落語声劇「権兵衛狸」
落語声劇「権兵衛狸」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約20分
必要演者数:最低2名
(0:0:2)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
権兵衛:山のふもとに住んでいる。
床屋を営むかたわら、農家もやってる。
狸:山に住んでる狸。人の言葉を覚えているがいたずら好き。
吾作:権兵衛さんの友達。
狸鍋大好き。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
権兵衛・枕:
友人・狸・語り:
※演者各位の故郷の方言でもって演じてみてもよろしいかと思います。
枕:狐七化け、狸は八化けという言葉がございます。
これは狐より狸の方が化けるのが一枚上手だという事なのですが、
なぜ狸の方が上手かと言いますと、狐は直に人を化かしますが、
狸は物に化けることができるから、てのがあるんだとか。
あとはイメージでしょうか。狐はどことなくずる賢いという印象を
与えますが、狸は信楽焼などに見られるように、どこかとぼけていて
愛嬌がある。そういった点も先の言葉に現れているんじゃないでしょ
うか。
昔は今と違って土地開発の技術も機械もあるわけじゃないですから
、すぐそばに山がある、なんてのは当たり前でした。
そうなると狐だの狸だのと言うのは、当然身近な存在であったわけで
すな。
語り:とある村の話でございまして、権兵衛さんてのがおりました。
この人は床屋の職人さんでして、そのかたわらで野菜などを作って
日々の生計を立てていました。こういう所には日が暮れるってと
若い者たちが集まって酒を飲んだり、渋茶に菓子をつまむなどして
四方山話に花を咲かせ、夜がそろそろ更けてくるってえと解散する
、そういうまことにのんびりした時代だったそうです。
その日も権兵衛さん家に集まって皆でわいわいわいわいやって、
やがてぽつぽつぽつぽつ帰る者が出だして、
最後には権兵衛さんひとり。
権兵衛:さあて、そろそろ寝るかねえ。
【以下長くなりすぎなければ最近の時事を取り入れるのも可】
…近頃は物価がずいぶん上がったなあ…。
入って来る金は少ねえのに出て行く金が増えるってな。
底の漏る桶に手で水汲んで入れてるようなもんだぁ…。
これからどうなるんだろうなぁ…。
狸:【戸を叩きながら】
こんぺい、こんぺい。
権兵衛:ん?誰だ、こんな時間に?
?こん平?
たしか裏山むこうのふもとの千谷沢村にこん平っておったな。
けどもう五年前に死んだって聞いたぞ。
…家を間違ってねえかい!?
狸:【戸を叩きながら】
……。
ごんべい、ごんべい。
権兵衛:…ぉ?言い直したぞ。
まぁ言い間違っただけかもしれんしな。
誰だ? ただ権兵衛権兵衛言っててもわかんねえぞ。
どれ、いま開けるからな。
【二拍】
【しまりを外して】
はい、どちらさん?……おや、誰もいねえぞ。
やっぱり間違って訪ねてきたか?
でもあんなに月明かりがあって間違うかね…?
しょうがねえな…っと。【戸を閉めてしまりをする】
…どっこらしょ。
…寝るかーー
狸:【↑の語尾に喰い気味に戸を叩きながら】
ごんべい、ごんべい。
権兵衛:なんだ、また来やがったぞ。
やっぱりうちが目当てなのか?
【二拍】
はいはい、どちらーーーんぉ?いねえじゃねえか。
うーん……?
村のもんが酔っぱらって来たのか…。
ったく、悪さするなぁ…【戸を閉めてしまりをする】
やれやれ…っと…。
狸:【↑の語尾に喰い気味に戸を叩きながら】
ごんべい、ごんべい。
権兵衛:やっぱり村の若え奴が悪さしに来たな。
与太郎か?八五郎か?
ったくしょうがねえ…。
【戸を開けて】
こら!こんな夜中にイタズラするでねえ!ーーって、おぉ?
また誰もいねえぞ?
うーーん…?
何度も戸締りするのも疲れてきたぞ…。
【せんべい布団にもぐり込む】
狸:【戸を叩きながら】
ごんべい、ごんべい。
権兵衛:おやっ、また来やがったぞ。
【はたと膝を叩いてつぶやく】
そういやさっき、空に出てたのは満月だったな。
…ははぁ、こらぁきっと狸だ。
野郎、おらを化かしに来やがったな。
そうはいかねえ、あべこべに目にもの見せてやるぞ。
語り:余談ですが、この狸が戸を叩くというのが、
【以下、好きな団体名と個人名を入れても良いです。↓は一例】
だいぶ昔に落語協会内で議論になったそうで。
立川談志師匠は前足で叩いている、柳家小三治師匠はいいや、尻尾
で叩いている、てんでまぁ揉めに揉めたそうで。
そこでお二方の師匠である柳家小さん師匠が、まぁ待て待て、
尻尾だとばっさばっさ音がする。
かといって前足というのも、横を向いて低い位置で叩くことに
なるからおかしな話だ。
後ろ足で立って頭の後ろでドンドンドンドン叩いている、
そうすればちょうど人間が戸を叩いている感じになる、
と仲裁したそうで。ほんとかどうかは分かりませんが。
それはさておき。
権兵衛さんこっそり起き上がると音を立てずにしまりを外し、
戸に手を掛けて息をひそめました。
権兵衛:【つぶやく】
ぉっ、ちいせえが足音がするぞ。
やっぱり狸だな。
狸:【戸を叩きながら】
ごんべい、ごんべーー
権兵衛:【↑の語尾に喰い気味に。戸を開けて】
ッ!このッ!やろぉッ!
