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# 一


約款違反です!」


略奪対象の宇宙船に向かって通信スクリーンで叫んだヨーダ・ケンサーの顔は、海賊というより中堅保険代理店の営業マンそのものだった。スーツはシワひとつなく、黒縁の眼鏡も規則正しく光っている。


「御社の積荷保険は、第三者の不法侵入に対する補償が特約として付帯されていません。現状では略奪被害に対する保険金支払いが一切見込めないため、当海賊団としては略奪行為を実行できません」


相手の宇宙船の船長は、目を見開いたままフリーズしていた。


「なお、弊団では略奪保険の代理店業務も承っております。ご加入いただければ、満足度保証付きで略奪させていただきます。いかがでしょうか」


「お、おい...お前本当に海賊なのか?」


「はい。銀河海賊協会認定の正規ライセンスを所持しております。念のため、証書の画像をお送りさせていただきます」


副船長のマリア・コンプラが溜息をつきながら、保険証書と海賊ライセンスのデータを送信した。


「船長、このままじゃ今月のノルマ未達ですよ」


「承知しています。ですが、適切な保険カバーなしでの略奪は、被害者の適正な補償を妨げるだけでなく、私たちのリスクも増大します。これは企業の社会的責任の観点からも...」


「分かりました!分かりました!」相手船の船長が音を上げた。「その保険に加入しますから!」


「ありがとうございます。では、約款の説明をさせていただきます。第一条、本保険における『略奪』とは...」


マリアは艦橋の自分の席で、また長くなりそうな船長の約款説明に耳を傾けながら、モニターに保険契約書を表示させた。彼女の正面には、元経理部主任の航海士デビッド・カイケイが、略奪品の適正価格算出シートと格闘している。


実は、この真面目すぎる海賊団の結成は、たった三ヶ月前のことだった。


保険代理店で十年間無事故無欠勤を誇っていたヨーダは、ある日突然、「保険金支払いに消極的すぎる」という理由で解雇された。しかし彼は、保険の基本を忘れた業界に失望するどころか、「では、私が理想の保険を実現してみせます」と宣言。かねてから親交のあった保険業界の"変わり者"たちを誘い、前代未聞の「保険完備の海賊団」を立ち上げたのだ。


「保険とは、不測の事態に対する備えです。略奪する側も、される側も、適切な保険があれば、誰もが安心して海賊行為に参加できるはずです」


設立会見でのヨーダのその言葉は、銀河系メディアのニュースで笑いものにされた。しかし、驚くべきことに、彼らの略奪スキームは機能し始めていた。


略奪された側は、迅速な保険金支払いと丁寧な対応に満足し、「また略奪されたい」とリピーターになるほどだ。保険会社は、正確な事故報告と損害査定により、スムーズな支払い手続きができると評価。他の海賊からは「保険のヨーダ」と呼ばれ、一目置かれる存在となっていた。


「では、契約成立後二十四時間以内に略奪を実施させていただきます。その際は、被害者満足度調査にもご協力いただければ幸いです」


通信を切ったヨーダは、艦橋クルーに向き直った。


「皆さん、素晴らしい保険営業でした。この調子で、銀河系で最も信頼される海賊を目指しましょう」


「船長、経費精算の書類にサインを」マリアが書類を差し出す。


「ああ、これは先日の略奪時の残業代ですね。深夜割増は...」


そのとき、艦内アラートが鳴り響いた。


「船長!無保険の海賊船、接近中です!」デビッドが叫ぶ。


「な、なんと...約款違反の輩が!」ヨーダの眼鏡が光った。「全クルーに告ぐ。我々の戦いは、これからだ。保険業界の歪んだ思想を正すため、そして真の保険文化を確立するため...」


「船長、演説は後にしましょう。対応方針の稟議書を作成しないと」


マリアの現実的な声に、ヨーダは我に返った。結局その日も、彼らの机上の戦いは続くのだった。

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