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キッチン

 ヴェルトの中立地域の一軒家は、戦争の影が遠くに感じられる静かな避難所だった。赤い土に囲まれたこの家で、アリシアとケインは武器も戦闘の緊張もない日々を過ごしていた。暖炉の火が小さく揺れ、窓の外には星が冷たく輝く夜が広がっていた。


 その夕方、ケインはキッチンに立っていた。連邦から支給された物資の中から、缶詰の野菜と乾燥肉、わずかなスパイスを見つけ、彼は何かを作ろうとしていた。アリシアは暖炉のそばに座り、興味深そうにその様子を眺めていた。


「お前、何してんだ?まさか料理でもする気か?」


「まあな。地球じゃよく家族に作ってたんだ。ヴェルトでも、少しはマシな飯が食いたいだろ。」

 ケインは笑いながら、鍋に水を注いで火にかけた。


 アリシアは目を細めて彼を見た。戦場で出会った時は敵同士だった少年が、今はエプロン代わりに布を腰に巻き、慣れた手つきで料理をしている。彼女には不思議な光景だった。


「へえ、お前ってそういう奴だったんだ。意外だな。」


 ケインは缶詰のトマトを鍋に投入し、乾燥肉を細かく刻んで加えた。スパイスを振ると、部屋に素朴だが温かい香りが広がった。アリシアの腹が小さく鳴り、彼女は慌てて腹を抱えた。


「腹減ってるなら素直に言えよ。もうすぐできるから。」

 ケインがからかうと、アリシアは顔を赤くして睨んだ。


「うるさい!戦争中は腹減ってるのが当たり前だったんだから。」


 やがて、ケインが鍋からスープを皿に盛り、二人は暖炉の前の小さなテーブルに並んで座った。トマトと肉のスープは、粗末な材料とは思えないほど味わい深かった。アリシアはスプーンを手に一口食べ、目を丸くした。


「何!?これ、うまいじゃん…!」


「だろ?俺、料理得意なんだよ。地球じゃ母さんに褒められてた。」

 ケインは得意げに笑った。


 アリシアは黙々とスープを食べ続け、皿が空になる頃には満足そうな顔をしていた。彼女はスプーンを置いて、ぽつりと言った。


「戦争がなかったら、家でもこんな飯が毎日食えたのかな。家族と一緒にさ。」


 ケインは彼女の言葉に少し考え込み、静かに答えた。


「そうだな。俺も、家族とテーブル囲んでた時が一番幸せだったよ。ヴェルトでも、いつかそんな日が来るかもしれない。」


 二人は暖炉の火を見つめながら、他愛ない話を続けた。ケインが地球での学校の話をすると、アリシアはヴェルトの農場で妹と遊んだ思い出を語った。武器も戦闘もないこの時間は、二人にとって初めて味わう穏やかさだった。


「お前、妹いたんだな。どんな子だった?」 ケインが尋ねると、アリシアは小さく笑った。


「やんちゃでさ。私よりずっと元気だったよ。よく畑で虫捕まえてきて、母さんに怒られてた。」


「俺も弟と似たようなことしてたよ。地球じゃカエル捕まえて、家に持ち帰ったら大騒ぎになった。」

 ケインも笑い声を上げた。


 暖炉の火が弱まり、部屋が薄暗くなった頃、アリシアはふと立ち上がった。そして、ケインの手をそっと取った。彼が驚いて見上げると、彼女は照れくさそうに笑って言った。


「お前さ、こんな料理作れるなら、良い友達になれるじゃん。私、復讐ばっかり考えてたけど…お前とこうやってると、ちょっと違うことも考えられるよ。」


 ケインは一瞬言葉に詰まったが、すぐに彼女の手を握り返した。


「俺もだよ。アリシアとこうやってると、戦争のこと忘れられる。友達なら、悪くないな。」


 二人は手を握ったまま、暖炉の残り火を見つめた。一軒家の小さなキッチンで、二人の間に新たな絆が生まれた瞬間だった。

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