狸:ギャッ! ギァァッ!
権兵衛:【ドタンバタンするSEあれば】
おっ、このッ、ひっかきやがったなッ!
悪さしやがってこのッ、こんちきしょッ!
このっ、このッ!!
語り:格闘すること十数分、ついに狸を捕獲した権兵衛さん。
縄でぐるぐる巻きにされた狸、なんだか恨めしそうに見上げる。
権兵衛:~~~ッ、つぅ~っ、いててて…。
この野郎、ひっかきまくりよって!
腕も顔も、傷だらけになっちまったでねえか!
狸:…ごんべい。
権兵衛:なにが権兵衛だ。
夜中にやってきて悪さしよって!
今日はもう遅えから、おめえの事は朝に決める。
こうして、こうして…そこにぶる下がってろ。
狸:…ごんべい。
権兵衛:うるせえ、権兵衛権兵衛言いよって。
これ以上騒いだら承知しねえぞ。
語り:権兵衛さん、狸を天井の梁から吊り下げると、布団に潜り込んで
やっと寝ました。
やがてカラスカァで夜が明ける。
朝飯ガサガサ食って渋茶をズズッと啜って
、狸を見上げます。
権兵衛:【茶をすする】
さて…狸どうすべえ…。
吾作:よぉ、権兵衛さんいるかい!?
権兵衛:おう吾作でねえか、開いてるぞ!
入って来い入って来い!
今日はまたずいぶん早えなぁ。
吾作:いやぁ寝てるとな、とっつぁまがうるせえだよ。
早く行け早く行けってな。
権兵衛:まぁまぁまず座れ、茶ぁ煎れるでな。
もろみの漬けたのもあるぞ。
吾作:?権兵衛さんどうした?
顔だの腕だの傷だらけでねえか。
なんかあったのかい?
権兵衛:おぉ、ゆんべ来やがってな。
吾作:なにが来た?
泥棒か?
権兵衛:泥棒じゃねえ。
ほれ、おめえの頭の上ぇ見ろ。
吾作:ぉ?
おぉ!?狸でねえか?
こりゃあいったいどうしたんだ?
権兵衛:いやあ、昨日の夜に来やがってな、
戸ぉ叩いて権兵衛権兵衛言って開けたら誰もいねえ、
閉めるとまた権兵衛言いやがって悪さするもんだから
頭さ来てな、計略でもってとっつかまえたんだ。
吾作:へえぇそうかい!
じゃあこいつだな、四日ぐれえ前の夜に来て、
吾作吾作言って戸ぉ叩いてたのは!
権兵衛:なに、おめえのとこにも悪さしに行ってたか。
ふーむ…今な、こいつをどうすべえかと思ってたとこだ。
吾作:食うべ、食ってしまうべ。
狸汁、うめえだよ。
権兵衛:なに、狸汁?
吾作:おぉよ、なァにわけねえ。
腹ァスーッと縦に割いて、はらわたァ取って肥やしにしてな、
肉ァくせぇからぶつぶつ切って、鍋に味噌と根深と一緒に
ほうり込んでぐらぐら煮てよ、村の皆さ食わしたら良かんべ。
あ、皮は干して売るべ。
半分おらがもらうで。
権兵衛:なんでおめえに半分やらにゃならんのだ?
吾作:まあまあいいから、食うべ食うべ、食っちまうべ。
皮ぁ売るべ。
権兵衛:ぁ~…けどなあ、今日はおらのかか様の祥月命日でな。
殺生したら悪かんべえ。
吾作:悪くなかんべえ、この狸ァ悪い事したんだ。
悪い事してねえんだったらそりゃあ良くねえ。
悪い事してねえのを命とったらいけねえよ、そらぁ分かる。
だけんどこいつは悪いことしたんだ。
悪いことしたんだったら殺さなきゃなんねえ。
悪いことした奴はみぃんな殺すのが一番だ。
そうすると悪いことした奴はみんないなくなるでな。
権兵衛:でもなあ…
吾作:でもも何もねえ、許すからいけねえんだ。
やんべやんべえ。
鍋にして食うべえよー、たまらねえよー、うめえべよー、
皮剥ぐべえよー、売るべえよー、
なー、やるべえよー。
権兵衛:うーむ…。
語り:狸は生きた心地もなく、吊り下げられた体を縮こまらせた。
そりゃあ無理もありません。
目の前で自分を殺そうだの食おうだの、あげく皮を剥いで売ろうだ
のと残酷な事を言い合ってるわけです。
権兵衛:まぁまぁまぁまぁ待て、そう言うでねえ。
それも分からねえではねえけど、おらに考えがあるでな。
とりあえず下ろしてやるべ。
【二拍】
これッ、狸ッ!
