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プロローグ

縦読みアプリの無料回復時間に一時間でも遅れたら損した気になる人がいれば同士

「ウィリアム様が私のことを好きなはずないわ。……だって私は悪役令嬢だもの」


「今晩のレディはひときわ美しい。よくお似合いです」

「ええ! 素敵なドレスをありがとうございます」


「さっきの男は誰ですか」

「さっきの……ああ、ジョンです。父が選んでくれた護衛ですの」

「……貴女のそばに他の男を近づけたくない」

「ウィル様、どうかされました?」

「いいえ、何でもありません。行きましょう」

(何か仰ったように思ったけれど……、気のせいだったかしら)


 ……ウザいウザいウザい!!!!!!

 いい加減にしてほしい。どう考えても相手がアピールしているのを必要以上に否定するのも、美しいのほめ言葉をドレスやアクセサリーのことだと変換するのも、急に耳が遠くなるのも、至近距離でぼそぼそ喋る恋愛対象も全部全部鬱陶しい。

 わたしはイライラしながらスマホをベッドに叩きつける。画面には今読んでいた縦読みコミックが表示されたままだった。


 ウェブコミックの発展はすさまじい。雑誌を買わなくても何週か待てばアプリで無料配信されることも多い。すきま時間を埋めるつもりがついつい時間を忘れてしまうこともある。

 特にフルカラーの縦読みコミックは時間泥棒だ。何千作も配信されていて、二十四時間経てば無料でまた一話読める。だいたい気になるような展開で《つづく》の文字が出てくるし、広告を見れば続きが読めたり、待機時間を減らすアイテムがもらえたりするから乗せられて見てしまう。王様が絶体絶命のパズルゲームも、韓国で話題の痩せる注射も見飽きた。


 そうやって異世界転生や悪役令嬢ものをちまちま読み進めるたびに思う。

 ウザくない!?

 ヒロインは考え無しに行動するし、婚約破棄したはずの王子はなぜか早々によりを戻したがっているのに気づかないし、八方美人に逆ハーレムみたいになるし、秋波には気づかなくて、好意のやりがい搾取はして、結局元さやに戻る。外伝でも脇役たちはなんとなくヒロインを好きなまま。「守れないなら俺があいつをもらう!」なんて戦線布告したりする。


 人気なものにお約束が生まれるのは理解している。時代劇で印籠を持った老人が悪人をやっつけるのもお決まりの流れに沿っていて美しい。もし印籠を忘れるようなエピソードがあれば不完全燃焼だろう。

 テンプレートを踏襲するのは悪くない。ただ、本当に誰もこれを鬱陶しいと思っていないのだろうか。「ウィリアム様が私を好きなはずないわ。……だって私は悪役令嬢だもの」の台詞が12話にも30話にも38話にも44話にもほとんど変わらない形で出てきて、だんだん出現間隔が短くなっているのにも、52話には前半部分と後半部分で二回も出てきたのにもいらつかないのだろうか。本当に?


 だから不健全だとはわかっていてもコメント欄を見てしまう。同士がいないか求めてしまう。そして、目論見は外れるのだ。だからこそお約束は根強い人気に繋がるのだが。

 ようやく見つけた『ヒロインはちゃんと聴力検査に行った方がいいよ』のコメント横のハートを押した。リアクションの数がカウントされてちょうど100になる。でもいいね順に並び替えたときの『これからウィル様がジョンに嫉妬するんだろうな~!ジョンがヒロインにもらったハンカチ使ってるところ早く出くわしてほしい(笑)』のコメント横には6010と表示されていた。


 ウィル様が好きならジョンにハンカチを渡すなよ!と思わず言いたくなる。エンタメのファンタジーだとわかってはいても、量産するようなものではないだろう。一枚のハンカチが原因で人が死にまくる四大悲劇もあるのだから。


 今後はそのハンカチ痴話げんかエピソードに備えなければならない。またフラストレーションが溜まってしまう。それならもう読まなければいいのにとわたしも思う。実際アプリを消したことは一度や二度ではない。つまり二度も三度も再インストールしてしまっている。ここで止めたらなんとなく、これまでの時間が無駄になったような気もするし。


 もしわたしがヒロインの立場だったら、ウィル様とは縁を切るだろう。人間関係も恋愛に発展しそうなやり取りを四方八方行うのは不誠実だと思う。清く正しく美しく生きるべきだ。ドラマティックな展開が畳みかけてこない人生を歩む。

そんな話は決してアプリの人気ランキング上位を占めたり書籍化されたりしない。だから少数派なのだ。テンプレートにはなれない。


 もちろんわたしがヒロインになることはない。明日も元気に仕事へ行く。そのためには睡眠が大切だ。放り投げていたスマホは充電コードにさして、アラームをしかけておく。次回更新分のウィル様が暴走していないことを願いながら目を閉じた。


 そして、目を開けてみるとそこは異世界ファンタジーでした。


《つづく》

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