新天地
ヴェルトの中立地域の一軒家は、戦争の終結後、静かで穏やかな空気に包まれていた。赤い土に囲まれたこの家で、アリシアとケインは新たな生活を模索していた。暖炉の火が小さく揺れ、窓の外には彦星が赤い空に輝いていた。
その日の午後、アリシアはリビングの隅に置かれた古いパソコンに向かっていた。連邦が残したこの端末は、通信網が復旧したことで外部の情報にアクセスできるようになっていた。彼女はキーボードを叩きながら、何かを熱心に調べていた。画面に映し出されたのは、地球連邦政府公認のGalaxyGuide社が運営する「火星移住プロジェクト」のページだった。
「火星ヘラス海沿岸への移住者募集…自然環境の再構築が進み、居住可能な地域が拡大…」 アリシアは独り言をつぶやきながら、目を輝かせた。ページには、赤い砂漠が広がる火星の風景と、そこに建設された居住区の映像が流れていた。彼女は立ち上がり、キッチンで物資を整理していたケインを呼んだ。
「おい、ケイン!こっち来て、これ見てくれ!」
ケインが手を拭きながら近づくと、アリシアは興奮した声でまくし立てた。
「これ、火星移住プロジェクトだって!ヴェルトみたいに戦争でボロボロじゃない、新しい場所だよ。ヘラス海沿岸ってとこに移住できるらしい。私たち、行ってみないか?」
ケインは画面を覗き込み、少し戸惑った。
「火星?移住って…本気か?俺たち、ここで暮らすって話じゃなかったのか?」
「ここもいいけどさ、戦争の跡が残ってるこの星でずっと生きるより、新しい場所で始め直すのも悪くないだろ。見てみ、この海の映像!ヴェルトじゃ絶対見られないよ。」
アリシアは目を輝かせ、ケインの手を引っ張った。
ケインは画面を見つめ、少し考え込んだ。火星――それは彼が地球で夢見たような遠い未来の話だった。でも、アリシアの熱意に押され、彼の心も揺れ始めた。
「確かに…面白そうだな。でも、移住って金かかるだろ?いくら政府が負担してくれると言っても何千何万ドルもかかるんだろ?俺たちにそんな余裕ないぞ。」
その時、家の外で重い足音が響いた。アリシアとケインが顔を見合わせると、ドアがノックされ、ハーランド少佐が姿を現した。彼は軍服を脱ぎ、簡素な私服に身を包んでいたが、厳つい顔は変わらない。
「やあ、お前ら。元気そうだな。」 ハーランドは部屋に入り、パソコン画面に目をやった。
「火星移住プロジェクトか。いい趣味してるじゃないか。」
アリシアが少し警戒しながら答えた。
「おっさん、また何?もう戦争終わったのに、用があるなら早く言えよ。」
「まあ落ち着け。今回は個人的な訪問だ。お前らがどうしてるか気になってな。」
ハーランドは椅子に腰を下ろし、二人の様子を見た。
「で、火星に行きたいのか?」
「行きたいよ。でも、金がないから無理だろって話してたところだ。」 アリシアは肩をすくめた。
ハーランドは小さく笑い、ケインに視線を移した。
「お前、軍を辞めたから金がないんだろ?英雄の夢を捨てた男が、こんな夢追いかけてるのは面白いな。」
「からかうなら帰ってくれ、少佐。」 ケインは苦笑したが、ハーランドは手を挙げて制した。
「いや、からかってない。むしろ感心したよ。実は、俺も退役を考えてる。戦争が終わって、連邦からそれなりの退職金が出る予定だ。お前らの火星行き、費用面で工面してやってもいい。」
アリシアとケインは目を丸くした。アリシアが思わず立ち上がった。
「何!?本気か?お前、なんでそんなことしてくれるんだ?」
「感謝しろとは言わん。お前らがヴェルトで戦い抜いて、俺に新しい視点を見せてくれたお礼だよ。火星で新しい人生を始めるなら、それも悪くないだろ。」
ハーランドは珍しく柔らかい笑みを浮かべた。
ケインはアリシアと顔を見合わせ、ゆっくり頷いた。
「少佐…ありがとう。俺たち、火星でやり直してみます。」
「決まりだな。手続きは俺が連邦に話をつけてやる。準備しとけよ。」 ハーランドは立ち上がり、ドアに向かった。「じゃあな、また会う日まで生き延びろ。」
彼が去ると、部屋に興奮と静寂が混じった空気が残った。アリシアはパソコンに戻り、火星の映像を見つめた。
「ケイン…本当に火星だよ。私たち、新しい星で生きられるんだ。」
「ああ。お前となら、どこでもやっていけるよ。」 ケインは笑って彼女の肩に手を置いた。
暖炉の火が揺れ、二人の未来が新たな形を取り始めた。外では、彦星が赤い空に輝き、火星への夢が現実へと近づいていた。




