炎は天高く
火星のラルニアでの新生活が始まって二週間が経過した。アリシアとケインは小さなドーム型の新居で穏やかな日々を過ごしつつ、街の市場で買い物をしたり、運河沿いを散歩したりしていた。しかし、その平穏はノテルでの衝突が激化するニュースによって揺らぎ始めていた。
その日、二人はリビングでくつろいでいた。アリシアは市場で買った布を手に部屋の飾りを調整し、ケインはキッチンで簡単なスープを作っていた。26世紀の技術が詰まった薄型テレビを何気なくつけると、緊迫したアナウンサーの声が響いた。
「ラルニアの北、ノテルで発生した労働組合と警察、火星政府軍の衝突が激化しています。一部の富裕層が労働者側を支援し、武器を提供。これにより約10万人の労働者が『ノテル・コミューン』を名乗り、周辺の工業地帯を巻き込んで武装蜂起を開始しました。」
画面には、ノテルの街で煙が上がり、労働者がバリケードを築く映像が映し出された。ホログラム技術で再現された戦闘シーンが立体的に浮かび、銃声と叫び声がリアルに響いた。アリシアの手が止まり、彼女はテレビを凝視した。
「何…?10万人って、ヴェルトの戦争みたいになってる…。」
ケインもキッチンから出てきて、画面を見つめた。
「富裕層が支援?どうなってんだ、これ…。」
ニュースは続き、アナウンサーが冷静に状況を伝えた。
「ノテル・コミューンは工業地帯を掌握し、連邦への自治要求を掲げています。火星政府は非常事態を宣言し、予備役の動員を始めました。」
その時、新居のドアが激しくノックされた。アリシアとケインが顔を見合わせると、ドアが開き、火星政府軍の制服を着た男性が踏み込んできた。背が高く、厳つい顔に焦りの表情を浮かべていた。
「ケインだな?連邦予備役として登録されてる。お前にノテルの暴動鎮圧を要請する。即時出動だ。」
ケインは一瞬言葉に詰まり、目を伏せた。ヴェルトでの少年兵としての過去、ハーランドに英雄の夢を捨てると告げた記憶が蘇った。彼は拳を握り、迷いながら答えた。
「俺…軍は辞めたんだ。もう戦いたくない。鎮圧って言われても…。」
「迷ってる場合じゃない!ノテルがこのまま広がれば、火星全土が混乱する。お前は予備役だ、義務がある!」 男性は声を荒げ、ケインに詰め寄った。
アリシアは二人のやり取りを黙って見ていたが、突然立ち上がり、部屋の隅に置いてあった木箱に近づいた。蓋を開けると、中から古びたAK-47が現れた。ヴェルトから持ち込んだ彼女の唯一の武器だった。アリシアは銃を手に持ち、ケインに目を向けた。
「ケインが行くなら、私も行くよ。お前一人じゃ危ない。私だって戦える。」
ケインが驚いて彼女を見た。
「お前…何!?AK-47なんて持ってたのか!?でも、お前まで行く必要ないだろ!」
「必要あるよ。ヴェルトで戦った時、お前と一緒だったから生き延びられた。今度も一緒なら、なんとかできる。お前が迷ってるなら、私が決める。」 アリシアの声は固く、瞳に決意が宿っていた。
政府軍の男性は二人のやり取りを見て、眉を上げた。
「女まで戦う気か?まあ、予備役の同行者は認められる。お前らがその気なら、すぐ準備しろ。ノテルまで輸送機で連れてく。」
ケインはアリシアの手の中のAK-47を見つめ、深呼吸した。彼女の決意が彼の迷いを吹き飛ばした。
「…分かった。アリシアがそこまで言うなら、俺も行くよ。でも、無茶すんなよ。」
「お前こそな。私が守ってやるよ。」 アリシアは小さく笑い、銃を肩に担いだ。
男性は頷き、ドアの外に待機していた車両を指さした。
「5分で準備しろ。ノテルは今、火薬庫だ。覚悟しておけ。」
二人は急いで荷物をまとめ、武器と必要最低限の物資を手に持った。アリシアはAK-47を握り、ケインは政府軍から渡された予備のライフルを手に取った。テレビではノテルの炎が映し出され、26世紀のホログラムが戦闘の激しさを伝えていた。
新居を出ると、輸送機が赤い空の下で待機していた。二人は乗り込み、互いの手を握った。アリシアが呟いた。
「また戦うなんて…でも、お前と一緒なら怖くないよ。」
「俺もだ。アリシアがいるなら、なんとかするさ。」 ケインは笑顔で頷いた。
輸送機が離陸し、ノテルへと向かった。火星での新生活は、予期せぬ戦いの渦に巻き込まれ、二人の絆が再び試される時が訪れていた。




