすごく緊張したみたいな声で、言った。
「いいかい? 一瞬でワープするぞ? しっかり掴まってろ! Here We…… Go!」
物凄い衝撃に意識が飛びかけ、思わず瞑った目を開けたら、あたしの前に楽園が広がっていた。
「ふー……。どうだい?」
隣でモーガンがサムズアップしながら笑う。
「この楽園を君にプレゼントするよ」
宇宙船から出ると、美味しい空気が肺に流れ込んできた。
気温はたぶん23℃ぐらい。
辺りは見渡す限り低い草とおおきな岩だらけで、どこかで水の流れる音がしていた。
「……素敵」
笑顔で透き通った青空や遠くの山を眺め回しながら、あたしは彼に聞いた。
「ところでここ、どこなの?」
「地球から約20光年離れた惑星だよ。俺が発見したんだ。たぶん、誰にもまだ知られていない星さ」
「太古の地球って、こんな感じだったのかしら……」
かわいい小鳥の囀りを聴きながら、あたしはまた聞いた。
「危険な動物とかいるかも……。恐竜とか」
「一応の調査はしたが、少なくともこの周りには大人しい草食動物しかいなかった」
モーガンの言う通り、少し遠くにバンビちゃんみたいな五本脚のかわいい鹿っぽい子が、草を食んでいるのが見えた。背中のあたりが美味しそう。
「それに、もし何かいたとしても、俺は武器を持っている」
そう言うと、モーガンが腕を20倍に膨らませ、ドリルのように回転させて近くの岩を削った。ゴツゴツしていた岩の表面がけたたましい音ともに、あっという間にツルツルした大理石の壁に変わる。
得意そうにあたしを振り返り、モーガンが言った。
「それに君の能力もある」
「……そうね」
あたしは念動力を発動した。
遠くのバンビちゃんを一瞬で食肉に解体すると、空中に浮かせてこちらへ運ぶ。
そのへんの木の枝をバラバラにして地面に置くと、目で睨んで火を点けた。
モーガンが聞く。
「気に入った?」
あたしは即答した。
「もちろんよ! 一緒にここで暮らしましょう」
「よし! 僕らがこの惑星のアダムとイブになろう」
あたしは笑った。
「そんな小説家になろうみたいなこと……」
でもそっちより断然現実的よね。
小説家になろうで小説家になるよりも、遥かに現実的だわ。
この惑星を、あたしたちの子孫で繁栄させるの。
そしていつかは地球のように壊れてしまうだろうけれど──
その時にはどうせあたしたちはこの世にいないし、知ったこっちゃないわ。
「楽園をプレゼントしてくれてありがとう!」
あたしはモーガンに抱きつき、キスをした。