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交錯する記憶

火星のラルニアにある新居は、アリシアとケインにとって新たな始まりの場所だった。小さなドーム型の家は、運河沿いに静かに佇み、赤い空の下で穏やかな光を放っていた。引っ越しから数日が経ち、二人は少しずつ荷物を解き、生活を整え始めていた。


その日、アリシアは自分の部屋を飾るのに夢中だった。ヴェルトから持ってきた小さな缶や布切れ、エリダヌスⅡで住民からもらった木彫りの人形、そしてラルニアの市場で買った色とりどりの雑貨を手に、彼女は楽しそうに配置を考えていた。窓辺に缶を置き、壁に布を吊るし、人形を棚に並べた。


「これ、ヴェルトのスラムで使ってた缶だよ。懐かしいな…でも、今じゃ飾り物か。」 アリシアは小さく笑い、市場で買った赤いガラス玉を手に持った。「火星っぽい色だな。いい感じ!」


部屋が少しずつ彼女らしい空間に変わるのを見て、アリシアは満足げに頷いた。そこへ、キッチンからケインの声が響いた。


「おい、アリシア!ご飯できたぞ、豪華なランチだ。早く来いよ!」


「豪華!?何!?今行く!」 アリシアは雑貨を置いて跳ねるようにキッチンへ向かった。


ダイニングテーブルには、ケインが腕を振るった料理が並んでいた。連邦の物資から取り寄せた合成肉のステーキ、市場で買った根菜のスープ、焼きたてのパン、そしてヘラス海の塩で味付けされたサラダ。アリシアの目が輝いた。


「何!?すげえ豪華じゃん!お前、こんなの作れるのか!?」


「まあな。火星での初ランチくらい、気合い入れたよ。腹減ってるだろ、食えよ。」 ケインは得意げに笑い、席に着いた。


アリシアは早速ステーキにフォークを刺し、口に運んだ。柔らかくてジューシーな肉に、彼女は目を丸くした。


「うまい…!ヴェルトじゃ干しパンしかなかったのに、こんなの夢みたいだ!」


「だろ?お前が喜ぶ顔見るの、結構好きだからな。」 ケインは笑い、スープをすくい始めた。


二人はお腹いっぱいになるまで食べ、笑い合いながら他愛ない話をした。アリシアはパンをちぎりながら、部屋の飾り付けのことを自慢した。


「お前、私の部屋見たか?結構いい感じになったぞ。ヴェルトの缶も飾ったんだ。」


「後で見に行くよ。お前、センスあるな。」 ケインは頷き、サラダを口に運んだ。


食事が終わり、二人はソファに移動した。ケインがリモコンを手にテレビをつけると、火星のニュースチャンネルが映し出された。アナウンサーの声が部屋に響いた。


「本日、ラルニアの北に位置するノテルで、労働組合による暴動が発生しました。低賃金と劣悪な労働環境に抗議する労働者が、施設を占拠し、経営陣及び現地警察と衝突。混乱は現在も続いており…」


画面には、ノテルの街で煙が上がり、怒号を上げる労働者たちが映っていた。アリシアの手が止まり、彼女の顔から血の気が引いた。ヴェルトのスラム街で孤児として生きていた幼い頃、貧困と絶望の中で靴磨きをして暮らした記憶がフラッシュバックした。靴磨きを生業に、空腹に耐えた日々。そして、ケインと出会った戦場での銃声と血の臭い。家族を失い、復讐に駆られていたあの時間が、頭の中で渦巻いた。


「おい、アリシア?どうした?」 ケインが彼女の異変に気づき、肩に手を置いた。だが、アリシアの胃が締め付けられ、吐き気が込み上げた。


「うっ…待って、気持ち悪い…」 彼女は口を押さえ、慌ててトイレに駆け込んだ。ドアを閉めると、床に膝をつき、嘔吐してしまった。ドロドロとした胃液が胃から逆流し、彼女の体が震えた。


ケインがドアをノックし、心配そうに声をかけた。


「お前、大丈夫か!?何があったんだ?」


アリシアは水で口をすすぎ、弱々しく答えた。


「…ニュース見てさ。ヴェルトのスラムと戦争が頭に浮かんで…気持ち悪くなっただけ。すぐ治るよ。」


ケインがドアを開け、彼女を支えてソファに戻した。アリシアは顔を拭き、目を伏せた。


「ノテルの暴動見て、私の昔とケインに会った時が蘇ったよ。あんな貧困と戦いが、また起きるんじゃないかって…怖くなった。」


ケインは彼女の手を握り、静かに言った。


「分かるよ。でも、ここはヴェルトじゃない。連邦がなんとかするさ。お前がそんな目に合うことは、もうないよ。」


アリシアはケインの手の温かさに目を細め、小さく頷いた。


「お前がいてくれるなら…なんとかやっていけるよ。」


テレビはノテルのニュースを流し続けていたが、二人は互いの手を握り、過去の影を乗り越えようとしていた。火星での新生活は、希望と不安が交錯する中で続いていた。

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