夢の終点
ヴェルトの中立地域の一軒家は、戦争の終結とともに新たな静けさに包まれていた。赤い土に囲まれたこの家で、アリシアとケインは停戦のニュースを受け入れ、少しずつ未来を考え始めていた。暖炉の火が穏やかに揺れ、窓の外には彦星が赤い空に輝いていた。
その日の午後、家の外に一台の車が止まったかと思うと、聞き慣れた重い足音が響いた。アリシアが窓を覗くと、連邦軍の軍服を着たハーランド少佐が立っていた。背後に兵士はいなく、彼一人でやってきたようだった。ケインがドアを開けると、ハーランドは厳つい顔に微かな笑みを浮かべて入ってきた。
「戦争が終わったな。お前ら、無事に生き延びたようだ。」
アリシアは暖炉のそばに座ったまま、少佐を一瞥した。ケインは少し緊張した様子で彼を迎え入れた。
「少佐、どうしてここに?何か用ですか?」
「ああ、ケイン。お前に話がある。」 ハーランドは椅子を引き、彼の前に座った。
部屋に重い空気が漂った。ハーランドは一呼吸置き、真剣な目でケインを見た。
「戦争が終わった今、少年兵としての役割は終わりだ。だが、連邦軍は再編成を進めてる。お前みたいな若者はまだ必要だ。今後も軍に残りたいか?」
ケインの手が一瞬震えた。彼は目を伏せ、暖炉の火を見つめた。アリシアも彼をじっと見つめ、何か言おうとしたが言葉を飲み込んだ。ハーランドは続けた。
「お前は志願兵だ。英雄になる夢を追いかけてヴェルトに来たんだろ?今ならそのチャンスを掴める。どうだ?」
ケインはしばらく黙っていた。英雄――それは彼が故郷を飛び出した理由であり、戦場で銃を握った原動力だった。でも、アリシアと過ごした時間、彼女の涙と笑顔を見た後、その夢は色褪せていた。彼は深呼吸し、顔を上げてハーランドを見た。
「俺…軍には残りません。」
ハーランドの眉が上がった。
「何?英雄の夢はどうした?お前なら昇進も狙えるぞ。」
「英雄なんて…俺には相応しくないです。」
ケインの声は静かだったが、確信に満ちていた。
「戦場で敵を的としか見れなかった自分に、そんな座は似合わない。アリシアと会って、戦争の意味を考えたら…もう銃を握りたくないんです。」
アリシアの瞳が揺れた。彼女はケインの言葉に驚きつつも、その決意に胸が温かくなった。ハーランドは彼をじっと見つめ、やがて鼻で小さく笑った。
「ふん、随分変わったな。お前がそんな風に考えるとは思わなかった。」
「俺も、自分が変わるなんて思ってませんでした。でも、ここでアリシアと過ごして、初めて気づいたんです。英雄より、大切なものがあるって。」 ケインはアリシアにちらりと目をやり、微笑んだ。
ハーランドは立ち上がり、ケインの肩に軽く手を置いた。
「お前の意思なら尊重する。戦争が終わった今、無理に兵士を続ける必要はないさ。だが、お前が選んだ道を後悔するなよ。」
「後悔しません。ありがとう、少佐。」 ケインは頭を下げた。
ハーランドは一瞥をアリシアに投げ、彼女に小さく頷いた。
「こいつもお前と一緒なら、悪い人生にはならんだろう。二人でしっかり生きろ。」
そう言い残し、彼はドアに向かい、家を出た。足音が遠ざかり、部屋に静けさが戻った。
アリシアが立ち上がり、ケインのそばに寄った。
「ケイン…本当に軍やめるんだね。私、ちょっと驚いたよ。」
「驚くようなことじゃないだろ。お前とここで暮らすって言ったの、忘れたのか?」 ケインは笑って彼女を見た。
アリシアは照れくさそうに目を逸らし、小さく笑った。
「忘れてないよ。バカ。」
暖炉の火が穏やかに揺れ、二人の間に温かい空気が流れた。外では、彦星が赤い空に輝いていた。戦争が終わり、英雄の夢を捨てたケインは、アリシアと共に新たな人生を始める決意を固めた瞬間だった。