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汽車は進む

ヴェルトの中立地域は、戦争の終結とともに新たな活気を取り戻しつつあった。赤い土に囲まれた一軒家で、アリシアとケインは火星移住の準備を終え、最後の荷物をまとめた。ハーランド少佐の支援により、移住費用と手続きが整い、二人は新たな人生への一歩を踏み出す日を迎えていた。


その朝、二人は中立地域の小さな駅に立っていた。駅舎は簡素で、赤い砂塵にまみれたプラットフォームに、古びた汽車が停まっていた。この汽車は、地球や太陽系、その他の惑星への中継基地である『アースポート』へと向かう唯一の交通手段だった。アリシアは小さなバックパックを背負い、ケインは二人分の荷物を手に持っていた。


「これでヴェルトともお別れか。ちょっと寂しいな。」 アリシアが赤い大地を見回しながら呟いた。


「まあな。でも、火星で新しいスタートが待ってるだろ。ワクワクする方が大きいよ。」 ケインは笑って、彼女を汽車に促した。


二人は狭い客車に乗り込み、窓際の席に並んで座った。汽笛が鳴り、汽車がゆっくりと動き出すと、赤い土と荒涼とした風景が窓の外を流れ始めた。アリシアは窓に額を寄せ、しばらく外を眺めていたが、やがてケインに目を向けた。


「なあ、ケイン。火星ってどんなとこなんだろうな。映像じゃ海があるって言ってたけど、本当に水があるのかな?」


「GalaxyGuide社の資料だと、ヘラス海沿岸は人工的に水を循環させてるらしいよ。地球ほどじゃないけど、暮らすには十分だってさ。俺、そこで魚でも釣ってみようかな。」 ケインは楽しそうに笑った。


アリシアも笑い、他愛ない話が続いた。


「魚か。お前、料理得意だから、釣れたら何か作ってくれよ。私、ヴェルトじゃ魚なんてほとんど食ったことないから楽しみだ。」


「任せとけ。魚のスープでも焼いたのでも、なんでも作るよ。お前が喜ぶ顔見るの、結構好きだからな。」 ケインは少し照れながら言った。


汽車がヴェルトの荒野を進む中、二人の会話は尽きなかった。アリシアがヴェルトでの家族の思い出を語り、ケインが地球での学校の話をすると、笑い声が客車に響いた。だが、長旅の疲れか、アリシアの目が徐々に重くなってきた。彼女はケインの肩にそっと頭を寄せ、静かに言った。


「ケイン…ちょっと眠い。起こしてくれよな。」


「お、おい…!まあ、いいけどさ。寝ていいよ。」 ケインは少し驚きつつも、彼女の頭を優しく支えた。


アリシアの呼吸が規則的になり、彼女はケインの肩に寄りかかったまま眠りに落ちた。窓の外を流れる赤い風景と、汽車の揺れが彼女を深い眠りに誘ったようだった。ケインは彼女の寝顔を見つめ、小さく笑った。戦争で出会った少女が、今はこんな穏やかな表情を浮かべている。それだけで、彼の胸は温かくなった。


数時間後、汽車が減速し、車内にアナウンスが流れた。


「まもなく『アースポート』に到着します。お降りの方はお荷物をご確認ください。」


ケインはアリシアの肩を軽く揺すった。


「おい、アリシア。着いたぞ、起きろ。」


だが、アリシアは小さく寝息を立てたまま動かない。ケインは困った顔で、もう少し強く揺すった。


「アリシア!ほら、起きないと置いてくぞ!」


「ん…もうちょっと…」 アリシアは目を閉じたまま呟き、ケインの腕にしがみついた。


ケインは苦笑し、周囲の乗客が降り始める中、彼女を起こすのに苦戦した。汽車が完全に停まり、客車が静かになると、彼は仕方なく声を大きくした。


「お前、重いんだから!起きろって、火星行きの船乗れなくなるぞ!」


「うっ…分かった、分かったよ…」 アリシアはようやく目をこすりながら体を起こした。彼女は眠そうな顔でケインを見上げ、ぼそっと言った。「お前、うるさいな…でも、ありがとう。」


二人は荷物を手に汽車を降り、『アースポート』の広大なターミナルに足を踏み入れた。目の前には、地球や火星、その他の惑星へ向かう宇宙船が並ぶ巨大なドックが広がっていた。アリシアは目を覚ましたばかりのぼんやりした頭で、ケインの手を握った。


「これからだな、ケイン。」


「ああ。二人で火星だ。」 ケインは笑って、彼女の手を握り返した。


赤いヴェルトを後にし、二人の旅は新たな星へと続いていた。

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