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来訪者

 ヴェルトの中立地域の一軒家で、アリシアとケインは穏やかな日々を重ねていた。暖炉の火が赤い土の冷たさを和らげ、二人の間に芽生えた小さな信頼が、この小さな空間を温かくしていた。だが、その平穏は突然訪れた来客によって揺らいだ。


 その日の午後、家の外で重い足音が響いた。ケインが窓から覗くと、連邦軍の制服を着たハーランド少佐が立っていた。背後に兵士を二人連れ、厳つい顔にいつもの冷徹な表情を浮かべている。ケインは急いでドアを開け、敬礼した。


「少佐!どうしてここに?」


「状況を確認しに来た。ついでにその反乱兵(お嬢ちゃん)から情報を引き出す。」 ハーランドは顎でアリシアを指し、家の中へ踏み込んだ。


 アリシアは暖炉のそばに座ったまま、少佐を睨みつけた。足首の電子タグがわずかに光り、彼女が捕虜であることを思い出させた。ハーランドは椅子を引き、彼女の前に座った。


「さて、アリシア。ヴェルト独立軍の動きを教えろ。拠点、兵力、何でもいい。」


「何も言わないよ。お前らに話すことなんてない。」 アリシアは目を逸らし、冷たく言い放った。


 ハーランドは鼻で笑い、ケインに視線を移した。


「お前が見張ってるんだろ?こいつが何か喋ったか?」


「いえ、まだ何も…。でも、危害は加えてません。」 ケインは少し緊張した声で答えた。


 尋問はしばらく続いたが、アリシアの口は固く閉ざされたままだった。ハーランドは苛立ちを見せるかと思いきや、意外にも肩をすくめて態度を変えた。


「まあいい。情報は他で集めるさ。せっかく来たんだ、少し休ませてくれ。」


 ケインが慌ててココアを用意し、ハーランドに差し出した。少佐はマグを受け取り、一口飲んで眉を上げた。


「ほう、ヴェルトでこんな味が楽しめるとはな。戦争じゃ味わえん贅沢だ。」


 アリシアがふと口を開いた。


「戦争がなけりゃ、ヴェルトだってこんな時間が普通だったよ。お前らが奪っただけだ。」


 ハーランドは彼女を見返し、意外にも笑った。


「確かにそうだな。俺も若い頃は、戦場より家族と過ごす時間が欲しかったよ。」


 その言葉に、アリシアとケインは驚いた。冷酷な少佐からそんな話が出るとは思っていなかった。会話は次第に尋問から逸れ、他愛ない話題に流れていった。ハーランドが昔の訓練生時代の失敗談を語り始めると、ケインが笑い、アリシアもつられて小さく微笑んだ。


「少佐がそんなドジっ子だったなんて、信じられないな。」 ケインがからかうと、ハーランドは苦笑した。


「笑うな。今のお前よりはマシだったぞ。」


 暖炉の火がパチパチと鳴る中、部屋に奇妙な和気が漂った。アリシアがココアを飲みながらぽつりと言った。


「ヴェルトじゃ、家族で火を囲んで話すのが一番幸せだった。お前らにも、そんな時があったんだな。」


「ああ、あるさ。戦争がなければ、俺だって今頃お前らと同い年ぐらいの息子か娘でもいたかもしれん。」

ハーランドの声には珍しい柔らかさがあった。


 その様子を見ていた少佐は、ふと目を細めて二人を見つめた。そして、ニヤリと笑って言った。


「お前ら、妙に仲がいいな。このまま夫婦になったらどうだ?戦争終わったら、郊外か地球で農場でも始めればいい。」


 アリシアが顔を赤くして慌てた。


「おっさん!何!?冗談はやめて!」


 ケインも目を丸くしたが、すぐに笑って反撃した。


「お前が言うなら、アリシアよりマシな女探すよ。」


 ハーランドは腹を抱えて笑い、部屋に軽い空気が広がった。だが、やがて立ち上がる時、彼はアリシアに真剣な目線を向けた。


「アリシア、冗談はさておき、君は自分の居場所を見直してもいいだろう。復讐で生きるのもいいが、こんな穏やかな時間も悪くないと思わないか?」


 アリシアは言葉に詰まった。少佐の言葉が、彼女の心に小さな波紋を広げた。ハーランドはケインに軽く肩を叩き、兵士を連れて家を出た。


「二人とも、無事に生き延びろよ。次に会う時は、敵じゃなくて味方だったら面白いな。」


 ドアが閉まり、静けさが戻った。アリシアとケインは互いを見合い、暖炉の火を見つめた。少佐の言葉が、二人の胸に残響していた。

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