狸:…ごんべい。
権兵衛:まだ権兵衛言いやがるか!
おらがここでうんと言ったら、おめえの命なくなるぞ!
さっきも言ったが、今日はおらのかか様の祥月命日だ。
命は助けてやるから、よくよくかか様に感謝せえ。
吾作、その箱こっち持ってきてくれ。
吾作:なにが入ってるんだ?
権兵衛:床屋の仕事箱だ。
人間でも畜生でもな、悪さしたら坊主頭になるもんだ。
だからおめえの頭の毛をな、刈ってくれる。
こんなに伸ばしよって、血がのぼったら悪さするようになるでな
。
吾作、しっかり押さえておいてくれや。
吾作:えぇ~、食うべえよ~。
権兵衛:おめえもまだ言うか。
ったく、ちゃんとつかまえてろよ。
【以下、一文ごとにハサミで切るSEあれば】
ぁ~、動くでねえ動くでねえぞ~。
刈るのはうめえんだぞ~、
おらァ床屋だからな。
村の子供の頭はみんなおらが刈ったもんだ。
どこさハゲがあって、どこさシラクモがあるか知ってるだよ。
ん~そうだなぁ、いっそのことくりくり坊主にしてやろうかな。
あぁ動くな動くな、水につけて…よいしょ、よいしょ…、
こうあてて…
こう剃って…
よぉし、できたぞ。
いいか、悪さしたくなったら自分の頭さ手ぇやってよく考えろ。
なぜそういう事になったかてのを、よく考えなきゃいけねえぞ。
わかったな?
二度と人間に悪さするでねえぞ。
ほれ行け、どこでも行け。
語り:解放された狸、しばし立ち去りがたかったのか、
立ち止まってぺこっと頭下げ、
また少し行っては立ち止まってぺこり頭下げます。
心なしか涙が浮かんで見えた。
しばらくそうやったあと、ふっときびすを返して藪の中に
消えていきました。
権兵衛:生き物の命を助けるてのも、いい心持ちなもんだなぁ。
吾作:まぁ…言われてみればそうかもしんねえ。
四日ばかり前にゴキブリ一匹助けたが、そん時ゃあすがすがしかっ
たなァ。
権兵衛:ゴキブリに自分の命を助けられたことが分かるもんかね…?
語り:権兵衛さんが狸を助けた話、狭い村なもんだから一気に広まりまし
た。
はじめ狸一匹だったのが、背丈が六尺に伸びるわ、
そのデカいのが二頭で襲ってきたとなるわで、
まぁ話に尾ひれ背びれ胸びれが豪華について大きくなってる。
果てはちょっとした英雄みたいになった権兵衛さんだったが、
夜が来ればいつもの通り若いのが集まってわいわいわいわい、
みんなが帰った後は軽く寝酒を一杯。
権兵衛:さあて…そろそろ寝るか…。
狸:【戸を叩きながら】
権兵衛さん、権兵衛さん。
権兵衛:あっ、昨日の狸か!?
この野郎、また来やがったのか!
ゆんべは権兵衛権兵衛呼び捨てだったのに、
助けられたからって今度はさん付けしてやがる。
さん付けりゃいいってもんじゃねえぞ。
どうするか見てろォ…!
【二拍】
【戸をガラリ開けるSEあれば】
ッこらッ!また悪さしに来たかッ!?
狸:親方、今晩ヒゲやってくんねえ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
立川談志(七代目)
古今亭志ん生(五代目)
金原亭龍馬
※用語解説
こん平:言わずと知れた国民的演芸番組、笑点の最初期からのレギュラー
メンバーであった故・林家こん平師匠。
林家たい平師匠の師匠。
笑点で見せる豪快さとは裏腹に繊細な人柄でもあったと伝わる。
2020年12月17日没、享年77才。
一度でいいから卓球を一手ご指南願いたかった。
千谷沢村:なまってチャーザー村。こん平師匠の出身地。
根深:ネギの別名。
しらくも:頭部白癬のこと。髪の毛に白癬菌というカビが寄生して発症す
る病気。
祥月命日:故人が亡くなった月と同じ月日のことで、故人の一周忌以降
毎年訪れます。忌日や正忌日とも呼ばれます。
六尺:今の長さで1.8メートル。