三
# 三
亜空間アンカーで停泊を続ける貨物船「クリーン・エア7」は、どこか様子がおかしかった。
「この船、エンジン出力が通常の貨物船の十分の一以下です」デビッドが計器を覗き込む。「航行に必要なエネルギーすら積んでいない。完全な待機状態です」
「さらに不可解なのが積荷です」マリアが貨物データを確認する。「大気」とだけ記載されている。
「大気?」ヨーダが眉をひそめた。「惑星開発用の組成調整空気なら理解できますが...明細が一切ないのは変です」
「もしかして、荷主のマネーロンダリングに使われていませんか?」
マリアの言葉に、会議室が凍りついた。
「説明していただけますか?」ヨーダが真剣な表情でマリアを見る。
「はい。私が法務部にいた頃、似たようなケースを見たことがあります」マリアがデータパッドを操作する。「実態のない貨物を装って、資金を洗浄する手口です。相手は宇宙開発商社のダミー会社。」
「待ってください」デビッドが割り込む。「この貨物船、過去三ヶ月の航行記録を調べたところ、同じルートを周回するだけなんです。しかも...」
「しかも?」
「毎回、荒くれ無法者に略奪されています」
一同の表情が険しくなる。
「つまり...」ヨーダが立ち上がった。「略奪行為自体が資金洗浄の一部?保険金詐欺でもある?」
「保険約款違反です!」全員で声が上がった。
「船長、私から保険監査委員会に通報を」
「待ってください、マリアさん」ジェニーが意外な提案を口にする。「これは、私たちにしかできない調査のチャンスかもしれません」
「どういうことです?」
「荒くれ無法者は、私たちの保険海賊としての活動を嘲笑っていました。でも、彼らこそが保険制度を悪用している。この皮肉な状況、利用できませんか?」
ヨーダの眼鏡が光った。「なるほど...我々が彼らの違法行為を暴くことで、保険海賊の正当性を証明する」
「しかも、彼らは私たちを見くびっています」マリアが続ける。「保険のことしか考えていない真面目な海賊だと」
「具体的な作戦は?」デビッドが訊く。
「まず、この貨物船の略奪権を正式に申請します」ヨーダが説明を始める。「ただし、通常の略奪保険ではなく...」
「特殊な保険を使うんですね?」マリアが理解を示す。「私から、銀河保険協会に相談を」
「その間に」デビッドがスクリーンに図を表示する。「資金の流れを追跡調査。過去の略奪データから、パターンを分析します」
「この作戦、正式名称は?」ジェニーが尋ねる。
ヨーダはまっすぐ前を見据えた。「作戦名、『保険料率適正化』」
「...船長、もう少しカッコいい名前を」
「では、『アンダーライティング・インベスティゲーション』」
「和訳すると結局同じです」
会議室が笑いに包まれる中、ヨーダは密かに決意を固めていた。単なる保険金詐欺の摘発にとどまらない。これは、保険海賊としての彼らの生き方を賭けた戦いになる。
「では、作戦を開始します。デビッドさんは財務分析を。マリアさんは保険協会との調整を。ジェニーさんは...」
「はい!荒くれ無法者の略奪パターンの分析を承知しました!」
「そうではありません」ヨーダが真剣な表情で告げる。「あなたには、とても重要な任務があります」
「なんですか?」
「作戦中の経費申請書の作成です。特に略奪調査費用の予算策定を」
「...はい」ジェニーの声が少し沈んだ。
誰もが真面目に取り組むべき時に、保険海賊の真髄を見失ってはいけない。ヨーダはそう信じていた。たとえ、部下のモチベーション管理という新たな課題が浮上しようとも。
その頃、荒くれ無法者の親分は、新たな略奪スケジュールを組んでいた。「また例の貨物船か。楽な商売だぜ」
彼はまだ知らない。自分たちの違法行為が、最も真面目な海賊たちによって、完璧な保険約款の下で暴かれようとしていることを。