七
「船長、大変です!」
ジェニーが朝礼の最中に飛び込んできた。普段は几帳面に手続きを踏む彼女が緊急報告手順を省略するとは、よほどの事態に違いない。
「何が起きました?先日の特番の視聴者アンケート結果ですか?それとも損害率の季節調整値の...」
「いいえ!各地で『保険海賊』が続々と誕生しているんです!」
会議室が騒然となる。
「なんと」デビッドが慌てて計算機を操作する。「先週だけで二十三団体!そのうち十八団体が、会計士資格保持者を採用...」
「さらに」マリアがデータを追加する。「彼らの定款には『保険約款遵守』『適正な保険料率の実現』『透明な経理処理』が明記されています」
「これは...」ヨーダが眼鏡を外してレンズを拭く。「私たちの理念が、銀河に広がっているということ?」
「ただし」マリアが冷静に指摘する。「問題があります」
スクリーンに映し出されたのは、新興保険海賊団のロゴマーク集。眼鏡をかけたドクロ、電卓を持った骨、会計帳簿を抱えた骸骨...どこか見覚えのあるデザインばかりだ。
「完全な意匠権侵害です」
「訴訟を?」ジェニーが提案する。
「いえ」ヨーダが静かに答える。「むしろ、これは...チャンスかもしれません」
「チャンス?」
「銀河保険海賊協会の設立です」
一同、息を呑む。
「理念に賛同する仲間が増えた今こそ」ヨーダが立ち上がる。「保険海賊の品質基準を確立すべきでしょう」
「なるほど!」デビッドが食いつく。「保険計理人の必置基準や、決算書の第三者監査、リスク管理体制の整備...」
「待って」マリアが制する。「その前に、協会設立準備委員会の発足手続きを」
「承知しています」ヨーダがにっこり笑う。「稟議書と定款案はすでに作成済みです」
「さすが船長!」
「ただし、委員会の会計は...」
「私に任せてください!」デビッドが関数電卓を掲げる。「複式簿記の原則に則り...」
その時、通信画面が点滅した。
「あ、例の宇宙居酒屋のマスターから」タカシが報告する。「『保険海賊たちが店に集まってるんだが、どうにかしてくれ』だって」
映し出された店内には、眼鏡をかけた海賊たちが、電卓を片手に熱く議論している姿が。
「これは...」
「保険料率研究会が自然発生してる?」ジェニーが目を丸くする。
「船長!」マリアが急いで言う。「このままでは、素人による不適切な保険理論が流布する恐れが」
「分かりました」ヨーダが決然と立ち上がる。「私たちも参加しましょう」
「えっ?」
「正しい保険理論を広めるため、私たちも居酒屋で研究会を」
「船長、それは公式の場で...」
「いえ、むしろ居酒屋という非公式な場だからこそ」ヨーダの眼鏡が光る。「本音の議論ができるはずです」
「でも、お酒は...」
「心配無用です」ヨーダがポケットから一枚の保険証書を取り出す。「飲酒特約付きの賠償責任保険に加入済みですから」
誰も突っ込めなかった。
その夜、銀河居酒屋「つまみ保険」は、前代未聞の光景を迎えていた。
「私は言いたい!積立型保険における予定利率の在り方について...」
「いやいや、まずは責任準備金の健全性について議論すべきでは?」
「皆さん!」ヨーダが店内の中央で声を上げる。「その議論の前に、保険約款の輪読会からスタートしましょう」
「おお!」居合わせた保険海賊たちが一斉に賛同する。
マスターは頭を抱えている。「なんで俺の店が、銀河一真面目な飲み会の会場に...」
しかし、誰もが真剣な表情で約款を読み合う姿には、不思議な説得力があった。これこそが、新時代の海賊の姿なのかもしれない。
「ところで船長」マリアが小声で訊く。「この飲み会の経費申請は...」
「もちろん、研修費として」
真面目な海賊たちの長い夜は、まだ始まったばかりだった。