別の天地で
エリダヌスⅡに漂着した「ヘラス・パイオニア号」の乗客たちは、連邦からの救助を待つ間、惑星の表面で野営を始めた。アリシアとケインは、船から持ち出した簡易テントと物資を使い、緑と青が広がる丘陵地帯に臨時の宿泊場を設営していた。空は薄い雲に覆われ、遠くには未知の鳥の鳴き声が響いていた。
ケインは慣れた手つきでテントの支柱を組み、アリシアが周囲に石を並べて簡易な囲いを作った。ヴェルトでの戦争経験が、二人にサバイバル技術を身につけさせていた。
「お前、こういうの得意だな。軍に残ってても役に立ったかもな。」 アリシアが笑いながら言った。
「やめてくれよ。もう銃は握りたくないって決めたんだから。」 ケインは苦笑し、テントのロープを結んだ。「でも、お前も手際いいじゃん。ヴェルトじゃ畑仕事してただけじゃないんだな。」
「戦場で生き延びるには、なんでも覚えるしかなかったよ。」 アリシアは肩をすくめ、火を起こすための枝を集め始めた。
二人が野営地を整えていると、遠くからざわめきが聞こえてきた。アリシアが顔を上げると、丘の向こうから数人の人影が近づいてくるのが見えた。彼らは粗末な布の服を着て、手には古びた銃を持っていた。エリダヌスⅡの現地住民だ。
「ケイン、隠れろ!武装してる!」 アリシアが小声で警告し、近くの岩陰に身を潜めた。
ケインも素早く彼女の隣に隠れ、息を殺した。住民たちは野営地に近づき、テントや物資を見て何かを叫び始めた。言葉は理解できなかったが、敵意が感じられた。アリシアは岩の陰から様子を伺い、ケインに囁いた。
「小競り合いになるか…?武器ないのに、どうする?」
「戦うのは最悪だ。抵抗しないって伝えよう。」 ケインは決意を固め、ゆっくり立ち上がった。
住民たちが銃を構えた瞬間、ケインは両手を上げ、アリシアもそれに続いた。二人は身振り手振りで武器を持っていないことを示し、ゆっくりと近づいた。住民の一人――背の高い男が前に出て、何かを叫んだが、ケインは首を振って平和を訴えた。
「俺たち、敵じゃない!助けてくれ!」 ケインの声は通じないはずなのに、必死さが伝わったのか、男の表情が緩んだ。
しばらくの睨み合いの後、住民たちは銃を下ろし、二人の荷物を調べ始めた。アリシアとケインは緊張したまま見守ったが、やがて男が手招きし、彼らを丘の向こうへ導いた。野営地を後にし、二人は住民たちに連れられて小さな集落に到着した。そこには、コンクリートの建物や簡素な車が並び、1960年代の日本――高度経済成長期を思わせる文明が広がっていた。
集落の広場で、住民たちはアリシアとケインを囲み、好奇の目で眺めた。背の高い男がリーダーらしく、身振りで「泊まっていけ」と示した。アリシアがケインに囁いた。
「保護されたみたいだな。連邦が来るまで、ここで世話になるか?」
「ああ。敵意がないなら、助かるよ。ちょっと安心した。」 ケインは小さく笑った。
住民たちは二人のために簡素な家を用意し、粗末だが温かいスープとパンを振る舞った。アリシアはスープを飲みながら、集落を見回した。
「ここ、ヴェルトより平和そうだな。機械とか車もあるし、意外と進んでる。」
「そうだな。地球の昔みたいだ。連邦が来たら、どうなるんだろうな。」 ケインは考え込むように言った。
夜になり、二人は住民から借りた毛布にくるまり、家の窓からエリダヌスⅡの星空を見上げた。アリシアがぽつりと呟いた。
「火星に行けなかったけど、ここも悪くないかもな。お前と一緒ならさ。」
「俺もそう思うよ。どこでも、お前がいればなんとかなる。」 ケインは笑って、彼女の肩を軽く叩いた。
外では、エリダヌスⅡの夜空に星々が輝いていた。連邦の救助が来るまでの間、二人は現地住民に保護され、新たな出会いの中で未来を模索し始めていた。




