笑顔の船旅
火星へ向かうリゾート船「ステラ・ノヴァ号」の二等客室は、アリシアとケインにとって初めての贅沢な空間だった。柔らかいベッドと大きな窓が備わり、ヴェルトの戦場やエリダヌスⅡの簡素な集落とは比べ物にならない快適さだった。船内の乗客は少なく、ほぼ貸切状態の静けさが漂っていた。二人はベッドに寝転がり、宇宙の星々を眺めながら旅を楽しんでいた。
「なあ、ケイン。26世紀の船ってこんな豪華なのか?ヴェルトじゃ考えられないよ。」 アリシアは枕を抱えながら、目を輝かせて言った。
「連邦のリゾート船だからな。俺も地球じゃこんなの乗ったことないよ。まあ、二等だけどさ。」 ケインは笑い、窓の外に広がる星雲を指さした。「あれ、見てみ。あの光、超新星の残骸らしいぞ。」
アリシアは窓に顔を寄せ、色とりどりの光に感嘆の声を上げた。
「すげえ…!戦争中は空見る余裕なんてなかったから、こんな綺麗なもん初めてだよ。」
「だろ?俺も地球で星見てた時は、こんなの想像もできなかった。」 ケインは楽しそうに話し始めた。「そういえば、昔、弟と庭で流れ星見てさ、『宇宙船に乗る!』って騒いでたんだ。叶っちゃったな、これ。」
「お前、弟いたんだな。私も妹と畑で星見てたよ。『彦星に会いたい』って言ってたけど、今なら笑いものだな。」 アリシアはくすっと笑い、懐かしそうに目を細めた。
二人は他愛ない話で盛り上がり、客室に備えられた26世紀の技術に目を向けた。壁に埋め込まれたタッチパネルを操作すると、ホログラムが浮かび上がり、火星のヘラス海沿岸の映像が映し出された。アリシアがパネルを叩くと、映像が動き出し、海辺の風や波の音まで再現された。
「何!?これ、触れるの!?」 アリシアはホログラムの波に手を伸ばし、興奮で飛び跳ねた。「ケイン、見てみ!水が冷たい感じする!」
「すげえな、ホロ技術ってここまで進んでるのか。地球じゃ高級品だったぞ。」 ケインも手を伸ばし、笑いながら波を掴もうとした。
次に二人が見つけたのは、客室の引き出しにあった「感覚共有デバイス」だった。小さなヘッドセットを装着すると、仮想空間でゲームや体験を楽しめるらしい。アリシアが率先して装着し、ケインに指示した。
「お前もやれよ!何か面白いのあるか見てみる!」
二人でデバイスを起動すると、目の前に宇宙船レースのシミュレーションが広がった。アリシアは仮想の操縦席に飛び乗り、ケインと競争を始めた。
「負けないからな、ケイン!」 アリシアが叫びながら操縦桿を握ると、船が星々の間を疾走した。ケインも笑いながら追いかけ、二人の声が客室に響いた。
レースが終わり、アリシアが勝利を宣言すると、二人は船内の運動場へ向かった。乗客が少ないため、広々とした運動場はほぼ貸切状態だった。26世紀の技術で作られた浮遊ボールを使い、二人はバスケットのようなゲームを楽しんだ。アリシアがボールを投げると、重力を無視してふわふわと浮かび、ケインがそれをキャッチして笑った。
「お前、戦争中はこんな笑顔なかったよな。」 ケインがボールを投げ返しながら言った。
「当たり前だろ。撃たれるか撃つかしかなかったんだから。今は…楽しいよ、お前とこうやってると。」 アリシアは満開の笑顔を見せ、ボールを高く放った。
運動場の窓辺に移動し、二人は星を眺めた。エリダヌスⅡの緑の大地が遠ざかり、火星への距離が縮まっていることを感じた。アリシアはガラスに手を当て、目を輝かせた。
「戦争がなかったら、ずっとこんな時間だったのかな。お前と一緒に、こうやって笑ってさ。」
「そうだな。俺も、お前がこんな笑顔見せてくれるなら、なんでもするよ。」 ケインは照れくさそうに笑い、彼女の肩を軽く叩いた。
運動とゲームで遊び疲れた二人は、客室に戻った。アリシアはベッドに飛び込み、ベットに座ったが、疲れがピークに達していた。彼女はベットに座るケインの隣にゴロっと横になり、彼の太ももに頭を乗せて倒れ込んだ。
「おい、アリシア!重いって…!」 ケインが慌てて言うと、アリシアは眠そうな声で呟いた。
「うるさい…ケイン、あったかいから、いいだろ…」
彼女の目が閉じ、穏やかな寝息が聞こえ始めた。戦争では見せなかった満開の笑顔が、眠る彼女の顔に残っていた。
ケインは苦笑し、彼女の頭をそっと撫でた。
「ったく、仕方ないな。お前が楽しそうなら、それでいいよ。」
窓の外には、26世紀の宇宙が広がり、火星への旅路が続いていた。アリシアの笑顔と穏やかな寝顔が、ケインにとって何よりの宝物だった。




