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光と影

火星のヘラス海沿岸に位置する地方都市ラルニアは、リニアモーターカーの駅から降りたアリシアとケインを独特の雰囲気で迎えた。火星政府の環境規制により、近代的なビル群ではなく、中世の街並みを思わせる石造りの建物や狭い路地が広がっていた。26世紀の技術が息づく一方で、異世界感漂う風景が二人の目を引いた。


「何だよ、これ…まるで昔の地球みたいだな。」 アリシアはスーツケースを転がしながら、駅前の石畳の道を見回した。


「火星政府が環境優先で開発抑えてるらしいよ。観光地としても人気なんだってさ。」 ケインはパンフレットを手に笑い、彼女を促した。「新居まで少し歩くけど、せっかくだから観光楽しもうぜ。」


二人は駅から新居へ向かう道をのんびり歩き始めた。ラルニアの街は、ドーム型の居住区とは異なり、オープンな空の下に広がっていた。人工の空気が薄く赤い火星の空を映し、石造りの家々には太陽光パネルがさりげなく組み込まれていた。道端には露店が並び、移住者や観光客が地元の工芸品や食べ物を楽しんでいた。


アリシアが露店の串焼きに目を輝かせた。


「おい、ケイン!これ、ヴェルトじゃ見たことないぞ!食べてみよう!」


「いいな。俺も腹減ったし。」 ケインは笑い、二人は串焼きを買って食べ歩きを始めた。火星の土着植物をスパイスにした肉は、少し酸味があって新鮮な味だった。アリシアは満足そうに頬張り、ケインに笑いかけた。


「戦争中はこんな美味いもん食えなかったよ。お前とこうやって歩くの、楽しいな。」


「だろ?火星に来て良かったよ。お前が笑ってると、俺も嬉しい。」 ケインは照れくさそうに笑った。


二人はさらに街を散策し、石造りの広場で大道芸人のパフォーマンスを見たり、小さな運河沿いのベンチで休んだりした。アリシアは運河に浮かぶ手漕ぎボートを見て、目を丸くした。


「ボートだよ!ヴェルトじゃ水すら貴重だったのに、こんなの乗れるなんて夢みたいだ!」


「後で乗ってみるか?新居に着く前にさ。」 ケインが提案すると、アリシアは頷いて笑った。


だが、新居へ向かう道すがら、運河の対岸に視線を移したアリシアの表情が一変した。対岸には、ラルニアの整った街並みとは対照的なスラム街が広がっていた。粗末なテントや廃材で作られた小屋が密集し、薄汚れた服を着た人々がうろついていた。アリシアの手が止まり、彼女は荷物を地面に置いて立ち尽くした。


「ケイン…あそこ、何だ?スラム街か?」


ケインも対岸を見て、眉を寄せた。


「みたいだな。火星でも貧富の差はあるんだろう。ヴェルトみたいに戦争がなければいいけど…。」


アリシアは唇を噛み、スラム街をじっと見つめた。ヴェルトの貧困と戦争の記憶が蘇り、彼女の胸に重い影を落とした。


「私、ヴェルトで育った時、あんな感じだったよ。家族が死んで、復讐しか考えられなくて…。ここでも、こんな場所があるなら、戦争の火種にならないか心配だ。」


ケインは彼女の肩に手を置き、静かに言った。


「分かるよ。でも、火星はヴェルトと違う。連邦が管理してるし、環境規制もある。ここじゃ戦争は起きないさ。お前が心配しなくても大丈夫だよ。」


「そうかな…でも、あの人たち見てると、放っておけないよ。私みたいに、戦うしかなくなる前に、誰かが助けてあげてほしい。」 アリシアの声は小さく、過去の自分と重ねていた。


ケインは彼女の手を握り、優しく引き寄せた。


「俺たちにできることがあったら、やってみようぜ。火星での生活が落ち着いたらさ。でも今は、新居に行って、新しいスタート切ろう。」


アリシアはケインの手の温かさに目を細め、ゆっくり頷いた。


「そうだな…お前がいるなら、なんとかやっていけるよ。」


二人はスラム街を背に歩き出し、駅から少し離れた新居へと向かった。ラルニアの街並みは中世の趣を残しながらも、火星らしい赤い空と人工の運河が異世界感を漂わせていた。新居は小さなドーム型の家で、運河沿いの静かな場所に建っていた。アリシアはドアの前に立ち、ケインと顔を見合わせた。


「ここが私たちの家か。やっと着いたな。」


「ああ。ヴェルトから火星まで、お前と一緒だったから頑張れたよ。」 ケインは笑い、荷物を下ろした。


二人は新居のドアを開け、火星での新生活を始める一歩を踏み出した。アリシアの心にはスラム街への懸念が残りつつも、ケインとの未来への希望が温かく灯っていた。

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