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「自治領共済か...」
ヨーダは、目の前に広がる膨大なデータを眺めながら、ため息をついた。
マネーロンダリング調査を進める中で、荒くれ無法者の背後に、もっと大きな影が見えてきた。辺境自治領が運営する共済組合「自治領共済」。表向きは、辺境の弱小海運業者を護る互助組織。だが、その実態は―。
「船長、自治領共済の財務諸表を分析しました」デビッドが青ざめた顔で報告する。「これは...完全なポンジ・スキームです」
「具体的に説明してください」
「新規加入者の共済掛金を、既存加入者への保険金支払いに回しているんです。そして荒くれ無法者の略奪は、保険金支払いの口実作り。破綻は時間の問題」
「しかも、最大の問題は」マリアが会議室のスクリーンに図を映す。「自治領共済には『手厚い公的保護』が約束されている。破綻時は政府が全額補填」
「つまり、税金で穴埋め?」ジェニーが食い入るように図を見つめる。
「その通り」マリアは厳しい表情で続けた。「『万が一の破綻時は政府が責任を持って対応』。この謳い文句で加入者を集めながら、実は計画的な破綻に向かっている」
「政治家への資金供給源...か」ヨーダが眼鏡を直す。「我々民間の保険会社には、到底太刀打ちできない特権」
会議室に重苦しい空気が流れる。
「でも、おかしいです!」突然、ジェニーが立ち上がった。「保険は、困ったときの助け合いのはずです。政治の道具なんかに...」
「ジェニーさん...」
「私、保険営業していた頃、本当に困っている人を助けたくて、一軒一軒回ったんです。なのに、こんな...」
「分かります」ヨーダが静かに、しかし強い声で言った。「保険を、本来あるべき姿に戻さなければ」
「でも、どうやって?相手は政府お墨付きの...」
「我々には、武器があります」ヨーダが立ち上がる。「正確な数字と、完璧な書類です」
「船長...またですか」マリアが呆れたように言う。
「ええ、またです。しかし今度は」ヨーダの眼鏡が不敵に光る。「銀河系一の真面目な海賊として、最も強力な武器を使います」
「最も強力な...」
「内部告発です」
一同、息を呑む。
「証拠は全て揃っています」デビッドが財務分析データを掲示する。「資金の流れ、略奪との関連、政治家との繋がり」
「私からは」マリアが続ける。「保険法違反の具体的な条項をリストアップ済み。刑事告発の準備も」
「あとは...」ヨーダがゆっくりと言う。「これを、誰に、どう伝えるか」
「それなら!」ジェニーが勢いよく手を挙げる。「私に、いいアイデアが!」
「聞かせてください」
「私たちの、あのCMを使うんです」
「はあ?」全員が首を傾げる。
「だって、あれ、銀河系で一番視聴率が高いんですよ。『春の新生活応援キャンペーン』の」
「まさか...」マリアが察知する。
「そうです。CMの中で、全部暴露しちゃいましょう。保険料率計算から資金の流れまで、完全な証拠を添えて」
「それは」ヨーダが眼鏡を押し上げる。「かなりクレイジーな作戦ですね」
「でも、効果は絶大」デビッドが計算機を叩く。「視聴者の想定反応値は...」
「待って」マリアが遮る。「その前に、CM制作費の稟議書を...」
「今回は」ヨーダが珍しく強い口調で言った。「稟議は事後でいいでしょう」
「船長...」マリアが目を丸くする。
「我々は、保険を愛する海賊です。この歪んだ構造を、正さねばならない」
全員が頷く。それぞれの表情に、強い決意が浮かんでいた。
「では、作戦名は...」
「『春の不正告発キャンペーン』で」ジェニーが明るく言う。
誰も突っ込まなかった。真面目すぎる海賊たちの反撃が、いま始まろうとしていた。
その頃、自治領共済本部では、ある政治家が不敵な笑みを浮かべていた。「あと一ヶ月で計画完了か。誰にも止められんさ」
彼はまだ知らない。この計画を止めようとしているのが、銀河系で最も几帳面な海賊たちだということを。しかも、彼らの武器は、前代未聞の「保険約款完全準拠型内部告発CM」なのだ。