六
「貸借対照表!」
「損益計算書!」
「キャッシュフロー計算書!」
深夜の生放送特番『銀河会計基準デスマッチ』は、予想外の盛り上がりを見せていた。
スタジオの片側には、スーツ姿のデビッドが関数電卓と資料の山を前に陣取る。対する荒くれ無法者側には、意外にも三連単博士号を持つ海賊会計士・ドクロマルが座っている。
「では、第一ラウンド」司会者が告げる。「自己資本比率の算出から」
「ちっ、こんなの簡単よ」ドクロマルが豪快に電卓を叩く。「自己資本÷総資産×100!わずか2.3%!」
「待ったー!」デビッドが立ち上がる。「その計算、劣後債を自己資本に算入していませんか?」
「ほう?規定に触れる箇所は?」
「銀河会計基準第314条2項但し書き!『資本性借入金の取り扱いについては...』」
司会者が困惑する。「あの、もう少し視聴者にも分かりやすく...」
「むしろ、ここが重要です!」スタジオの端から、ヨーダが割って入る。「皆さん、劣後債という言葉の真の意味を知っていますか?」
「船長、それは」マリアが制しようとする。
「いえ、話させてください。保険の世界で、これほど重要な...」
「待てや!」ドクロマルが叫ぶ。「その話をするなら、デリバティブの時価評価の話もセットで」
「おっしゃる通りです!」デビッドが食いつく。「実は私、デリバティブの評価モデルに関する論文を...」
放送局のディレクターが青ざめる。「視聴率が...落ちるどころか、さらに上がってる?」
画面の隅に表示される視聴率は、すでに深夜の帯番組史上最高を記録していた。
「みんな、分からないけど大事なことが語られてる感がすごい」という視聴者コメントが流れる。
「なるほど、これが本当の会計です」
「保険って、奥が深いんですね」
「『デリバティブ』って言葉かっこいい」
スタジオの外では、ジェニーが状況を見守っている。
「面白くなってきましたね」後ろから声が掛かる。銀河保険協会の特別調査官・財前だ。
「財前さん、証拠は十分でしたか?」
「ええ」財前が頷く。「放送中に、すでに逮捕状が出ています。自治領共済の幹部と、関係する政治家たちへの」
「えっ、もう?」
「君たちのCMキャンペーンのおかげで、捜査にも追い風が吹いた。それに...」
財前が画面を指差す。デビッドとドクロマルは、もはや対決そっちのけで、会計基準の理想論を熱く語り合っている。
「本物の専門家は、意外と分かり合えるものですよ」
その時、スタジオが騒然となった。
「速報です!」司会者が原稿を手に立ち上がる。「自治領共済の幹部らが、不正会計の容疑で次々と逮捕されました!」
「なに!?」ドクロマルが立ち上がる。「だったら、もはや隠す必要もない。実は私も、内部告発組の一人でした」
「そうだったのか!」デビッドが感極まる。「私との対決は?」
「君の真摯な会計魂に、どうしても勝負を挑みたくて」
両者、電卓を下ろし、固い握手を交わす。
「これぞ、会計の神髄!」司会者が涙を流す。
「いやいや」ヨーダが眼鏡を直す。「会計はあくまで手段です。大切なのは、保険本来の...」
「船長、またですか」マリアが呆れたように言う。
特番は予定時間を大幅に超過し、「保険理論特別講座」として継続が決定。視聴率は更に上昇を続けた。
翌日の銀河タイムズは報じている。
『真面目すぎる海賊の最強武器は、意外にも会計知識だった―保険不正を暴いた深夜の伝説』
記事の横には、電卓を手に微笑むデビッドと、改心したドクロマルの笑顔が並んでいた。
その日から、銀河系の保険業界は、静かに、しかし確実に変わり始めた。