8【ディアナ国王】
「なんだとー婚約ー?」
「そうなのよ、とっても素晴らしかったわ」
避暑地の王家の別荘では、ディアナ国王の叫び声が響いていた。
お父様はこぶしを握ってぷるぷると震えていた。
「何処から話そうかしら」
私は前世では子供のころは活発な方だった。
小学校では、本を読んだり手芸のクラブに入ったり内向的なスタイルだったけど、学校の外では、幼児の時から習わせてもらっていたバレエに夢中になっていた。
体を柔軟にして、トゥシューズで跳ぶように踊ったり、コマのようにくるくるとターンしたり、ふわりとジャンプしていかに足音が出ないように着地するのにこだわったり。それに音楽に合わせることも。
習いに通っていたのは地域の文化教室の一角で、本格的なバレエ団とは違って、ダンススクールのようなものだった。それでも公民館で発表会をするときは、綺麗な衣装を着せてもらって、別人になったようなお化粧をしてもらって、両親が大きなビデオカメラを持っていつも見に来てくれていた。
そんな両親も、父は私が学生の頃に、母は私が婚約後の結婚する前に病気で死んでしまっていた。思えば私たちはあの病気になりやすい家系だったかもしれない。両親のどちらの祖父母も病死だったし。
話は戻って、文化教室ではバレエの他には剣道や柔道、空手などのクラスが二つの大きなフロアで、時間を分けて行われていた。
あの頃はまだ、子供が習うような他の今風のダンスはまだその文化教室にはなくて、同級生は低学年のうちにやめていっていた、他の小学校の子と一緒に、私だけ続けていたことはクラスのみんなには黙っていた。
その時に入れ違いで行われていた剣道教室に通っていたのが健一だった。
小学校も同じ学年で、進級するたびにクラスが同じになったり離れたりしていた。
文化教室では、たいていバレエが先に行われていて、剣道は入れ違いで夜に入っていた。
同じ地域の中学校に進学してからのある日、私がお稽古を終えてこれから着替えに行こうというタイミングで、健一から話しかけられた。
「今、雨が降り出したから、この傘を持って行けよ」
と言って、レジ袋に半分突っ込んだ濡れた黒い傘を押し付けてきた。
「え?でもそうしたら花沢君が帰るとき困るでしょう?」
「俺は大丈夫だから!」
「じゃあ、一緒に帰ろ。お稽古は一時間で終わるでしょ?」
「うん。いいのか?」
「その間見学しているわ」
「わかった」
私は会館にある公衆電話から家に電話をしてからまた稽古場に戻り、
その時初めて剣道をしている健一の姿を見た。
・・・かっこよくて素敵だった。
ただ、帰るときにはもう雨が止んでいて相合傘はできなかったけどね。
それからも中学校でお互いに話すことはあまりなかったけど、すれ違ったり目があったりしたらお互いにアイコンタクトで微笑み合ったり顔の筋肉で挨拶と言うかそういう事をしていた。ただそれだけが楽しかった。
多分無自覚で意識していたのだと思う。
そののち、同じ高校に進んだ。さすがに高校では文系と理系に分かれて同じクラスになることはなかった。
中学の時に上位の成績の健一が、なぜ私と同じ高校に進んだのか不思議だったけれど、
「高校の中で上位成績になっておいた方が、大学の進学に有利なんだ。だから、背伸びして上の学校に行くんじゃなくてね」
なんて、ぎりぎりで入った私には考えられないセリフを吐いた。ちょっとムカつくよね。
でも、健一がその高校を選んだ理由がもう一つあって。
「俺と付き合ってください」
ってことだった。
私もずっと気になっていたから、もちろん付き合うことにしたわ。
そんな、馴れ初めを、物語のように言うのを、父様と母様は聞いてくれていた。
なぜか母様は手元でメモを取っていたわ。私の話を何かに使うのはやめてね。
「それで、分かったわ。貴女がお風呂上がりで〈ストレッチ〉という訳の分からない動きをしていたのが、そのバレエだったのね」
「そう」
「なんだ?それは」
「ほら、陛下。マリーの部屋に以前、大きな鏡とその前に邪魔になりそうな手すりを取り付けたでしょう?」
「ああ、壁に姿見は身だしなみや姿勢のチェックにと可愛くおねだりされたから、かなり高価だが、服や宝飾にあまりお金のかからないマリーだからすぐに取り付けたな」
「この子は毎晩、寝間着姿であの手すりにつかまって色々なポーズをゆっくりするのよ。そして、靴職人を呼んで、つま先にも靴底があるような靴を作らせたりしていたわね」
「ふふふ」
たしかに悪役令嬢の動きじゃないわね。
五歳の時に私の部屋の床のカーペットを張り替えると言われたときに、お母様にどんなのが良い?って聞かれたから、
「絶対板張りで!」
とお願いしたのよね。だから今は私、バレエの稽古場にベッドを置いて生活している感じなのよ。ある意味、夢のような環境ね。
だから今でも寝る前はバレエの衣装に似た寝巻とトゥーシューズで踊ってたりするの。王女にはあるまじきポーズだったりするから、私だけの内緒の趣味なの。
幸い、私が踊っている床の下は、大きな納戸なので、遠慮はいらないしね。
「ねえ、今度私にその踊りを見せてくれないかしら」
音楽は無いけど鼻歌でするなら。寝巻でしか踊れないし。
「お母様なら」
私の告白とお母様との話を聞き終わったお父様のディアナ国王陛下は口を開いた。
「わかった、この夏のうちに一度フェルゼン殿下に別荘に来てもらえるようにしなさい」
「はい!」
「それと、お前はあちらの、ハルキア王国の王太子妃となり、後に王后になるのだろう?」
「そういう事になりますわね」
なにかしら。お母様の表情が急に変わったわ。
「そのための教育を、学校に入学すまでの二年間詰め込みでスケジュールを組むように」
「ひっ」
「もちろんですわ」
早まったかもしれない。
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