夜明け
ヴェルトの中立地域の一軒家は、戦争の傷跡から遠く離れた静かな場所だった。赤い土に囲まれたこの家で、アリシアとケインは穏やかな日々を過ごしていた。暖炉の火が小さく揺れ、窓の外には彦星が赤い空に冷たく輝いていた。
その日の午後、二人はリビングで何気なく過ごしていた。ケインが物資の残りを確認していると、アリシアが古びたテレビのスイッチを入れた。中立地域に設置されたこのテレビは、連邦の通信網に繋がっており、時折途切れがちながらも外部の情報を伝えてくれる。画面がチラつきながら映し出したのは、ヴェルトの戦況を伝えるニュースだった。
「こちらは連邦通信網からの最新情報です。ヴェルト独立軍と地球連邦軍の間で和平交渉が成立しました。連邦はヴェルト側への自治権譲渡と、将来的な独立の保障を認め、ヴェルト側は見返りとして『ラニアケア共同作戦機構(LJOO)』への残留を約束。双方の合意により、即時停戦が発効しました。」
アナウンサーの声が部屋に響き、アリシアの手が止まった。彼女はテレビ画面を凝視し、言葉を失った。ケインも作業を中断し、彼女の隣に立った。
「おい…これ、本当か?」 ケインが呟くと、アリシアは小さく頷いた。
画面には、ヴェルトの赤い大地を背景に、独立軍の代表と連邦軍の将校が握手を交わす映像が流れていた。爆音と硝煙に満ちていた戦場が、今は静寂に包まれているようだった。アリシアの瞳が揺れ、彼女の胸に込み上げる感情が抑えきれなくなった。
「終わった…戦争が、終わったんだ…」 アリシアの声は震え、目から大粒の涙が溢れ出した。彼女は立ち上がり、テレビを見つめたまま、嗚咽を漏らした。「家族が…みんな死んだのに、私だけ生きてて…やっと、終わった…」
ケインは彼女の涙を見て、言葉を探したが何も言えなかった。アリシアはその場に崩れ落ちるように膝をつき、みっともないほど声を上げて泣いた。そして、ふらりと立ち上がり、ケインの腕にすがりついた。彼女の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、煤のない白い肌が赤く染まっていた。
「ケイン…!私、ずっと戦ってきて…復讐しか考えてなかったけど…終わったよ…!」
ケインは驚きながらも、彼女の背中にそっと手を回した。アリシアの細い体が震え、彼の腕の中で温かかった。
「そうだな…終わったんだ。お前、よく頑張ったよ。」
彼の声は優しく、アリシアの涙を静かに受け止めた。
暖炉の火が小さく鳴り、部屋に二人の呼吸だけが響いた。アリシアはケインの胸に顔を埋め、泣きじゃくりながらも安堵の笑みを浮かべた。戦争が終わり、家族を失った痛みが癒えるわけではない。でも、この瞬間、彼女は初めて未来を見られる気がした。
しばらくして、アリシアは顔を上げ、涙で濡れた目でケインを見た。鼻をすすりながら、彼女は小さく言った。
「みっともなくて、ごめん…でも、ありがとう。ずっとそばにいてくれて。」
「お前が泣くの、初めて見たよ。みっともなくて可愛いな。」 ケインは笑って、彼女の頭を軽く撫でた。
アリシアは照れくさそうに目を逸らし、ケインの腕の中で落ち着きを取り戻した。テレビからは平和を祝う音楽が流れ、ヴェルトの赤い空に新しい時代が訪れたことを告げていた。彼女はケインの手を握り直し、心の中で思った。――この人がいてくれるなら、どんな未来でも生きていけるかもしれない。